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この人に聞きたい
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渡辺えり子さんに聞いたその1

戦争で死んでいく子どもたちを守れないなんて、大人じゃない

テレビや映画で見せるユーモア溢れるイメージとは違い、時に険しい表情からは、
静かな怒りに満ちたことばが次から次へとあふれ出します。
とりまく状況の厳しさを、改めて思い知らされるお話を伺いました。

erikoさん
わたなべ えりこ(劇作家/演出家/女優)
山形県生まれ。
舞台芸術学院、青俳演出部を経て、1978年から1998年の解散まで
20年間「劇団3○○(サンジュウマル)」を主宰。劇作家、演出家、女優、歌手、作家として
舞台、映像、マスコミのジャンルを問わず活躍中。
2001年劇団の枠にとらわれない自由な表現を求めて、「劇団宇宙堂」を旗揚げ。
現代社会の問題に鋭くメスを入れ、じわじわと世に効く漢方薬のように
人々の心に訴えていく演劇をめざして活動している。
著書に『早すぎる自叙伝 えり子の冒険』(小学館)
『思い入れ歌謡劇場』(中央公論新社)など。
「非戦を選ぶ演劇人の会」実行委員、『マガジン9条』発起人の一人。
 罪のない子どもが何万人も殺されていくのが、戦争
編集部

  ピースリーディングの活動のほか、講演会でも「憲法と平和」についてお話なさっています。

渡辺

  前までは私、○○活動とか○○運動なんてダサイな、なんだかやぼったいと思っていましたし、やっている人たちもどこか人に親切じゃなかったり、サービス精神がなかったり、実は女性に冷たかったり。そんなところを見たりしたこともあったから、いやだな、と思っていたのです。

  ところが、イラクへの攻撃が始まって、何の罪もない子どもたちが殺されそうになっているというニュースが入ってきました。子どもたちを救いたい、ただその思いだけで私は、アメリカ大使館に電話をして、ホワイトハウスと小泉首相にもファックスを入れ、そしてジャンボ機をチャーターして爆撃予定地に住む子どもたちを、日本に避難させようと考えました。うちの稽古場にも20人ぐらいは暮らせるし、友達にも何人ぐらい預かれるか聞いてまわっていました。
  でもちょうどその時、1週間前にイラクから帰ってきたという毎日新聞の記者に相談をしたところ、私たちのやろうとしていることは非現実的だし逆効果だと、諭されました。大使館の職員はもう逃げてしまっているし、ジャンボ機をおろす空港もない。ましてフセイン政権下においては、そんな計画にのった家族は反逆罪で捕らえられ、すぐ処刑されると。

  そんなことをするよりも、あなたは有名人だから、「渡辺えり子」という名前で戦争反対のアピールや活動をやったらどうか、渡辺えり子が言うのならと、考えるようになる人もいるから、そうやって運動や世論を広げていく方が効果がある、という助言を受けたのです。じゃあ、ということで、私のできる範囲の事をやり始めたのです。

編集部

  イラクの子どもたちをジャンボ機で日本まで連れてきて保護しようと動いたときに、躊躇はなかったのですか?

渡辺

  子どもを守る、そんなの当然のことではないですか! 今から攻撃されるというのがわかっていて、放っておけますか? 何とかできなければ、大人じゃないと思ったのです。それなのに、まさか! 日本がそこに自衛隊を派遣して、参戦するとは思わないでしょう。びっくりしちゃって。(自衛隊派兵を)自分たちが止められなかったということもショックでした。あの時はそう思った人、たくさんいたと思います。

   今、幼い子どもが殺される事件が国内で起こっていますが、もちろんそれは悲惨な事件だけれど、一人の女の子が誘拐されて殺されて、そのことであれだけ日本中が騒いで悲しんでいるのに、イラクでは同じように罪のない子どもが何万人と殺されているんです。どうしてそれを、メディアも取り上げないし、みんな黙っているのか。そして、日本だってかつてそういう辛い目にあっているのに、なぜ他の国に行って人殺しができるように憲法を変えようとしているのでしょうか。

平和憲法のもとで平和活動や発言が制限される社会のおかしさ
編集部

  大学での講演会で若い人の反応はいかがですか。

渡辺

  学生たちは戦争の歴史について、本当に何も知らないですから、最初からわかるように話します。みんなピュアですから、私の話を聞いて本気で驚いています。従軍慰安婦についた初めて聞いたことだと女子学生が泣いていました。学校の先生はそういうことを、教えてないらしいですから。

  やっぱり若い人たちに伝えたいから、学生からの講演依頼はスケジュールが許す限り受けるようにしているのですが、今、講演会を主催する大学の自治会がつぶされてしまうという、悲鳴のようなファクスが私のところに来ます。

編集部

  そんな弾圧みたいなことが今行われているのですか?

渡辺

  ひどいですね。もうそんなところまでいっているんです。ほんとうに今、平和的な発言は握りつぶされていきそうで大変です。テレビ番組に出演する時も、渡辺さん、ここまではいいけれど、これはダメとか言われましすね。憲法についてもはっきりとした意見はあまり言わないでとか。スポンサーに気を使っているんですね。
  そうなると私自身もストレートなことを言い過ぎて、出演できなくなってしまったら、ソフトなメッセージを伝えることもできなくなってしまう。それはもっと困ると考えざるを得ないわけです。

  多くの人は、平和がいいと思っているし、戦争はいやだと思っている。でもこれだけ、言語弾圧みたいなことが行われていくと、声が上げられなくなってしまう。一家のあるじだと、仕事が無くなると困るでしょう。それは有名人だって同じです。だからみんな言わなくなっているんです。
  だからほら、悪いことだと知りながらお金や生活のために従ってしまったあの偽造建築の問題と同じです。あの一級建築士のことを悪者にしているけれど、みんな同じです。みんな人のこと言えないですよ。
  でも考えてみればおかしな話です。現行憲法は世界に誇る平和憲法であり、私たち国民は平和を願い戦争放棄をうたっている憲法のもとにあるはずなのに、平和的な活動や憲法の話をしてはいけないというのは、このこと自体が憲法違反ではないでしょうか。

それでも声をあげ続けていこう。平和は作り出していくもの
渡辺

  ピースリーディングでも読みましたが、戦争中、虚弱児童は疎開をさせてもらえなかった。将来兵隊になれない体の弱い子どもは、助からなくてもいいということだったのです。このように戦争になると、命に値段がつけられます。高い命、安い命、誰から死ににいくか、殺しにいくか、殺されるのかと、差別が生まれるのです。そこからみたって戦争を生み出す社会は異常なことです。

  今、若い人たちには、もう少し真剣に自分たちのこととして考えて欲しいのです。私はもう50歳ですから、戦争に行かなくてもいいし、人を殺さなくてもいい。でも、今の20代、またはその下の人たちは、憲法が変わるとどうなるか、自分の身に降りかかることとして、本当に真剣に考えて欲しい。平和というものは、与えられるものではなく自分たちの手で作るものだから。

編集部

  しかし戦争なんて起こるはずがないし、起こったとしても自分には関係ないと思っている人がほとんどですね。

渡辺

  今の状況からそんなことも想像できないの? わからないの? と歯がゆく思うこともあるけれど、だからこそ私たちが頑張って伝えていかなければならないと感じています。

  同じ演劇人でも非戦の心を持ちながら、ノンポリを装ってやっている人もいるけれど、今、それではなかなか伝わらない。人気のある人ほどそういうスタンスだったりするのですが。でも直接的なメッセージだと観客に避けられたり、メディアから煙たがられたり、事務所が心配したりと、確かに難しいです、バランスが。

編集部

  影響力のある人の発言は、やはり力があるし多くの人の心に届けることができます。

渡辺

  そうですね。私自身、吉永小百合さんからもらった手紙を宝物にしています。3年前、朝日新聞にイラク戦争に反対する私のインタビュー記事が掲載された時、すぐに吉永さんから直筆のお手紙をいただきました。「あなたはえらいですね、あなたの発言を読んで勇気をもらいました」という内容だったと思います。

  本当にうれしかったですね。でも返信しようとしても、プレッシャーがかかりすぎて書けないんです。何度書こうとしても。だって、ちっちゃい頃から映画で見ていたスターですよ。美しくて知的で、雲の上の存在です。だから3年も経つのに返事を出していない。渡辺えり子は失礼な人だと思われているかもしれない。でもいつかお会いしたら、お礼を言おうと思ってずっと心にとめていることです。

  あ、これ書いてもらえますか? もしかしたら、吉永さんが読んでくださるかもしれないものね。(笑)

自由に発言できる場所がだんだん
小さくなってきていることに、驚きと恐ろしさを感じます。
渡辺さんにはメディアで活躍する難しい立場でありながら、
勇気のあるコメントの数々をいただきました。
渡辺さん、ありがとうございました。

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