マガジン9
ホームへ
この人に聞きたい
バックナンバー一覧

肥田舜太郎さんに聞いた

今も世界中で、生み出され続ける「ヒバクシャ」たち
←その1へ
核の恐ろしさ=「ヒロシマ・ナガサキ」という図式に、
「それだけでは伝わらない」と警鐘を鳴らす肥田さん。
現代にも生み出され続ける被曝の実態について、
詳しくお話を伺いました。
肥田舜太郎さん
ひだ・しゅんたろう
1917年広島生まれ。
1944年陸軍軍医学校を卒業、軍医少尉として広島陸軍病院に赴任。
1945年広島にて被爆。被爆者救援にあたる。全日本民医連理事、埼玉民医連会長などを歴任。
現在、全日本民医連顧問、日本被団協原爆被害者中央相談所理事長。
著書に『ヒロシマを生きのびて』(あけび書房)、
『内部被曝の脅威』(共著、ちくま新書)など。
核兵器は「つくる」段階から被曝者を生み出している
編集部 前回、核抑止論を乗り越えてゆくためには、原爆が落ちたときの直接的な被害を訴えるだけでは駄目だ、というお話をお聞きしました。そして、原爆そのものは使われることがなくても、実は今も世界各地で「ヒバクシャ」が生まれている、とも。それについてもう少し詳しくお聞かせいただけますか?
肥田  まず、「つくる」段階から多くの被曝者を生み出すのが、核兵器の特徴の一つです。今も原爆を製造している国では、製造工場の周り、それから原料のウラニウムを掘る鉱山でも、多くの人が被曝しています。たとえばアメリカのニューメキシコ州では、もともと住んでいた土地を白人によって追われたネイティブ・アメリカンたちが新たに住み着いた土地で、たまたまウランが発見された(ラグナ・プエプロ保留地内/ジャックパイルウラン鉱山)。そこで今度はそこに資本が殺到して採掘を開始したんですが、実際の採掘作業に携わっているネイティブの人々の間で、肺ガンが非常に増えているそうです。
 それから、核実験に参加して放射性物質を含む「死の灰」を浴びた、アメリカの被爆米兵たち。この「死の灰」は、実験場があったネバダ州から隣のユタ州にまで流れて、農民たちが大勢ガンで死んでいます。 
編集部 米軍がイラクなどで使用した劣化ウラン弾についても、放射線の人体への影響が指摘されていますね。
肥田  原子爆弾が爆発するエネルギーに核分裂反応を使っているのに対し、劣化ウラン弾を使用する際の爆発のエネルギーは普通の火薬です。それによって押し出される弾が、原子力発電から出る廃棄物の劣化ウランなんですね。
 これは非常に重い金属なので、航空機のバランスをとるための錘(おもり)にも使われていました。以前、沖縄で米軍のヘリコプターが大学に落ちたとき、米軍は日本の消防隊を追い払って処理にあたりましたので、結局事故の全貌はわからずじまいでしたが、もし錘に劣化ウランが使われていて、それが爆発を起こしていたら、あたり一面が放射能に汚染される危険があったのです。

 それから、非常に固い金属でもあるので、普通の弾なら跳ね返される戦車の厚い壁も、劣化ウラン弾は簡単に貫いてしまいます。そして、戦車の壁に穴があいたその瞬間に、熱とガスを発生させる。そうなればもう、あたりは一面の放射線です。そこへ何も知らない米兵たちが星条旗を立てて写真を撮っていた。当然、帰ってきてから病気になった米兵がたくさんいます。僕のところにも、診察してほしいと言ってきた元米兵がいましたね。
 劣化ウラン弾は核エネルギーによる爆発ではないから核兵器ではないという学者もいるけれど、そんなことは殺される側にとっては関係ない。人間は知らず知らずのうちに、被害を与える側の考え方を採用してしまうことがあるけど、肝心なのはいつも「やられる側」に立って考えるということなんです。原子爆弾だろうが劣化ウラン弾だろうが、放射線の影響で人が死んでいくのであれば、やはり核兵器だというべきです。今の時代に原爆を実際に使うことは常識的に言ってまずできないから、その代わりにつくり始めた「新しい核兵器」と言っていいでしょう。

編集部 陸上自衛隊もイラクから「1人もけががなく」帰ってきた、と言われていますが、放射線による被害についてはわからないわけですよね。
肥田  もちろんです。先日も、イラクから帰ってきた自衛隊将校の奥さんが僕のところへ来ましたよ。彼女は、アメリカの兵隊が湾岸戦争やイラクで被曝して、帰ってきてから生まれた子供にその影響が出ていることを知っているんですね。それで、子供はほしいけれど心配だから、夫の検査をしてほしいと。幸い、体の中にウランがあるという反応は出ませんでしたが、この検査も完全だとはいえないので…。
編集部 チェルノブイリの原発事故の際にも、牛乳や野菜など農産物の汚染による被害が指摘されていましたね。チェルノブイリは事故が起こったケースですが、原子力発電所そのものの影響についてはどうなのでしょう?
肥田  それについては、アメリカで出版された『The Enemy Within(内なる敵)』という本に詳しく書かれています。1996年に、アメリカ政府が国内の白人女性について、「1950年からの40年で、乳ガンが倍になった」という発表をしたんですね。そして、その原因を調査した結果を「大気や水の汚染の影響、つまりは文明病だ」と結論づけた。これに疑問を持った統計学者、J・M・グールドが、政府の調査した乳ガン患者数などの膨大なデータを分析し直したんです。その結果、乳ガンの増加には地域差があり、増えている地域には一つの共通項があることがわかった。それが「原子炉のあるところから100マイル以内」ということだったというんですね。

 日本にも原子力発電所がたくさんありますが、建物はとても近代的だし、どこもぴかぴか。もちろん「危険なことは一つもない」と説明されています。でも、実際には煙突から出ている湯気にも放射線は含まれているし、海には放射線を含んだ水が排出されている。これについては、「これ以上放射線が含まれていると危険」だという国際的な基準が定められていて、たしかにそれ以内には抑えられているんです。しかし、実はこの基準というのが25年前につくられたもので、それから6回改変されて、そのたびに驚くほど緩くなっている。厳しい基準を守ろうとすると設備投資が必要になって、儲からなくなるというので、アメリカの電力会社などが政府に働きかけて基準を緩めさせたんです。今では、世界中の学者が「こんな基準では意味がない」と言っている。でも日本の原子力発電所は、その基準を「きちんと守っているから大丈夫」だと言っているんです。
『内部被曝の脅威 −原爆から劣化ウラン弾まで』
(肥田舜太郎/鎌仲ひとみ・ちくま新書)
広島から、アメリカ、イラク、世界のあらゆるところにおよぶ「核の脅威」について、実体験と丁寧な取材から導きだされた警世の書である。
「核抑止論」を支持する人には、是非、手にとって欲しい一冊である。
医学的、科学的な研究がようやく始まった
肥田  そうして見ていくと、おそらく今、世界の被曝者は1000万人を超えるのではないでしょうか。にもかかわらず、日本の人たちも、それだけの人が犠牲になっていることはまったく知らされず、ただヒロシマ・ナガサキの話だけを聞かされているというのが現状なんです。 
編集部 WHO(世界保健機関)なども、そうした被曝の状況についてはほとんど認めていませんよね。前回、学問のルールにのっとった「証拠」がないから、医者は何も言えないというお話がありましたが、こうしたさまざまな被曝被害について、医学や科学の面からの研究は進んでいないのでしょうか。
肥田  内部被曝のメカニズムなどについても、学問として確立されるようになってきたのは最近になってからですね。
 これまで研究が進まなかった理由の一つには、政府からの圧力があったということもあります。研究しても発表できなかったり、大学にいられなくなったり、研究費が下りなかったり。アメリカでもそうだし、日本でもそうです。たとえば広島大学や長崎大学の医学部には被爆者医療の研究会がありますが、そこでさえ政府に都合の悪い結果が出るような研究はなかなかさせてもらえなかった。特に広島では、ABCC(注)からの圧力で、そこが認めること以外の研究は中止、あるいは制約を受けたりという歴史がありましたから。

 でも、最近の若い学者は勇ましいから(笑)、そんなことは関係なしに、自分のやりたいことをやる、という人が出てきたんですね。研究成果を、教授に許可を得ないで勝手に新聞に発表したりする(笑)。
 チェルノブイリ事故の被害に関する研究も、ロシアやウクライナの政府は一生懸命抑えているけど、抑えきれずにどんどん出てきた。チェルノブイリについては、残留した放射線によって被害が出たということは、今ではほぼ常識のようになっていますね。 
編集部 政府が研究に圧力をかけるというのは、なぜでしょうか。
肥田 二つありますね。一つは、核抑止論の論理で核兵器をつくり続けようとしているのに、その段階ですでにどんどん被害が出ているというのがわかっては困るから、押さえ込む。もう一つは、放射線による被害を認めてしまったら、被曝者への保障が必要になるでしょう。それでは財政がもたない。この二つの理由があるんだと思います。

 こういった理由から政府から受ける不当な圧力は、これまでずっとあったわけですが、ここ数年はまた、ひどくなったと感じます。中でも僕がひどいなと思っているのが、厚生労働省の役人なんです。原爆症認定の陳情などに行った被曝者も、信じられないようなことを言われるそうです。核兵器廃絶とか言うが、アメリカの核兵器の世話になっているのに、アメリカの不利になるようなことを言うものじゃないよとか、保障が欲しくてまだ裁判をやるのか、とか・・・。

編集部 いくら裁判で闘っている相手とは言え、国民に対してのことばとは思えないですね。残念です。

注 ABCC…原爆傷害調査委員会。原子爆弾による傷害の実態を詳細に調査記録するため、1946年11月、トルーマン大統領指令にもとづき設置。調査機関のため、治療行為などは一切行われなかった。
戦争とは「ある日突然、理由もわからずに殺される」こと
編集部 お話を伺っていると、核廃絶を訴えるためには、過去の原爆の恐ろしさだけでなく、今も続いている放射線の危険性の本質を伝えていく必要があると、改めて感じます。
肥田 本来は、日本がその言い出しっぺにならなきゃいけないんですよ。それなのに、その日本が、アメリカの言うなりになって、「どこでも戦争をしてください、お金は出します」ですから。そして今度は法律を作って、「お金だけでなく人も出します」と言って、自衛隊がアメリカの戦争に出かけていった。
編集部 たしかに、今の日本政府は本当にアメリカべったりだと感じますね。さらに最近では憲法9条を変えて、軍隊を持とうという声も高まっていますが、それについてはどう感じておられますか。
肥田 まず思うのは、軍隊を持つとしたら、当然、いずれは核武装もという話にはなるだろうな、ということですね。
編集部 核武装ですか?
肥田 だって、国が軍隊を持つというのは、それによって国際的な発言力を強めようという考えなのに、そこで核兵器も持たない軍隊をつくって今さら何になる、と思うでしょう。核燃料再処理工場(注)がある青森県六ヶ所村では、さらに新しい工場の建設も進んでいますし、劣化ウラン弾も含めていずれは核兵器を、という考えはあるんじゃないでしょうか。その能力もあるわけですし。
編集部 その動きに何とかストップをかけていくには、どういったことが必要だとお考えでしょうか。
肥田 僕が最近思っているのは、戦争というものを経験していない人に、どうやってそれを実感でわかってもらうかということなんです。
 ふつうの人が、何が原因なのか、誰にやられたのかもわからないで、ある日突然殺されるという現実を、僕は広島で見ました。いつものとおりの生活をしていたら、突然ピカッと光って、気がついたら家も何もなくなっていた。出会う人は血だらけで、それまで見たことのないような地獄。自分の身に何が起こったのか、誰がこんな目に遭わせたのかもわからないままで、みんな死んでいったんです。

 その人が普段何を考えていようと、戦争に賛成していようと反対していようと関係なく、ある日突然殺される。あるいは、そのとき助かったと思っても、数十年たって、子供も生まれて幸せで、と思ったら、ガンになって死んでしまう。それが戦争であり、核なんですよ。
 でも、それは人類が防ごうと思ったら防げることです。そのために平和憲法だって作られたんです。50年後か100年後かわからない。でもきっと人類は、今の間違った方向を軌道修正できると信じています。そのために僕は、広島での被爆から現在まで、見てきたことを話し続けているんです。

注 核燃料処理工場:使用済みの核燃料からプルトニウムを取り出す施設。そのため全国の原子力発電所から出る使用済み核燃料が
集められ、プールされる。放射能汚染の問題や不安は解決していないが、青森・六ヶ所村の再処理工場では、
アクティブ試験(最終試運転)が今年3月から開始されている。本格稼動は、来年8月予定。

←その1へ
「使命感というと大げさだけど、これは実際に見た私にしかできないことだと思うから」
と、89歳になった今も、各地で精力的に講演活動などを続ける肥田さん。
お話を伺いながら、恐ろしい現実に愕然としつつも希望を捨ててはいけないと、
力の沸いてくるような気がしたインタビューでした。
肥田さん、ありがとうございました。
ご意見募集!

ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。
このページのアタマへ