マガジン9
ホームへ
この人に聞きたい
バックナンバー一覧

石坂啓さんに聞いた

「9 条」を古びていないイメージで広めることが必要

ナショナリズムの高まりの中、表現するのにプレッシャーを
感じることがあると石坂さん。戦時中の事実は隠され、
戦争が美化される現状に、違和感と危機感が募ります。

石坂啓さん

いしざか けい  1956年愛知県生まれ。
故手塚治虫氏に師事し、漫画家デビュー。漫画、エッセイの他、
著書に『学校に行かなければ死なずにすんだ子ども』(幻冬舎)など。
山中恒氏とのコンビでの児童文学作品も多い。『週刊金曜日』編集委員。
『マガジン9条』発起人の一人。

戦場に送られるかもしれない子どもの未来
編集部  日本でナショナリズムの動きが高まっています。
石坂

 9条を変えて日本を戦争ができる普通の国にしようという動きと、ナショナリズムの高まりは確実に根っこでつながっています。
 ナショナリズムが怖いのはどんどんエスカレートしてしまうこと。たとえば、日の丸をめぐる動き。国旗法案が持ち出された時、野中広務さんなど、自民党の政治家は国民の「内心の自由」を認め、国旗を人々に強要することはないと断言したはずでした。
 ところが、たとえば学校の現場ではいま、日の丸を掲げていないところはゼロに近い。とくに石原都政下の東京都では日の丸が掲げられているか、君が代をきちんと起立して歌っているか、教育委員会がチェックして回るという事態になっています。
 昭島市のある学校での話です。卒業式で壇上の背景にある黒幕があまりにも殺風景なので、教師たちがハトの形に切り抜いた白い紙を飾ろうとしたら、中止させられたそうです。その理由は「ハトを飾る行為が平和を連想させるから」。ウソみたいだけど、本当の話です。日の丸・君が代に反対する「平和勢力」のあぶり出しが、信じがたい形で行われるようになってしまったのです。その背後にはナショナリズムの高まりがあります。

編集部  たしかに東京都の学校では日の丸や君が代の扱いをめぐって教職員の処分が続き、現場の先生たちは大きなプレッシャーを受けています。
石坂  いまは先生ですが、近い将来、そのプレッシャーは親にもきっと来ます。私は日の丸を強要されるようなやり方があまり好きじゃない。でも、そのことをきちんと子どもに伝えることができるのか、自信がありません。学校の行事で私ひとり、日の丸の前で起立しなかったり、君が代を歌わなかったりしたら、子どもに被害が及ぶのではと気弱になってしまうのです。 
編集部  ナショナリズムには人々を「われわれ」と「他者」に分断し、国内をひとつの方向に向かわせる力があります。
自主規制を始めたメディア
石坂

 過去の歴史を美化しようという動きが世代を問わず、強くなっているのもそのひとつでしょう。以前、作家の辺見庸さんの原作を、雑誌のマンガにする仕事を手がけたことがありました。私は、従軍慰安婦が日本兵に木にくくりつけられて、殴り殺されるシーンを描きました。ところが単行本化をする段になって、そのシーンの日本兵を、一般人に描き換えて欲しいという、編集部からの要請がきたのです。出版社が「日本軍は慰安婦問題に関与していない」と主張する人々から抗議されかねないと、恐れてしまったのです。その時ですね、とうとう表現の世界にまでナショナリズムが吹き荒れるようになったんだなと実感したのは。

編集部  たしかに、報道や表現の現場では「ものが言いにくくなっている」と感じる人々が増えています。
石坂  とくに過去、日本が起こした戦争をどう記憶するかということについて表現しようとすると、確実にプレッシャーがありますね。 先ほど触れた従軍慰安婦のことについても、昭和天皇が亡くなった直後などは、天皇の戦争責任について考える報道がたくさんあり、その中で従軍慰安婦問題についても触れられることが少なくなかった。
 ところが、最近はそんな報道はめっきりとお目にかからなくなってしまいました。おまけについ先日、従軍慰安婦を扱ったNHKの番組に「自民党の政治家が不当な圧力を加えたのでは」という朝日新聞の報道があったでしょ? この一件はいま、大きなトラブルになっています。メディアからすれば、ますます従軍慰安婦問題を扱うことに慎重にならざるを得ないでしょうね。
編集部  権力をウォッチし、批判するのがメディアの役割です。しかし、こうしたナショナリズムの高まりの中でむしろ、自主規制する動きが目につきます。
戦争と歴史の美化が始まる
石坂  こういう時だからこそ、過去の戦争の記憶をきちんとメディアは伝えないといけない。「慰安婦ということばは戦時中には無かった」という発言をする政治家もいますが、きちんと慰安婦問題を理解しているのか、はなはだ疑問です。 過去に兵隊に女をあてがった軍はいくらでもあるけど、女を帯同して行軍した軍は旧日本軍くらいのものでしょう。すべては兵隊が悪い性病に患らないよう、つまりは軍にとって必要な弾=兵をむだにしないためだったんです。
 陸軍はとくにこうした施策に熱心で、兵には「突撃一番」というふざけたネーミングのコンドームを兵士に与えています。また、前線の兵士が心おきなく戦えるよう、銃後の備えにも余念がなかった。なんと、陸軍は故郷に残してきた妻たちが浮気をしないよう、女の数だけバイブレータを大量生産して配ろうとしていたんです。ひとつ8円の予算で、エボナイト電池で動く本格的なものです。幸か不幸か、戦局が悪化して国内の工場が被災したため、このプランは立ち消えになりましたが、軍のお偉いさんたちが鳩首してバイブレータ作りを謀議した事実は軍関係の資料にきちんと記録されているそうです。
 男には慰安婦を、女たちにはバイブレータを。こんなばかばかしいギャグのようなことを大まじめでやってしまう。それが戦争のおぞましさであり、愚かさなのです。
 しかし、そうした戦争にまつわる記憶はどんどん忘れ去られ、「自存自衛のための正しい戦争だった」などという歴史の美化が進んでいます。9条は占領軍に押しつけられたもので、時代にそぐわない、変えてしまおうという風潮は、こうした歴史の美化やナショナリズムの高まりと軌を一にしています。

編集部  アジア諸国との摩擦も高まっています。
石坂  村上龍さんの『半島を出よ』というベストセラー小説があります。ごく近未来の日本が舞台なのですが、その時の日本は経済が没落し、だれからも見向きもされなくなっている。アジアや世界の視線は、完全に中国に注がれているという設定です。
 小説の中ではハリウッド映画の最新作が、日本より先に中国の北京で公開されています。ハリウッドの関心はとっくに日本をパスして、中国へと向かっているんです。でも、それはけっして突飛な空想じゃなく、現実味をおびてきています。
 なのに、小泉さんは靖国参拝を強行し、中国や韓国ときしみを起こしている。アジアや日本の状況を冷静に考えれば、靖国参拝は国益を損ねる行為でしょう。もはや、中国や韓国を無視して、日本だけでやっていける時代じゃない。いつか、手痛いしっぺ返しを食らいますよ。外交的にあまりに無策で、破綻しています。 しかも、首相の靖国参拝は憲法が定めた政教分離の原則にも触れかねない。なのに、それらが問題視されることもない。困ったことです。
編集部  9条を守るために何ができるでしょうか?
石坂  日本はいま景気が悪いし、世相も暗くて社会がぱっとしない。それだけに、“強いもの”“単純でわかりやすくスカッとするもの”を求めたいという人心はますます強くなっています。9条を変えて軍隊を保有する強い国になろうとか、生意気な中国や韓国をやっつけてしまえという声はそれなりにスカッとしますから、同調する人がさらに増えかねないと心配しています。
 その一方で、護憲のイメージは古びています。9条を守ろうという意見に「正しい主張をしているのになぜ、わかってくれないの」という姿勢が見え隠れするのも気になります。ナショナリズムを背景に“わかりやすくて強いもの”が待望されている今、それでは私たちの輪は広がらない。対抗するためには、これまでにない新しいイメージで、9条を守ろうという賛同者を増やす工夫が、いまこそ必要なのではないでしょか。

「“強いものや単純でわかりやすくスカッとするもの”を
求めたいという人心は強くなっている」という石坂さんの言葉は
今回の総選挙の事前世論調査を見る限り、ぴたりと当てはまっています。
現状をエスカレートさせないために、どうすればいいか。
みなさんと一緒に考えていきたいと思います。
石坂さん、ありがとうございました!
ご意見募集!

ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。

このページのアタマへ
"Copyright 2005-2010 magazine9 All rights reserved
」」