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この人に聞きたい
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姜尚中さんに聞いた

憲法9条を東アジアの国々とシェアしてゆく努力を
改憲問題に関する中国や韓国の声明に対し、
日本国内から「内政干渉だ」という声がよく聞かれます。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
日本はこれから、東アジアという枠組みの中で
どうあるべきなのかを、姜尚中さんに伺いました!
姜尚中さん
かん・さんじゅん 東京大学大学院情報学環教授。1950年、熊本県生まれ。
専攻は政治学、政治思想史。著書『ナショナリズムの克服』(集英社新書)
『暮らしから考える政治―女性・戦争・食』(岩波ブックレット) など多数。
『マガジン9条』発起人の一人。
9条の理念をベースにした、東アジアの集団安全機構を考える
編集部  前回、姜さんは“「9条のしばり」が最後の首の皮一枚である。もしこれが切れてしまえばもう歯止めがきかなくなる”とおっしゃいました。皮一枚でもとにかく踏みとどまれ、と。
 踏みとどまる、という消極的姿勢ではなく、これを推し進めていくという姿勢ですね。問題は、踏みとどまるだけではなくより積極的に打って返す、その打ち方を護憲派がまだ探しあぐねているということだと思います。だからどうしても守りに入ってしまう。ぼくは、打ち返すやり方として、さしあたり、東アジアのある種の集団安全保障機構を考えたいと思います。
 日米安保を持ちながら非核を世界に宣言するという自己欺瞞は、パキスタンやインドに行ってそれを言ったら、バカにするなと言われますよね。アメリカの核の傘の下にいて、その上で唯一の被爆国として非核宣言をやるというのがいかに自己欺瞞かは、もうみんな分かっちゃっているわけですから。
編集部  だから、日米安保を解消して、東アジア集団安全条約というような機構を作る……。
 そこには、当然アメリカも含まれるわけです。
 冷戦が終わったとき、ぼくは雑誌『世界』(岩波書店)に書いたんです。
 「あれもこれもの平和主義、つまり自衛隊、9条、安保、みんな含めてあれもこれもじゃなくて、いつか“あれかこれか”を迫られる」とね。
 今考えると、“あれかこれか”を迫られたとき、ただの護憲派ではマジョリティを形成できない。実際にどういうことを政策的に選択的にできるか、という、青写真を示してこられなかった。だからこそ今、日米安保を段階的に解消し、平和憲法の理念をベースにして、東北アジアの集団的安全保障機構を構想しなければならないんです。
 そこで憲法9条をどこまで中国や朝鮮半島の人たちとシェアできるか。それは歴史問題にかかわることなんです。
 結局、そこに戻る。だから、ぼくは歴史問題は憲法論議とセットだと言ったけれど、その車の両輪を考えないと。憲法だけを憲法学者の専権事項にまかせて、歴史問題を棚上げにしていては、問題は解決しない。繰り返しになるけれど、歴史問題とセットでなければ。ドイツはそうやってきたんです。

編集部  そう考えていけば、やはり9条2項は必要であると。
 改憲派も、第1項はあってもいいと言ってるんですよ。2項を削れと言ってるんです。そうすると、自衛隊は国防軍ですよ。防衛庁は国防省でしょ。そうなれば、もう歯止めがきかなくなって、朝鮮半島や中国との対立は決定的になってしまう。

編集部  そういう「国柄」が日本なのだと・・・。
 だからね、その「国柄」を逆手にとってね、憲法9条を持っている「国柄」なんだということを押し出していけばいいんですよ、世界に向けて。9条を持っていれば、なにかとんでもない自己欺瞞を営々と積み重ねて世界から不信の目で見られるなどというのは、それはおそらく改憲したい人たちが作り出している幻想でしかないでしょう。

編集部  歴史認識の問題、靖国問題で、これだけ反感を買っているわけですから、ここで9条に手をつけるということになれば、アジア諸国の反感は決定的な「反日」になってしまいますね。
 だから、今の構図で言えば、中国や韓国が日本における最大の野党になっているわけです、外部からのね。そして、日本はそれを「内政干渉」だと切り捨てる。日本の中にちゃんとした野党がなくなってしまったがゆえの構図だと思うんです。超法規的な、超憲法的な「日米安保」。その下で非核3原則を唱えながら、しかし実際は安保で大量の核が動員されていて、結局、核の傘の下で非核を言う。これも大きな欺瞞です。
 欺瞞は、ほかにもたくさんあります。たとえば、押し付け憲法だと言うけれど、農地改革だってGHQからの押し付けです。農地改革でこれだけ自作農が増えたおかげで自民党の基盤ができた。じゃあなぜ、農地改革には何も言わず、憲法だけ押し付けと言うのか。

編集部  農地改革もお返しして、みんな小作農にかえってもらう。そうすれば、収奪される小作農はいっせいに自民党に反旗をひるがえし、自民党は根っから崩壊……。あはは、逆説ですね。
日本は今こそ他国と協力し、北朝鮮を交渉の場に出す努力を
編集部  最後に、北朝鮮問題について伺いたいのですが。このところ、北朝鮮の核開発ということが、かなり言われていますね。どう見ていますか?
 ぼくにもよく分からないのです。
 もし核実験まで進んでいくとしても、それは相当先のことではないか。この先、どういう行動に出るか、やはり分からないですね。
 ただね、アメリカの対朝鮮半島政策の失敗がこういう状況を引き起こした最大の原因だと思います。ぼくは早くから、ウラン濃縮については疑問があると言ってきた、証拠がないし。だから、アメリカはプルトニウムについての交渉に入るべきだったんです。
 ところが、ウラン濃縮を最初の入り口にしてしまった。プルトニウムの抽出された燃料棒について交渉すればよかったのに、2年間これをしなかった。その結果、北朝鮮はプルトニウムをどんどん再処理して、その結果として5〜6個の核兵器の保有も考えられる状況になってしまった、ということでしょう。
 最後の仕上げは核実験です。それがなされた場合は、核保有国としての北朝鮮を相手にしなくてはならなくなる。パキスタンと同じような形です。核保有が分かってしまった国に核兵器の廃絶を迫るということは、ハードルがもっともっと高くなるということです。だから、アメリカはプルトニウムの再処理を押さえ込むための交渉に早く入るべきだった。
 しかし、ブッシュ政権は統一的な朝鮮政策を持っていない。結局、安保理には付託できないということですよ、中国が反対するから。北朝鮮の問題は台湾問題と同じように、中国にとっては死活的な問題ですからね。韓国ももちろん反対します。そうすると、アメリカには手の打ちようがない。だからといって、軍事攻撃もできない。結果として、国内的に激しい言葉で北攻撃を続けることでなんとか溜飲を下げるというお粗末なやり方を続け、そのために現実には危機がエスカレートしてしまった。
 やっとここにきて、なんとか北朝鮮を交渉の場に引き出そうと動き始めたようですが、どのようなメッセージを出すかにかかっているでしょうね。そうでなければ、北としても交渉がない以上、エスカレートして核兵器を持つところまで突き進みかねない。
編集部  そこで、日本はどうしたらいいのでしょうか。
 日本は拉致問題がネックになって、とても動きにくいけれど、でもやはり、ほかの国と連携して、北を引っ張り出す努力をするべきでしょう。アメリカは、ようやく北朝鮮を「主権国家」と言ったわけですよね。ぼくは、主権国家からもうひとつ進んでほしかった。不可侵は言えないにしても、体制保障はすると。ただアメリカはそれを条約化はできないから、アメリカと北を除いた4カ国(日本、韓国、中国、ロシア)がそれを保障するという形で6カ国協議を進めるとか。
編集部  日本を含めた4カ国が仲介役になると。
 ところが、今の日本では改憲派がいちばんの北朝鮮強硬派で、安保理決議をむしろアメリカにプッシュしていますよね。特に安倍さんたちが最強硬派ですね。身動きが取れなくなっているんです。ツケを払わされているんです。
 もし、核実験強行なんてことになったら、日本はパニックですよ。そしてミサイル搭載可能なんてことが報道されたら……。
編集部  そこがいちばん怖い。妙なナショナリストたちが、日本も核武装せよ、などと叫びだしかねない。
 ミサイル搭載可能ならば、たとえ北朝鮮がこの地球から消滅したとしても、向こうから核ミサイルが何発か飛んでくる。特に、東京は人口密集地域だから、たった一発でも……。
編集部  とにかく、戦争は何も生み出さない。当たり前のことですけど。あらためて、9条の価値を認識できたような気がします。どうもありがとうございました。

姜さんからお話を聞いた後、長くストップしていた6カ国協議が
再開されるというニュースが飛び込んできました。
日本の果たすべき役割は、東アジアの枠組みの中で
考えていかなければならない、ということを、
姜さんのお話からあらためて実感しました。
姜さん、ありがとうございました!

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