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今までに聞いた人

香山さんに聞いた

「ニッポン、大好き」を問い直そう
臨床経験を生かし、現代人の“心の病”について洞察を続けている香山さん。
各メディアで幅広く活躍している香山さんに、今、日本で静かに広がっている
「ナショナリズム」の波についてお伺いしました。
香山リカさん
かやま りか 精神科医、帝塚山学院大学人間文化学部教授。1960年北海道生まれ。
東京医科大学卒。主著に『若者の法則』(岩波新書)、
『ぷちナショナリズム症候群』(中央公論新社)など多数。
ポップで軽やかに“愛国心”を謳歌する若者たち
編集部 ご著書『ぷちナショナリズム症候群』(中公新書ラクレ)では、
若者の無邪気な「ナショナリズム化」に
警鐘を鳴らしていらっしゃいましたね。
香山 2002年のワールドカップ日韓大会で、それまでふだんは「国」という問題をほとんど意識していなかったであろう若者たちが、突然スタジアムで「日の丸」を激しく打ち振り、声をはりあげアップテンポの「君が代」を歌うという現象が生まれました。
同じころから、若いアーティストによるスポーツイベントでの「君が代」斉唱や、『声に出して読みたい日本語』(斎藤孝・著 草思社)に代表される日本語ブーム、路上で相手がリクエストした文字をTシャツや色紙に書く「ストリート書道」の出現、「和」の要素を取り入れたYOSAKOIソーラン祭りのブームなどなど、ポップで軽やかに“愛国心”を謳歌する若者が急速に増えたと感じたのです。
それらの現象を見て、このような「ぷちナショナリズム」に無邪気に染まっている若者は、いまその数を増やしつつ、増やされつつあるのではないか、若者たちの「ぷちナショナリズム」現象を生み出した社会背景とは何なのだろうか、と思い立ち、書いたのがこの本です。
出版当時はこの“ぷちなしょ”現象をサブカルチャーとしてとらえていたのですが、出版後、「ナショナリズム」は急速に社会全体の「現実問題」となってきました。
ぷちナショナリズム症候群『ぷちナショナリズム症候群』
若者たちのニッポン主義
香山リカ著
中公新書ラクレ
無邪気に「ニッポンが好き!」と断言する若者たちは、あたかも自分の意志で選び取った考えで日本を全面的に肯定しているように見えます。
しかし、自分の居場所やアイデンティティを見失いがちな彼らは、実は「ニッポン」という旗印のもとに集まって安心感を得ているだけだということに気づいていないのです。
ですから私は、行き場のない彼らのエネルギーが、何かのきっかけで全体主義的な社会の形成に向かっていく危険性があるのではないか、彼らは簡単に利用されて、「いまこそ日本固有の文化を取り戻し、強い国をめざそう」というメッセージを無自覚なまま受け取り、ラディカルなナショナリズムに転じていく可能性もあるのではないか、というふうに危惧しているのです。
「自分の国が強くなってどこが悪い?」という短絡
編集部 若者の「ぷちなしょ」化に最初に気づいたきっかけは?
香山 大学と医療、ふたつの現場で日々若者と接していますが、ここ数年で、若い人たちが、社会で起きているいろいろな現象に対してずいぶん断定的なものの言い方をするようになったなあと思うようになったのが、きっかけだった気がします。
たとえば、弱かったり、正しくなかったりする人に対して「あんな人は絶対に許せませんよ」だとか「一生オリの中に入っていてほしい」などといった、ひどく冷淡なことを簡単に言い放つようになったなあと。
大学生や、いろいろな問題をかかえて病院に治療に来ている若者は、年齢的にも社会的にもまだ安定していない立場ですから、私は彼らがもう少し相手の立場に立った発言をするんじゃないかと勝手に思っていたんです。しかし彼らは、いとも簡単に「だめだ」とか「許せない」と断定して、弱い立場の人間を切り捨てるようになってきた。
若者がはっきりと白黒つけるようになったことを、「若い人たちもずいぶん自分の意見をしっかり持つようになってきたなあ」と肯定的に見る人もいるようですが、私にはどうもそんなに明るい兆候ではない気がしたんですね。
それは、今まであいまいなことしか言えなかった人たちが自己主張をできるようになってきたのではなく、むしろ物事の複雑な事情や経緯などを想像することができなくなってきたということではないかと、私には思えたのです。
「自分の国が強くなってどこが悪い?」とためらいなく口にする若者たちの、屈託のない「ぷちナショナリズム」は、まさにこのような短絡的な思考から来ているのではないでしょうか。
編集部 若者たちがそのような短絡的な思考になってきたのは
なぜなのでしょうか?
香山 やはり、長引く不況を背景に、社会全体がなんとなく暗い雰囲気であるために、みんな将来の夢が見られないせっぱ詰まった状態になっているからではないでしょうか。それで他者を思いやるとか、いろんな立場の人の身になって考える余裕が失われてきているのかなと思います。
日本人というのは何か問題が起きたときに、そういう罪を生んだ社会状況や教育の問題など、少し広い視野でその問題の背景を考える視点を持ち合わせていたと思うのです。
でも、実はそれは、経済的にうまくいっていたときだからこそ持てた視点で、不安定な社会になってしまったとたんに誰も彼もが自分のことで精一杯になってしまい、容易に弱者を切り捨てるようになってしまったのかなあ、と思いますね。
若者たちは、めまぐるしく社会の状況が変わっていく中で、とにかくぱっと先を読んで決断していかないと自分もすぐに負け組になってしまう、という危機感を持っている気がします。それが、すぐに白黒をつけようとする思考につながっているのではないでしょうか。
そのようなせっぱ詰まった若者たちが、「ニッポンが強くなってどこが悪い?」という愛国主義に、単純に乗ってしまっているような気がするのです。
つづく・・・
“愛国心”を屈託なく受け入れる若者たち。
蔓延する「ぷちなしょ」の波の中で、
憲法9条はこれからどうなってゆくのか……。
次回も引き続き香山さんに語っていただきます。
お楽しみに!
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