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この人に聞きたい
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小林節教授さんに聞いた

「憲法なんて堂でもいい」その態度が絶えられない
イラク派兵に象徴されるように「法の支配を完全に無視する」
政府・自民党に大きな失望を隠さない小林さん。
立憲主義を守らせるために、権力者の堕落をこれ以上許さないために、
私たちにできる二つのやり方を提示してくれました。
小林節さん
こばやし・せつ
慶應義塾大学教授・弁護士。
1949年生まれ。元ハーバード大学研究員、元北京大学招聘教授。
テレビの討論番組でも改憲派の論客としてお馴染み。
共著に『憲法改正』(中央公論新社)、『憲法危篤!』(KKベストセラーズ)
『憲法』(南窓社)、『対論!戦争、軍隊、この国の行方』(青木書店)など多数。
イラク派兵は法治主義、民主主義の否定
編集部 2003年7月、「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法(イラク特措法)」ができた当時、小林さんは強い違和感を持ったようですね。
小林  法の支配を平気で無視するというのは、小泉首相を中心とする二世、三世議員の独特の世界ですよ。これまで政府としては、法制局の解釈に縛られて、国内で自衛戦争はできるけれど(専守防衛)、海外ではいかなる理由であれ戦闘行動をしたり他国の軍隊の戦闘行動と一体化してはいけないと言ってきた。
 だからイラクに行くにしても、戦闘行動をしている米軍と一体化する行動はとれるはずもないし、戦場に行くということは戦争に巻き込まれ、戦闘する覚悟で行かなければならない。
  なのに、イラクの中に「非戦闘地域」があるという嘘をついて行かせたわけですよ。自分たちで作った言葉の条件を、自分たちで無視したんです。全土が今だ戦争状態のイラクに、非戦闘地域があるというフィクションをつくったことは、知的に許せない。

 イラクの人たちは、米軍という世界最強の正規軍と堂々向かい合ったら殲滅させられて国を建て直せないから、地下に潜ってゲリラ戦で抵抗しているわけですよ。侵略米軍と傀儡政権、そしてイラクの民衆の支持を受けた抵抗軍勢力との間で、形を変えた戦争が続いているんです。つまり、今のイラクは「戦場」。ヒット・アンドランでやっているので、サマーワに線を引いて、「ここは非戦闘地域」だなんて誰も決めようがない。

 極め付きは、国会での党首討論のときに小泉首相は「非戦闘地域はどこですか」と菅直人に聞かれて、「私に聞かれたってわからない」と言ったでしょう。わからない人が自衛隊の最高司令官として、非戦闘地域を認定して出動を命令する、そんな無責任はないですよ。

 それに、非戦闘地域というのなら、なぜ派遣された自衛隊員は重装備なのか。非戦闘地域なら手ぶらで行けばいいのに、今までの自衛隊のなかでも最高の装備でしたよね。その上、行ったら核シェルターみたいなところに閉じこもっている。この嘘が嫌ですね。

 それから、米軍の輸送支援をしているのは航空自衛隊です。輸送支援がなかったら、米軍は戦闘行動を継続できませんよ。これで米軍の戦闘を手伝っていないとは言えないのに、自分たちが立てた9条解釈の概念と論理を、自分たちで裏切っている。これは、国民との約束と議会との約束を裏切っていることになるのです。

自民党の憲法草案は「穴が開いているバケツ」
編集部 でも、衆院の憲法調査特別委員会で小林さんが参考人で招かれたとき、自民党の憲法草案に対して「90点」という高い点数をつけていましたね。
小林 僕は日本国憲法をいいものだと思っていますから、日本国憲法のバージョン・アップならいい。今の日本国憲法はテクニカルには、書き直さなければならないものはいっぱいあるんですよ。改憲論議を緻密に積み上げてきたテクノクラートの僕としては、改憲すべきアイテムに自民党は9割方気づいてカバーしているから、そこは認めるということです。
 ところが、前提となる憲法観が狂っているんです。だから愛国心などを持ち出して、愛を法で強制しようだなんて、信じられないことを考える。
編集部 それにしても「90点」というのはずいぶん高得点ですね。
小林 では、別の言い方をしましょう。バケツにたとえると、底の面積のうち9割は埋まっているけど、1割はカポッと穴が開いている。どっちみち使い物にならないのは事実です。まあこれは、ほとんどお世辞と皮肉なんですよ(笑)。当の議員たちには、通じていなかったようだけれどね。
民主的な軍隊という矛盾
編集部 国会の終盤で、防衛「庁」を防衛「省」に昇格する法案が提出されましたね。でも根本にある9条との整合性など、憲法の問題をスッと通り抜けられても困ると思うのですが。
小林 防衛「省」にするなら、まず憲法を改正してからやれよというのが、一つありますね。 
 9条は日本が侵略者だったという反省の上にあるはずですが、同じく侵略者であったドイツは、戦後、軍隊の民主教育ということを徹底してやってきました。しかし、僕には軍隊の民主教育といった話が、今はピンと来ないんですよ。

 攻めて来る国を、仮に北朝鮮だとしましょう。北朝鮮は日本の法令なんて無視して攻めて来ますよ。だからそれに対抗する軍隊というのは、指揮官が進めとか撃てとか言ったとき、「私には別の意見がある」なんて言う部下の意見を聞いていてはやってられない。つまり、軍隊というのは民主国家を守る軍隊であっても、軍隊である以上、きわめて非民主的な組織であって、非民主的な行動をしないと勝てないんですね。

 そういうことを前提に訓練するわけですから、自然に軍隊はだんだん市民社会とズレた連中になっていってしまう。

 最初の質問にもどるけれど、防衛「庁」を防衛「省」にしたら、自衛隊員たちは“プライド”を持つでしょうね。今の自衛隊だったら、普段は交通ルールを過剰なぐらい守る。高速道路でなぜこんなに渋滞しているのかと思ったら、自衛隊の車両がただ制限速度を守っているだけなんてこともある。だけど自衛隊のこういったふるまいも、変わってくると思うんだな。
編集部 「民主的な軍隊」というのは、形容矛盾のようにも思えますね。
小林 本来的に矛盾するんだよ。だから軍隊は、国民の人権尊重を旨として日頃は行動しなければならない。ただし攻めてきたら、敵の人権は尊重する必要がない。だけど敵が武器を捨てて来るのだったら、これまた人権を尊重して扱わなければならない。実は古今東西、これを完璧にできた軍隊というのはないんですよ。米軍はイラクのアブグレイブ刑務所でひどいことをやったけど、実はあれが軍隊の本質なんだよね。
編集部 小林さんは、もともと憲法で自衛隊の保持を完全に認めて、侵略者に対してしっかり自衛戦争を戦えるような軍隊を持つべきであり、国際貢献として国際紛争にも介入すべきだという立場ですよね。
小林 僕はそういう立場だったけど、今はちょっと考え直しているんです。つまりイラク派兵のいきさつを見ると、日本の政治には法の支配、法治主義がない。軍隊をシビリアンコントロール、人と法で縛るというけれど、日本の政治と国民にはその能力がないんじゃないかと思い始めています。だから自衛隊をまだ日陰者にしておいたほうが危なくないかも知れない。

編集部 そういう政治的能力が日本にないことがハッキリわかったという意味では、小林さんにとって今回のイラク戦争はとても大きかったわけですね
小林 すごくショックだった。「うわっ、あいつら、なんの運用能力もないんだ」ということがハッキリわかった。と同時に、そういった政権を支持し続ける国民大衆も信用できなくなった。

 彼らの言う根拠は、「今アメリカに付き合っておかないと、北朝鮮が暴発したとき助けてくれませんから」。自民党の誰に会ってもそう言うから、本気でそう思っているようです。でも北朝鮮が暴発したら、韓国や台湾、日本にある米軍基地からアメリカが北朝鮮を蹴散らしますよ。中国やロシアに対する牽制もあるから、北朝鮮を押さえ込めばアメリカが有利になるもの。アメリカが北朝鮮を押さえたら、日本海までアメリカのものになるんだから、手を出さないわけがない。イラクを手伝わなくても、絶対アメリカは「自分たちのために」結果的に日本の基地を守ってくれますよ。

 それにそもそも今回の「イラク侵攻」は、本当は「イラク侵略」だった。アメリカはイラクが国際法違反の大量殺戮兵器を備蓄していると言っていたにもかかわらず、その情報はCIAの捏造だったじゃないですか。それでイラク全土を支配したのは国際法違反、典型的な侵略戦争です。それに抵抗もできずに、ただついていくだけの日本の政治は何なのか。友好国というのなら、アメリカに説教して退くぐらいの勇気が必要ですよ。

次の参院選で自民・公明を過半数割れにせよ
編集部 ところで、憲法改定の国民投票法案について、小林さんは積極的につくったらいいという立場ですよね。
小林 96条で憲法改正を予定している以上、憲法改正の手続法があって当たり前です。でも、本当は憲法制定時につくるべきだったと思う。なぜかというと、具体的な改憲案が出てきちゃうと、それぞれのひいき筋があって、国会の中で自分たちの案が通りやすいように、お互いに手続法で駆け引きをやってしまうから。
 いずれにしてもよき改憲はすべきだと考える僕は、手続法をつくっておくのは賛成です。もちろん、それをつくろうという人たちの「動機」は知っているよ。でも僕はそれに学者としてかかわることによって、善導しようとしている。最初自民は多数の横暴でつくろうとしていたけど、僕らがいろいろ言うようになったから、結果的にずいぶんいいものになったじゃないですか?
編集部 確かに民主党の力や市民の声もあって、内容自体は当初の自民案よりも公正なものに近づきました。
小林 一括投票でなく各個別投票になったり、短期間にパッとやってしまうのではなくて何カ月も晒す期間があったり、メディア規制も撤廃の方向になったりした。公正な案ができたんじゃないですか?
 つまり、衆参の3分の2以上が必要となれば、自民党や公明党を説得できなくたっていい。民主党さえ説得できれば、3分の2が成り立たないんだ。それには成功したわけです。僕も関わっていって、民主党の教育はできたんだから(笑)。
 ただし、憲法改正が嫌な人々が、戦略論として手続法に反対するのもありだと思うよ。戦略的に国民投票法案を潰すことによって改憲を潰そうという人のことを、僕は別に否定はしません。
編集部 最後に、小林さんは今の護憲派に言いたいことはありますか?
小林 みんなお気楽な顔をして、「私たちはどうやって憲法を活かしていったらいいのか…」とかまだ言っているんですよね。現在の状況に、もっと危機感を持ってください!

 でも、作戦は二つあります。まずは次の参議院選挙で、自民党から権力を奪うこと。権力を乱用して憲法を蹂躙してきた人々を、権力の座から離すことなんです。彼らが一番嫌がっているのは、憲法改正ができないことなんかじゃない。憲法改正ができなくたって、彼らは権力を持っているから、憲法を無視して何でもできる。だから次の参議院選挙で、自民プラス公明を少数派に落とすことです。
 そうすると、二院制ですから、衆議院で3分の2の圧倒的多数を持っていても、参議院で全部否決されます。首相指名と予算と条約以外は何も通らなくなるから、もう総選挙に入るしかなくなる。その総選挙で、民主党にかろうじて過半数をあげればいいんです。民主党が単独で過半数ないし自民・公明のセットで過半数割れを起こさせてあげればいい。とにかくもう我々は自民党の無知と傲慢に怒らなければいけない。

 もう一つの方法は、これは私が言うのではなく伊藤真からみんなに言ってほしいのだけど(笑)、国民投票法は国会の多数決でつくられるんですから、四の五の言っても、いずれ10月からの臨時国会でできてしまいます。そして近い将来、憲法改正の発議があったとき、民主党がしっかりしていれば悪い改憲案は出てこないと思うけど、民主党が狂う場合も考えられます。じゃあ、どうすればいいか。
 今9条の会や憲法改悪に反対する市民の会というのが、燎原の火のごとく広がっているじゃないですか。ああいう草の根の人たちが、「憲法とは何か」「立憲主義とは何か」ということをきちんと国民に伝えていく。それが、主権者=国民を忘れるなという憲法の精神を活かすことだと思います。

護憲派・改憲派という枠組みを超えても、
憲法の根本思想=立憲主義をきちんと国民に浸透させていくことが、
いま一番大事なことかもしれません。
小林さん、どうもありがとうございました!
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