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この人に聞きたい

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近藤等則さんに聞いた

身体に「自然」をとりもどせ

1970年代から世界的な活躍を続けてきたトランペッター・近藤等則さんは、
イラストレーターの黒田征太郎さんたちが参加する
「PIKADON Project」発起人の1人でもあります。
「PIKADON」に込めた思いについて、日本という国について、
そして15年前から取り組むプロジェクト「地球を吹く」についてもお話を伺いました。

こんどう・としのり
エレクトリックトランペッター。1948年愛媛県生まれ。中学時代からトランペットを始め、大学在学中からプロとしてライブ活動を始める。1978年にニューヨークに渡り、グローバルな音楽活動を展開。現在はオランダのアムステルダムに活動拠点を置き、ヨーロッパを中心に世界各地でライブ活動を続けている。

「ピカドン」という言葉に込められた、
悲しみを超えた悲しみ

編集部

 イラストレーターの黒田征太郎さんたちと、2005年から「PIKADON」と題した、平和アピールのプロジェクトを続けていらっしゃいますね。

近藤

 黒田さんと僕と、建築家の安藤忠雄さん、写真家の荒木経惟さん、4人が発起人という形で始めました。最初の年は、広島とニューヨークとロンドンでやったのかな。黒田さんがライブペインティングをやって、僕がその横で演奏して、というのが基本です。その場その場で、地元のミュージシャンに参加してもらったりもして。

編集部

 近藤さんご自身は、このプロジェクトにどんな思いをお持ちですか。

近藤

 「原爆反対」っていうのは、口にしなくても当然誰にだってある思いだと思うんです。事実、20世紀に原爆が落ちてから、政治家も文化人も、いろんな形で反対を表明してきたよね。でもそれを、もうちょっと21世紀的な展開でしたかった。
 そして、俺の場合はまず何より、「ピカドン」という言葉にびっくりしたんだよね。

編集部

 言葉そのものですか?

近藤

 もし、原爆が落ちたのがヨーロッパやアメリカだったら、彼らはきっと「Bloody hell bomb」とか、とにかくすごい憎しみや悲しみを込めた呼び方をしたと思うんです。ところが、「ピカドン」というのは、ヒロシマの原爆を生き延びた被災者たちが数日後に使い出した言葉らしいけど、そこには悲しみも苦しみも憎しみも何もない。「ピカ」というのはまずすごく強烈な光、「ドン」というのは大音量。つまり、光と音ということだけでしょう。意味の全然ない、擬態語、擬音語に過ぎない。

 原爆を否定するのは当たり前だけど、否定も肯定も超えたところ、悲しみも超えた悲しみみたいなものが、「ピカドン」という言葉の中に表されている気がする。そこに、何かとんでもないイマジネーションを感じたんです。

編集部

 海外でのPIKADONプロジェクトでは、そういった話もされたんですか? 反応はいかがでしたか。

近藤

 ロンドンとかの英語圏では、「PIKADONというのはBig Flush、Big Soundのことで、そこには何のHateもAngerもないんだ」と説明しました。みんなかなり驚いていたし、感動したとも言われましたね。

外へ向けて、
何も説明してこなかった日本

編集部

 驚いて、というのはこれまで、「ヒロシマ・ナガサキ」は知られていても、「ピカドン」という言葉はほとんど知られていなかったということですよね。

近藤

 そう。海外に対して、何も説明してこなかったんだね。
 「マガジン9条」のインタビューだから憲法9条の話をするけど(笑)、説明してこなかったという点では9条もそうでしょう。湾岸戦争が起こったとき、俺はちょうどニューヨークにいたんです。そうしたら、友人のアメリカ人ミュージシャンたちが集まってきて、「日本は金だけ出して血も汗も流さない」と俺に言うわけ。

 たしかあのとき、日本は1兆円以上出したんだったと思う。それで俺は「その金を儲けるために、日本のサラリーマンがどれだけ血と汗と涙を流してると思ってる?過労死したり、大変なんや。1兆円を死人なしに儲けられるはずないやろ」という話をした(笑)。

 それともう一つ、「日本には憲法9条があるんだ」という話。憲法で軍隊を持たないことになってるから、だから軍は送れないんだ、という話をした。ちゃんと説明すればみんなわかってくれたけど、でも、9条のことはそのとき誰も知らなかったからね。改めて「日本って、しょうがねえなあ」と思ったね。

編集部

 「湾岸戦争のときに自衛隊を派遣できなかったから、“日本はカネしか出さない”と批判された」という、いわゆる「湾岸戦争コンプレックス」は、9条改定を主張する人たちからよく聞かれますね。しかし、そもそもあのとき日本は「なぜカネしか出さなかったのか」という自分たちの考え方を、国際社会に対してきちんと説明していなかったんですよね。

近藤

 本来なら、政府の責任で「ニューズウィーク」とかに全面広告でも打つべきだったんですよ。私たちはビジネスウォーにおいてこれだけ血と汗と涙を流した、そのお金で平和に貢献したいんだ、と。そしてもう一つ、憲法9条があるから軍隊は送れないんだ、と。

 でも、誰も全然そういうことを言わないでしょう。政治家だけじゃなくて、マスメディアも国内でわーわー言ってるだけだし、本当に日本人って内弁慶だと思う。

編集部

 内側で主張しているだけで、外へ向かって発信していく努力が足りない、と。

近藤

 平和というのは、世界の人たちとつながり合う以外では実現しないと思うんです。権力は必ず戦争を好む、でも世界の市民がみんな友達になってつながり合えば、平和なんかあっという間に実現するよ。

 極端なことを言えば、政府がみんな「戦争するぞ」と言っても、市民がみんな「俺は行かないよ」といって兵士になるのを拒否したら、どうやって戦争をするのか、ということです。1人ひとりの市民が世界レベルでつながり合っていけば、権力に踊らされるんじゃなくて、ごく普通の人間的な判断で世界が動いていくようになるはずだと思う。

日本人は「お金」に縛られて、
考える力がなくなっている

編集部

 近藤さんは早くからニューヨークなどで活躍され、現在もオランダのアムステルダムに拠点を置いて音楽活動を続けられていますね。そうやって外から「日本」という国を見ていて、何か感じられることはありますか。

近藤

 さっきも言ったけど、やっぱり「内弁慶」ってことかなあ。政府のレベルでも、企業もまだまだそうだし、個人も。アメリカ人みたいにうるさいところまで行かなくても(笑)、もうちょっと世界に向けて主張していいんじゃないの、と思う。

編集部

 それはどうしてなんでしょう?

近藤

 それが何百年もかけて培ってきた精神風土なんだ、とも考えられるけど、一つは金にこだわりすぎてる、縛られすぎてるからじゃないのかなあ。金が人生のすべて、みたいになってしまうと、人間はどう生きるべきだとか、将来の社会はどうなるべきだとか、そんなこと考えなくなっちゃうし、言えなくなっちゃう。たまには1人になって自分の生きる意味を考えるとか、そういう時間が持てなくなるんだよね。

 以前、オランダ人の友達にも言われたよ。「近藤、本当に日本人は年間3万人も自殺してるのか。世界第二位の経済大国なのに、何でだ」って。

編集部

 一つには、仕事で忙しすぎるということもあるのでしょうか。

近藤

 まあ、単に「忙しい」というのは、他の時代にもあったと思うんだけど、その仕事、労働をお金にしか結びつけられないメンタリティが問題だよね。働いてることが多少なりとも人の役に立つという感覚があまりないんだと思う。

編集部

 最近では、勝ち組、負け組という言葉も流行しました。

近藤

 それも、1人ひとりが自分で考えた価値観じゃなくて、マスコミから与えられた一種の洗脳に過ぎないでしょう。ちゃんと自分で考える力があれば、マスコミがどんなに騒いだって自分で考えて、判断して処理できるのに。

 そうやって、みんなが考える力がなくなっていったら、それこそ9条の話をするどころじゃなくなっちゃうよね。

暑いときは暑いと思い、
寒いときは寒いと思えばいい

編集部

 最後に、近藤さんが15年にわたって続けてらっしゃるプロジェクト「地球を吹く」についてもお聞きしたいと思います。これは、アンデスやヒマラヤ、イスラエルの砂漠といった、世界各地のさまざまな場所でトランペットを演奏するというものですが、そもそもこうした活動を思い立たれたきっかけは何だったのでしょうか?

近藤

 1990年代に入ったころから、「都市にいること」の意味がよくわからなくなったんですね。

 20世紀というのは、地球レベルで人類史始まって以来の大都市文明が花開いた時代でしょう。その中で、音楽も大都市から生まれ、ジャズやロックが盛り上がった。つまり、ある時期までは大都市が人間にとってイマジネーションやインスピレーションの原点になり得たんだと思う。特に50〜60年代は。

 でも、大都市から得られるインスピレーションは、70〜80年代になって枯渇してきた。人間の心の遊び場みたいなものが大都市にはなくなって、ビジネス一辺倒の装置みたいになってしまって。90年前後から、「都市はもう終わったな」と思い始めていたんです。

 それで、俺はミュージシャンだから、21世紀の音楽のあり方みたいなものを追求してみたくなった。20世紀に都市から生まれたジャズやロックやポップスは、もうエネルギーが飽和状態だし、ほかの人がやってくれればいい。自分はそうじゃないやり方を模索してみよう、と思ったんですね。

編集部

 それが、大自然の中でトランペットを吹くという形になった。実際にやってみられて、いかがでしたか。

近藤

 頭で考えるのと実際にやってみるのとは違ったけど、とにかく単純に気持ちがいい。東京ドームや武道館でやる気持ちよさなんて目じゃない、という感じ(笑)。

 たとえばペルーのマチュピチュ遺跡では、朝の4時半くらいから機材をセッティングしてたら、やがてアンデスの山の向こうから日が差し始めた。谷からは、ドライアイスをいくら焚いてもできないような霧が舞い上がってくる。そのうち、光がだんだん強くなってきて、風も吹いてきて。あんな舞台装置、いくら金を積んだってできないよ。よく、「勝ち組」は六本木ヒルズのマンションに住むとかいうけど、あんなすべて空調管理されて人間の五感を衰えさせるような場所に住むのと、どちらが「勝ち組」なのか、と思ったね。

編集部

 「地球を吹く」のDVDを見せていただくと、ときには雪の中でトランペットを吹かれていたり、まさに「五感」で自然に触れる、という感じですよね。

近藤

 「地球を吹く」は別に文明批判でも何でもない、俺のミュージシャンとしての個人的な作業に過ぎないんだけど、それでも伝えたいなと思うことはある。それが「自然を取り戻せ」ということ。

 今の人間って、鬱になる人が多いとか、本当に生命力、生きる力が弱くなってるでしょう。それはお金では絶対に買えないものだと思うんです。身体にとって本当に気持ちいいことをしてやれば、身体はちゃんと喜ぶはずなんだけど。

 これは環境問題とも直結する話なんだよね。ちょっと暑かったり寒かったりしたらすぐにエアコンに頼る、そんなメンタリティでどうして「温暖化を止めよう」なんて言えるのか。暑いときは暑いと感じて汗を流し、寒いときは寒いと思うことの何が悪いのか。頭で考えるんじゃなくて、五感で自然を「感じる」、そこから価値観は変わってくると思うし、生活の仕方も変わってくるんじゃないのかな。

編集部

 昨年からは「地球を吹く in Japan」として、日本各地での演奏も始められましたね。

近藤

 1年やってみて思ったけど、日本の自然はやさしいよね。ラッパを吹くのでも、あまり強い音は吹けない。柔らかい音で吹かないと、日本の自然と一緒になった感じがしなくて。

 そういう、四季のあるやさしい自然の中で、日本人はずっと生きてきた。こんなありがたい、生命の豊かな自然は世界でもなかなかない、と改めて思っているところなんです。


※購入ページへリンクしてます

ヨーロッパを中心にツアーをまわっている近藤さんの視点は、やはりワールドワイド。
そして雪山であっても「(大陸などの外国に比べ)やさしい」という、
日本の美しい自然の中での近藤さんの即興演奏は、必見です。
「地球を吹く in Japan」プロジェクトの活動予定は、 こちらでチェックできます。
今年の秋には、久々に国内で「PIKADON Project」の開催も予定しているとか。
ますますのご活躍を期待しています!

【お知らせ】
いのちは即興だ
近藤さんの著書
『いのちは即興だ』(地湧社)
10月2日発売!

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