マガジン9
ホームへ
この人に聞きたい
バックナンバー一覧

松本侑子さんに聞いたその2

自衛軍ができたらどうなる? 想像してみよう。

このインタビューのまさに当日発表された、自民党による「新憲法草案」。
9条は、1項は現行のまま、2項を大きく改訂して
自衛権と自衛軍の保持を明記するという内容に。
この「改正」が実現した場合、
私たちが暮らす社会はどんなふうに変わってしまうのか? 

matsumotoさん
まつもと ゆうこ
作家・翻訳家。筑波大学卒、国際政治学専攻。
テレビ朝日「ニュースステーション」出演をへて、
1987 年『巨食症の明けない夜明け』(集英社文庫)ですばる文学賞受賞。
訳書に、英米文学からの引用を解明した註釈つき
全文訳『赤毛のアン』『アンの青春』(集英社文庫)。
新刊は『ヨーロッパ物語紀行』(幻冬舎)、小説『海と川の恋文』(角川書店)。
日本文藝家協会会員、日本ペンクラブ理事。
誰が軍隊に入るのか?
編集部

自民党が発表した新憲法草案では、自衛隊を改めて「自衛軍」とすることが明記されていますが、これについてはどうお考えになりますか?

松本

今は「軍隊」ではなく「自衛隊」ですから、入隊志願者がいますが、自衛「軍」になって国際協力の名のもとで外国へ行く可能性が出てくると、入隊者の数は減るはずです。そうすると、どうやって軍に入る若い人たちを確保するのでしょうか。その点を、改憲派も護憲派も具体的に考えるべきです。

編集部

志願兵制度にとどまったとしても、経済格差が広がる一方の今の日本では、結局は貧困層だけが生活のために軍隊に志願するという、ちょうどアメリカなどで見られる図式ができてしまう可能性もあるのではないでしょうか?

松本

そうですね。マイケル・ムーア監督の映画『華氏9.11』を見ましたが、アメリカでは定職のない多くの有色人種の若者が生活のために兵士となり、イラクで亡くなっています。日本の場合は、働いていない「ニート」と呼ばれる60万人とも80万人とも言われる若者たちを軍隊へ吸収する可能性もあるのではないかと危惧しています。今の日本の経済を考えると、無職の若者のために受け皿となる職を作るのも限界があり、「遊んでる若者はけしからん、年金も健康保険も払っていない!」という世論もありますから、そうした声をとりこんで、あっという間にシステムができる恐れもあります。

また、軍隊ができると、「男は男らしく」という主張が必ず出てきますね。男の茶髪、長髪はけしからんとか、男のおしゃれは軟弱だと、雄々しさを重視する。

ただし、憲法には男女平等の条文がありますから、これから人口が減って兵士が不足すると、女性兵士も海外へ出ていくでしょう。今もイラクへ女性の自衛隊員も行っているはずです。「うちは娘だから安心だ」という時代ではなくなるとと思います。

編集部

確実にありそうな話ですね。

表現の自由は、すでに抑圧されつつある
松本

それから軍隊ができると、軍にまつわるさまざまなことが国家機密になります。軍事予算の詳細、どの民間企業がかかわっているか、など。戦争中の国家は、ありとあらゆる情報を防衛機密として非公開にします。例えば第二次世界大戦中の日本は、「晴れだとわかったら、その都市に爆弾を落とされる」という理由で、天気予報さえ国家機密で、市民には非公開になりました。国の情報の公開というのは、国民主権の基本ですから、情報の幅が狭められるというのは、それだけ民主主義が阻害されるということなんです。

また、自分の意見を自由に表現する権利も、制限される可能性があります。今でもすでに、自由に意見を言ったり書いたりするとき、以前よりも精神的な敷居の高さを感じる時代になっています。

私が物書きだから「表現の自由」の大切さを言うのではなく、「表現の自由」とは、さまざまな職業についているふつうの市民が、自分の思っていることを表現できる自由です。戦争中は、「日本は負けるかもしれない」と言っただけで、憲兵に捕まって殴られた事実があります。今でも、改憲というと「右翼」だと罵られたり、護憲というと「アカ」「左翼」と決めつけられたりして、多様な意見を議論することが難しくなっている。言論よりも、力や威嚇の風潮が広まっている危惧があります。

学校の卒業式でも、君が代を歌いたくない人は歌わない、歌いたい人は歌う。日の丸を揚げたいと思うクラスは揚げる、揚げたくないクラスは揚げない。それが思想信条の自由なんです。どちらがいいのでも、悪いのでもない。多様な考えが保障されなければなりません。しかしその自由が今、抑圧されてきているのを実感します。

自衛軍ができると変わってしまうこと
編集部

前回のお話しにあった日本の平和主義の原則である、武器輸出禁止や非核三原則も、自衛軍ができれば影響を受けるのではないでしょうか。

松本

武器の輸出禁止は、自衛軍ができればおそらく撤廃されるのではないかと心配しています。日本の企業は世界中に幅広い販売ルートを持っていますから、世界中の国々へ売られることでしょう。私は、日本の優れた技術が、人を殺す武器の製造に利用されることは、あってはならないと思います。日本製の高品質の武器が、世界の内乱、テロ、局地戦争で使われて、無数の人命が奪われるのかと思うと、本当に無念です。そんなことに日本の技術を使ってほしくない。

中曽根内閣時代に、防衛費の対GNP比1%枠が撤廃されたときも、1982年にその案が出て、1987年には撤廃されましたから、武器輸出についてもうかうかしているとあっという間ではないでしょうか。日本の産業界は、アジアの経済追い上げで、今後は輸出産業がふるわないだろうと先行きを案じていて、そこから武器輸出の声があがっているのだと思います。

非核三原則については、ヒロシマ・ナガサキの被爆者から反対の声があがりますから、そう簡単には進まないと願っていますが。

編集部

近隣諸国への影響もありますね。

松本

自衛軍ができると、日本の軍備は増強されるでしょう。これは当然、ロシア、中国、北朝鮮を刺激して、東アジアの緊張を高めます。悪くすると、日本自身が火種になる可能性がある。

「軍隊は持つけれど、平和主義は守ります」と日本が言っても、周辺国は信用しないでしょう。なぜなら日本は、9条を持っていながらイラクに自衛隊を派遣した「実績」があります。つまり、「日本は憲法を守らない国ですよ」と、世界中にPRしてしまったようなものです。いくら「軍隊は持つけど平和主義です」と言っても、かつて日本は周辺国を攻めた「実績」もありますから、周りの国の人たちは「本当かな」と不安に感じるでしょう。改憲をすると、アジアの軍事緊張を増し、周辺国の信頼を失う危険性、マイナス面も考えなければならない。

改憲=戦争ではないが、生活への影響を現実的に想像しよう
編集部

自衛隊が自衛軍になることで、そんなふうにいろいろなことが変わってきてしまう。

松本

自衛軍ができたからといって、いきなり戦争になるとは私は思いません。また、そんなふうには考えるべきでないと思います。『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』というタイトルは、出版者側がつけられた書名ですが、こうした刺激的なタイトルをつけることで、憲法について考えている方から、考えていない方まで、さまざまな人たちに関心を持って考えて頂くきっかけにしたい、という編集者たちの願いがこめられているのだと思います。

改憲=戦争ということではなく、軍ができると私たちの市民生活は、どう変わるのか? 誰が軍隊に入るのか? それは自分の子どもや孫なのか? あるいは軍の基地はどこに置くのか? 自分の暮らす地域にも置くのか? アジアとの関係はどうなるのか? もっと現実的に考えるべきだと思うのです。

最後に一つ、お話ししたいことがあります。

『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』を読んだ女性の方から、次のようなご感想を頂きました。「小さいころ、『ガラスのうさぎ』という本を読んでショックを受けた。主人公のお母さんや妹が空襲で亡くなって、お父さんまで死んでしまう、日本がまたこんなふうになったらどうしようと思ってすごく怖くなった。ところが後書きを読んだら、『日本には憲法9条があって、いっさいの戦争を放棄したから大丈夫です』というようなことが書いてあって、それで安心してやっと眠れた。でも憲法を変えたら、これからの子どもたちが、また“もし日本が戦争になったらどうしよう”という不安とともに生きていかないといけないのかと思った。9条を守らなければいけないということがよくわかった」というものでした。

これからの子どもたちは、日本が軍隊を持ったとき、もしかしたら自分もそこに入らなければいけなくなるかもしれないという状況の中で育っていく。私たち大人は、そこまで想像しなければならないんです。将来自衛軍ができて、そこに入ることになる子どもたちは、今は未成年で投票する権利もないんです。

人類の歴史上、とくに20世紀になってから、数々の戦争によって兵士だけでなく、大勢の市民が死んできました。それを教訓にして私たちは、人間の理性と英知を持って話し合いで調節して、できるだけ近隣諸国と仲良くする地球をめざしていくのか? それとも、周辺国とは角をつきあわせるように武装して、威嚇しあい緊張感を高め、武力衝突の可能性の高い環境で生きる地球を作っていくのか? 私たちの目の前には、その二つの道が伸びています。そのどちらを選ぶのか? 結局は今、その決断が問われているのだと思います。

(編集部注:『ガラスのうさぎ』児童文学作家の高木敏子さんが、少女期の戦争体験を綴ったロングセラー。ふたりの兄の出征後、東京大空襲で母親と妹を失い、さらには機銃掃射によって父親を失うという壮絶な体験が描かれている。海外でも多数翻訳出版され、今年、初のアニメ化も実現した。)

「本当はこんな話より、恋愛小説や『赤毛のアン』のことを
話すほうが楽しいし好きなんです(笑)」という松本さんですが、
「今は平和と憲法について自分の思いを伝えないと、
後世になってから、『なぜあのとき反対しなかったんですか?』と、
未来の日本人とアジアの人たちに、疑問に思われるかもしれない。
私たちが戦前の人たちに感じるように」と、精力的に発言を続けています。
松本さん、ありがとうございました!

ご意見募集!

ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。

このページのアタマへ
"Copyright 2005-2010 magazine9 All rights reserved
」」