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この人に聞きたい

080130up

堤未果さんに聞いた(その1)

アメリカは、日本の5年後の姿

日本とアメリカを行き来しながら、取材・執筆活動を続けている堤未果さん。
経済格差の拡大、泥沼化したイラク戦争、そしてその中で、
平和な社会を求めて声を上げ始めた人たち…そんな「アメリカ」の姿を伝えることで、
堤さんが日本の人たちに手渡したいものとは何なのでしょうか?

つつみ・みか
東京生まれ。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。国連婦人開発基金、アムネスティー・インターナショナルNY支局員を経て、米国野村證券に勤務中、9・11同時多発テロに遭遇。以後、ジャーナリストとして活躍。NYと東京を行き来しながら執筆・講演活動を行っている。主な著書に黒田清・日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞した『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』(海鳴社)、『貧困大国アメリカ』(岩波新書)などがある。

戦争は「国家レベルのビジネス

編集部

 先日出版されたばかりの堤さんの著書『貧困大国アメリカ』(岩波新書)では、教育や医療など、さまざまな面で進められた民営化の陰で、経済格差が拡大し、多くの人々が食べるのにも事欠くほどの貧困に苦しんでいる、というアメリカの現状が、生々しく描かれていました。日本では、少なくとも少し前までは、アメリカといえばある意味で「豊かさ」の象徴だったわけで、かなりショッキングに感じる人も多いのではないかと思うのですが…


『貧困大国アメリカ』(岩波新書)
735円(税込)
※アマゾンにリンクしています。

 私が初めてアメリカに行ったのは1990年代の初めですが、やっぱりまだ「よきアメリカ」のイメージがすごく強かったですね。中間層がたくさんいて、政府は社会保障を通じて税金を国民に還元するというすごくいいサイクルが回っていた。
 そのころの認識というのは、もちろん経済格差はあるけれども、その格差の下のほうの人は、やっぱり黒人とかヒスパニックといったマイノリティというイメージでした。今も、日本で講演をしていても必ず、そういうイメージに基づいたという質問を受けるんですけど。

編集部

 実は今は、必ずしもそうではないということですか。

 一部のすごく儲かっている富裕層の下は貧困層という、完全な二極構造になっていて、その貧困層の中には白人もたくさんいます。もはや、格差の下のほうの人たちというのは、必ずしも「差別されている人たち」ではないんですね。

編集部

 そういった構造を最初に意識されたのは、いつごろですか?

 最初はイラク戦争のときに、貧困層の高校生がたくさん軍隊にリクルートされているということで、その話を聞きに行っていたんです。つまり、あくまで「戦争」を取材しているつもりだった。
 ところが、そこから取材対象を広げて、元兵士や高校の教師、ワーキングプアと言われる人たちに話を聞いているうちに、「あれ、アメリカってこんなに経済格差のある国だったっけ?」と感じたんですね。同時に、戦争というのは今、それまで自分が考えていたような、単なる「国と国との争い」ではなくて、非常に効率のいい国家レベルのビジネス、それも経済的弱者を食い物にした「貧困ビジネス」になっているんじゃないかとも思うようになって。
 そういう大筋、1枚の「ビッグピクチャー」が、取材しているうちにだんだん見えてきた。そして、ある国がほかの国を侵略するというのなら今までの歴史の中にもあったけれど、今のアメリカは自国内で、自分の国民から搾取している。自国民を犠牲にして利益を得ている。そう思ったときに、もしかしてこれは、日本にも関係のない話ではないんじゃないかと思い始めたんです。

編集部

 というと?

 もし、自分が戦争ビジネスで儲けている側の人だったら、どうするのが一番効率がいいだろう、と考えたんです。今もう、ビジネスには国境というものはないでしょう。それなら、自国内の貧困層に戦争に行かせて儲けるよりも、国同士に体力格差をつけて、体力のない国からどんどん奪う。そのために、グローバル企業を送り込んで、それによって中間層を下へ落としていくということをすれば、さらに効率よく儲かるんじゃないか。そして、それを一番やりやすいのは日本なんじゃないかと思ったんですね。

編集部

 そうだとすると、日本でも、アメリカと同じ状況がいつ起こってもおかしくない…。

 事実、日本で講演をする中で、今貧困に苦しんでいる人たちに出会って話を聞くと、アメリカの貧困層の人たちとすごく似ていますね。悲鳴も似ているし、貧困に突き落とされたやり方も似ている。社会保障がカットされて、何でも民営化されて、競争原理が入れられて、国が責任をとらなくなって…。まったく同じルートで落ちていっている、という感じです。

アメリカは、日本の5年先を行っている

編集部

 堤さんが、アメリカで起こっていることを日本へ伝え続けていらっしゃるのは、そうした状況に警鐘を鳴らしたい、という思いもあるからでしょうか?

 私がアメリカを例に使う、アメリカのことを報道し続けているのは、一つは日本にとってやっぱり一番身近な国だからです。イラクだとかアフリカの国々だとか、もっとわかりやすく「大変なこと」が起こっている国で取材したことを日本に持ち込むのはものすごく衝撃的でインパクトがある一方で、どこか「海の向こうの他人事」になってしまうかもしれない。
 ところがアメリカは、日本人にとってすごく身近で、生活に密着していて、しかもいまだにどこかで「かっこいい」という、憧れのイメージがある。そういう国が崩壊していく、そして自分たちも——私はアメリカは日本の5年先を行っていると思っているんですけど——同じ道のりをたどっているというのは、ものすごくわかりやすいし、ピンと来るんじゃないかと思うんです。
 それからもう一つ、アメリカで貧困層に落とされて悲鳴を上げている人たちが、日本に「顔を向け始めている」ということもあります。

編集部

 「顔を向ける」とは?

 9・11のテロが起きてアフガン攻撃やイラク戦争が始まったとき、アメリカ政府はまずメディアを押さえました。ベトナム戦争のとき、メディアを通じて戦場の悲惨な映像が流れたことで反戦運動が起きた、その教訓があったからです。だから、イラク戦争の最初の犠牲者はメディアなんです。メディアコントロールがかけられたせいで、今彼らがいくら現状を訴えて声をあげても、国民には届かないんですよ。
 じゃあどうしようか?彼らは新しい戦略をいろいろ模索する中で、普通に運動をやるだけじゃ広い国だから全土には届かない。ならば国境を越えて、ほかの国と手をつなぐという新しいや方た考え始めたんですね。そのときに、一番「近い国」としてまず彼らが考えたのが日本なんです。同じ先進国、人種の違いはあっても、物質的にある程度満たされているという意味では生活レベルも近いし、同じ目線で一緒に声をあげられるんじゃないか、と。

編集部

 ということは、日本で格差が拡大しているとか、ネット難民と呼ばれる人たちが出てきているとか、そういった現状はある程度アメリカにも伝わっているということですか?

 いえ、一般的には、ほとんど伝わっていないですね。
 実は、きっかけは1人のイラクからの帰還兵でした。戦場から帰ってきた後、二度と戦争で人を殺したくないと考えた彼は、世界中の国についていろいろと調べた。そうしたら、絶対に戦争をしない、武力で物事を解決しないということを憲法に掲げている国が二つあった。コスタリカと日本。コスタリカは小さい国だしよく知らないけれど、日本ならわかる。日本の人たちと、国境を越えて、政治的立場や国籍も越えて、戦争や平和について率直に話をしてみたい、と考え始めたんですね。それから、広島や長崎の被爆者とも話をしてみたい、と。

編集部

 イラクに行った米兵の中にも、劣化ウラン弾などによる被ばく者が相当いると言われていますね。

 でも、アメリカ政府はそれを絶対に認めませんから、社会保障もカットされたまま、彼らは死んでいくしかない。そういう気持ちがわかるのは日本の被爆者だけだ、というのが一つの理由です。

編集部

 以前、ご自身も広島で被爆し、戦後被ばく者治療にずっと関わってこられた医師の肥田舜太郎先生にお話を伺ったときにも、イラクに行っていた米兵が、「アメリカ国内では納得のいく診察がしてもらえないから」と、日本まで診察を受けにきた、というお話をお聞きしました。そうしたことをきっかけにして、アメリカの人たちが日本へ「顔を向け」始めたきた、ということなんですね。

 私が取材した人たちはみんな、日本に来たい来たいと言っています。旅費もかかるので、そんな簡単に言わないで、と言っているんですが(笑)。

国境を越えて手をつなごう

編集部

 「アメリカは日本の5年先を行ってる」とおっしゃいましたが、そんなふうに、今の日本とアメリカにはたくさんの共通点があるわけですね。

 たとえば、教育の状況もすごく似ています。日本では一昨年に教育基本法が改訂されたけれど、アメリカでは2002年に「落ちこぼれゼロ法案(※)」が可決されました。教育の現場に競争原理が入れられて、教師の評価制度や全国一斉学力テストが始まって、という同じ状況が起こっている。アメリカの教師たちも、日本の教師と話がしたい、と言っています。
 そういう話を一つ一つ聞いていると、基地も環境問題も、原発も、教育問題も、労働者の問題も、全部根っこは同じだなと思います。一つの現象だけを切り取って見てしまうと絶対分からなくなる。戦争はもちろんいけないけれど、戦争だけを解決すればいいのかといえばそうではなくて、戦争も実はもっと大きな流れの中の一つのパーツに過ぎなかったりするんですよね。

(※)落ちこぼれゼロ法(No Child Left Behind Act)…2002年にアメリカ議会で可決された教育改革法。「高校生の学力を向上させて中退者をゼロにする」の名目で、全国学力テストの実施を義務づけ、成績のいい学校には助成金を出すが悪い学校にはペナルティを課すことなどを定めるもの。また、すべての高校に生徒の個人情報を軍のリクルーターに渡すことを義務づけるとの項目もある。

編集部

 先ほどおっしゃっていた「ビッグピクチャー」ですね。

 だから、やっぱり多くの人が、何がどういう仕組みで起こっているのかを知る必要がある。私がものを書いたり講演したりしているのは、そうした「ビッグピクチャー」の視点を持つ人が少しでも増えたら世の中は変わる、と思っているからでもあるんです。一番私たちにとって有害なのは、実は大企業や政府でさえなくて、自分たちが真実を知らない、知ろうとしないということなんじゃないでしょうか。

 そして、そうやって「知った」人たちが、国境を越えて手をつなぐ。戦争や貧困をつくり出して儲けようとしている側は、すでに国境を越えて儲けているわけですから、それに対抗する私たちも、国境を越えて、一緒に知恵を出し合って励まし合ってやっていく必要があるんだと思います。

 アメリカは日本のほうを向き始めている、だから私はアメリカのことを取材して日本に手渡すことで、日本の人にもアメリカのほうを向いてもらいたいと思っています。できることはまだいっぱいありますから。取材をすればするほど、こういうことがまだできるんだ、こういうことがまだ日本には知られていないんだ、と思わされるんです。

その2へつづきます

驚くほど共通点が見いだせる、今の日本とアメリカ。
「国境を越えて手をつなぎ」ながら、できることはまだまだありそうです。
次回、アメリカで起こっている新しい動きについてもお話を伺います。

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