戻る<<

この人に聞きたい:バックナンバーへ

この人に聞きたい

080827up

高遠菜穂子さんに聞いた(その3)

拘束中、私は「9条」を実践した

今年5月に開催された「9条世界会議」に、
呼びかけ人の1人として参加した高遠さん。
「以前はほとんど意識することがなかった」という憲法9条について、
イラクでの活動の中から見えてきたこと、
そして今改めて思うことをお聞きしました。

たかとお・なほこ
1970年北海道千歳市生まれ。イラク支援ボランティア。2003年よりイラク支援を行い、ファルージャ再建プロジェクトに取り組む。著書に『戦争と平和〜それでもイラク人を嫌いになれない』(講談社)、『愛してるってどういうの?』(文芸社)がある。「イラク・ホープ・ダイアリー」で日々活動を報告中。

9条の精神を実践していたことが、
彼らの殺意を止めた

編集部

 高遠さんは、今年5月に東京で開かれた「9条世界会議」にも参加されていましたが、それまで直接的に9条について話されることはあまりなかったとお聞きしています。ご自身が9条の存在を意識したのも、イラクでの拘束事件の後だとか。

高遠

 そうなんです。9条を全文、まじまじと初めて読んだのも事件後です。イラクに行くときも、もちろん9条のことなんてまったく意識していなかったし。

 ただ、あの事件のとき、私たちはせっぱ詰まっていろいろ(拘束した集団と)交渉していたわけですが、そのとき、彼らが一番気を緩めてくれたのが、私たちの活動について説明したときだったんです。

編集部

 高遠さんを含めた3人が、何のためにイラクに来たのか、イラクで何をしていたのか、ということですか?

高遠

 「おまえたちは日本のスパイか、アメリカのスパイか」と聞かれるので、「そうではなくて個人的に来ています。私は(米軍による市民虐殺のあった)ファルージャの実情を見てきて、病院にも何度も足を運びました。このジャーナリストはそういったことについても報道してるし、こっちの彼は劣化ウラン弾の問題をやってるんです」と。

 さらに、イラクの人たちも何人もが「その人たちは自分たちを支援してくれていた人たちなんだから、殺しちゃいけない」って言ってくれて。それが直接的に、彼らの殺意を止めることになったんです。

 つまり、私たちが個人レベルで戦争に反対している、そして戦力を持っていなくて丸腰だということが、彼らの殺意を止めた。それは言い換えれば、それぞれが憲法9条の精神を実践していたからということじゃないか、と後から思うようになったんです。それをちゃんと説明できたのが、9条世界会議のときだったんですね。

編集部

 武装するのではなくて、憲法9条が謳う「非武装平和」を実践する形で活動していたからこそ、帰ってくることができた、と。アフガニスタンで支援活動をされている医師の中村哲さんなんかも、「武装をしていないからこそ活動ができるんだ」という話をなさっていますね。

高遠

 それは本当に、現場にいたら必ず持つ実感だと思います。私がもしあのとき武器を持っていたら、と考えただけでぞっとする。9条世界会議にも参加していたイラク人のカーシム(※)も、「もし自分が武装して運動をやっていたら、もう生きてはいないだろう」と言っていました。

 戦場で武器を持つということは、誰かを「殺す」確率と同時に、「殺される」確率を一気に上げることです。そうではなくて、両手を挙げるなり白旗を揚げるなり、丸腰であることを強調する。それが戦場の中で一番高い確率で命を守る方法だと思う。武器を持っていたらもう、相手との対話はできないでしょう。殺されないために、まず対話をするためには、丸腰しかないんです。

※カーシム・トゥルキさん。元イラク軍兵士で、現在は人道支援ワーカー。在住するアンバール州ラマディが米軍による激しい攻撃を受けた際、英語によるブログでその実態を世界へ発信し続け、それを理由として米軍に拘束された。ブログの内容は高遠さんらの翻訳により日本でも出版されている(大月書店『ハロー、僕は生きてるよ』)。9条世界会議では、高遠さん、イラク帰還米兵らとともに「イラク、アメリカ、日本」と題したトークセッションに参加。

自衛官の命を守るためにも、
9条を守るべき

編集部

 一方、イラクには「丸腰」ではない日本の自衛隊も派遣されたわけですが…。

高遠

 よく、私は「反自衛隊なんでしょ」と言われてしまうんですが(笑)、実は私にとって自衛隊というのは、自分の原風景に近いんですよ。故郷が北海道の千歳で、小学校のときにはクラスの43人のうち41人は自衛官の子、という環境で育っていますから。友達の家に遊びに行っても、夕方になったら迷彩服を着たお父さんが自転車で帰ってくる、みたいな。自衛隊というよりは、自衛官1人1人がものすごく「近い」存在なんです。

 だから、「自衛官の命を守る」ということも、すごく気になります。そしてこれまで、9条があったことが彼らの命を守ることにもなってきたと思う。ある意味で、まず第一に、イラクに関わっている自衛官たちのために、9条は守らなきゃいけないんだと思うんです。

編集部

 自衛官の方たちも、もちろん「国防」という意識は持っているのでしょうが、海外での、ましてや日本の本当の「国益」になるとも思えない活動に参加することをもともと想定していたわけではないですよね。憲法を拡大解釈して海外派遣なんてして欲しくないと思っている人はたくさんいるんじゃないかと思います。

 ちなみに、自衛隊がイラクに派遣されたときの現地の人たちの反応はどうだったんですか?

高遠

 イラク人の友人たちは、派遣の話を聞いて「ええっ、日本に軍隊はないと思ってた、そんな人たちがいるのか」という感じで、目が点になっていましたね。

 あと、サマワなんかでは「何でもいい、日本人の集団が来れば仕事がもらえる」という反応もありましたが、1回目の派遣で来た人たちが重装備で固めた、まさに「軍隊」だということが分かると、ちょっと受け止め方が変わっていました。2回目の派遣のときには「それで何をしてくれるの? この後に日本企業が来るの?」みたいな。自衛隊ではなくて、「その後に来るもの」に期待していたところはあったと思います。

 自衛隊がイラクに派遣されるという話が出たころに、私はある本の中でこういうことを書いたんです。たしかにイラクでやることはいっぱいある。人手は必要だし、自衛隊の持ってる特殊能力を活かしてほしい部分もある。でも、軍服じゃなくて作業服で、武器じゃなくて工具を持ってきてほしい、と。それで現地の人たちの反応も全然違うと思うんですよね。

編集部

 中国の四川大地震でも、日本から救援隊が行って活動したことで、現地の人たちの日本への感情がずいぶん変わったといわれています。それも、丸腰で行ったからこそであって…。

高遠

 特に紛争地には、軍服の人間に家族を殺された人も多いわけですから。それをわざわざ同じような服で行くことはないと思うんです。

編集部

 自衛官の人たち自身のリスクを高めることになってしまっていますよね。

9条を土台に根付いた「平和主義」

編集部

 さて、先ほど話の出た「9条世界会議」もそうですけれど、最近日本国内ではなく海外から、9条の平和主義を評価する声が聞かれるようになっています。イラクなどの現場で活動をされていて、何か感じることはおありですか。

高遠

 私ね、9条の話以前に、日本人って基本的に、細胞が平和主義なんだと思うんですよ。

編集部

 「細胞が平和主義」ですか? 

高遠

 そう。イラクだけじゃなくて、どこの国の人と接しててもそう思うんですけど、私自身も含めて根本的に良くも悪くも「平和」。

 悪い点でいえば、だから「戦争」というものに対してちょっとぼけちゃっているというか、リアリティをなかなかつかみきれない。それは、私が自分の体験を話すときにも苦労しているところなんですけど。

 それに、対話というか議論を避けますよね。本当は対話って、侃々諤々のものじゃないですか。意見が合わないからこそ対話をするんであって、紛争解決のための対話なんてまさにそう。だからときには険悪になったりもする。そのへんが日本人は苦手ですよね。

 でも、だからこそできることもあると思うんです。

編集部

 その「平和さ」を他の国にはない特徴として、ということですか?

高遠

 そう。たとえば、何か攻撃を受けても、すぐに武力行使だとか報復だとかはなかなか考えない人が多いでしょう。イラク人と会話してるときでも、「報復してたら戦いは終わらないよ」って、日本人はみんな言うんですよ。

 それって、日本の人が思っている以上に特徴的なんじゃないかな、と思う。自分たちとしては当たり前のことだから「そんなんでいいの?」「みんなそうじゃないの?」って感じなのかもしれないけど(笑)。最近世界で9条のことがよく言われているのも、そういうところが外からは評価されているということだと思うし、9条世界会議だって、メディアの扱いは国内より海外のほうが多かったですよね。

編集部

 そういう日本人の「平和主義な細胞」を形づくる土台の一つになっているのが、9条なのかもしれないですね。

高遠

 そうだと思います。たとえば私は9条が土台としてある日本の60数年間の中で生まれて、その中で育ってきたわけで。それは細胞も平和になるよね、ということですね。

 日本に来たイラク人はみんな、広島や長崎を見てすごく感動するんですよ。みんな、学校で「ヒロシマ・ナガサキ」を習っているから、広島や長崎といったら焼け野原のイメージ。それがあんなに復興しているということに、衝撃に近いほどの感動を受けるようなんですね。

 そしてさらに彼らがショックを受けるのは、そうやって復興したのは、その後に戦争をしなかったからだ、つまり戦争をしなければこんなふうに復興できるんだということ。イラク人に「日本を好きな理由」を挙げてもらうと、「60年以上世界のどこでも戦争をしていないから」というのが挙がるんです。

 さっき話に出たカーシムも、広島へ行ったときに「イラクの新憲法にも9条のようなものを入れたらよかったのに」と言っていました。そのときにはもう新憲法は制定されてしまっていたんだけど…そういう姿を見ていても、かつて戦争で疲弊しきった日本人は、平和憲法ができたとき、本当に嬉しかったに違いないと、そう思わずにはいられないんです。

「9条があるからこそ、できることがある」とは、
国際協力や人道支援の現場で活動する人の多くが口にされる言葉。
「国際協力=軍隊を送る」と短絡的になってしまうのでなく、
その「できること」を、もっともっと追求する必要があるのでは?と思います。
高遠さん、ありがとうございました!

ご意見フォームへ

ご意見募集

マガジン9条