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この人に聞きたい
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小熊英二さんに聞いた

究極の現実主義は、軍備ゼロで外交だけで渡っていくこと
現在の日本を巡る国際情勢を踏まえた上で、
若者にも響くような護憲の説得力ある言い方は
どのようなものなのか、小熊さんは提示してくれました。
小熊英二さん
おぐま えいじ
1962年、東京都昭島市生まれ
東京大学農学部卒業後、出版社勤務を経て、1998年、東京大学教養学部総合文化研究科国際社会科学専攻大学院博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教員。専攻は、歴史社会学、相関社会科学(社会学、歴史学、国際関係論)。膨大な量の文献にあたって、当時の皮膚感覚の歴史にまで分け入ることで、<戦後>や<日本人>といったコトバの意味の変容と変遷を明らかにし、社会が無意識に前提する言葉や概念の自明性を問い直している。著書に、『単一民族神話の起源――<日本人>の自画像の系譜』(新曜社/サントリー学芸賞社会・風俗部門)、『<日本人>の境界――沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮:植民地支配から復帰運動まで』(新曜社)、『<民主>と<愛国>――戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社/第2回日本社会学会奨励賞著書の部・第57回毎日出版文化賞第2部門・第3回大佛次郎論壇賞)、『日本という国』(理論社)など。共著に、『<癒し>のナショナリズム――草の根保守運動の実証研究』(慶應義塾大学出版会)、『戦争が遺したもの――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』(新曜社)など。
仮想敵国が北朝鮮なら十分の一の軍事力でいい
編集部 小熊さんは、現在の自衛隊の軍事力を大幅に減らせるとお考えですね。
小熊  そうです。現に、ソ連がなくなったいま、陸上自衛隊は存在価値がなくなって困っています。2003年ごろの話だそうですが、防衛庁は北朝鮮のコマンドが全国250カ所に攻めて来るから、その全部に部隊を貼り付けると言って予算を要求したけれど、財務省がそんなことはあり得ないと言って撥ねつけているぐらいです。
 自衛隊というものが、既得権を守りたがっている一種の官庁だということは、知っておいていいことだと思います。たとえば米軍は志願兵制度ですから、重トラックとか軍医とかの免許を簡単に取れるという宣伝をして人間を集め、免許を取ると兵隊をやめるケースが多い。だけど日本の自衛隊は、そこで一生ご飯を食べていきたい人がたくさんいます。北海道は陸上自衛隊の精鋭を配置していましたが、九州なんかは年齢が40代とか50代とかの歩兵がゴロゴロいた。士官学校を出ていないから将校に上げることもできない。そういった歩兵たちが、どこに行ったら立小便できる木があるとかも全部知りつくしている富士山麓の演習場で、毎年「訓練」をやっているんです。そういう人たちに給料を払い、演習用の弾薬費を使っているのが「防衛費」の実態であるわけですよ。 
編集部 それもまたすごい実態ですね。
小熊  最近の自衛隊は「テロの脅威に即応する」とか言っているけど、それならソ連を仮想敵国としていた時代の戦車とか大砲がいるわけがないし、テロ対策の特殊部隊を編成するのだったら、陸上自衛隊はいまの人員の一割か二割あれば十分です。
 航空自衛隊・海上自衛隊について言えば、あれはアメリカ軍の補助兵力として動くための軍隊です。護衛艦と対潜哨戒機ばかりたくさん持っている。つまりアメリカの空母機動艦隊の周りを日本の護衛艦隊がとりまいて、航空自衛隊が援護するための軍隊です。独自に動ける軍隊ではないですよ。
 それでも兵力面から言えば、かなり強力です。日本の軍事予算は世界第3位だと言ったら、日本が軍事小国だと思っている人は、たいてい驚きますよね。単純な比較はむずかしいですが、予算からいえば自衛隊はフランス軍やイギリス軍よりも多い。
 ですから最低限の自衛力は必要かという話に戻れば、まず北朝鮮の通常兵器やゲリラに対する自衛だったら、いまの10分の1で十分です。もし仮想敵をアメリカにするのだったら、いまの10倍あっても足りません(笑)。何を仮想敵とするのかということを考えないと、「最低限の自衛力は必要だ」とかいう抽象論は、まったく空論ですよ。

編集部 仮想敵国は、やはり北朝鮮と考えられているのではないでしょうか。
小熊  まず冷戦期では、基本的にはソ連が仮想敵国でした。ソ連が極東にいる部隊を使って攻めてきたときには、日米安保で米軍が出動してくるまで食い止める兵力が必要だ、というような言い方で予算を請求していたわけです。ところが冷戦後はそれも言えなくなってしまったから、困っているわけですよ。
 北朝鮮を仮想敵だと言うなら、あの国に戦争を仕掛けるような経済的余力があるとは思えないし、そんな自殺行為をするほど馬鹿だとも思えない。またもしテポドンが日本に発射されたなら、自衛隊がいてもいなくても関係ないです。
編集部 北朝鮮のテポドンに対して、政府にはアメリカが進めているミサイル防衛計画に対する期待もあります。
小熊  あれはレーガン政権時代から約20年、失敗に失敗を重ねてきている代物です。湾岸戦争の時だって、迎撃ミサイルのパトリオットはイラクのスカッドミサイルを一発も撃ち落せなかったばかりか、パトリオットの破片でイスラエル市民が怪我をしただけでした。軍事専門家には、現実性がないからやめたほうがいいと言っている人が多い。要するに請け負った会社が「もうこれだけお金を注ぎ込んだから、もっとお金を注ぎ込んでくれ」というのでやっているだけだと思います。その計画に日本も参加しろというのは、アメリカ一国だけでやっていると財政が持たないから、日本政府にもお金を出してくれということでしょう。日本政府の財布が狙われているだけの話だと思います。
日本の保守の知識人は本当にレベルが低い
編集部 改憲したいという人たちは、そのような日米関係の事情を知らないのでしょうか?
小熊  薄々感づいてはいるけれど、直視したくないというところでしょうね。それこそ、「日本の誇り」が傷つく現実ですから。
 ただ、いわゆるネット右翼と呼ばれる人たちがそんなに多いとは思わないですけどね。せいぜい人口比で1〜2パーセントだと思います。私のゼミの学生で「2ちゃんねる」の研究をしたのがいるんだけど、400くらいあるスレッドのうち、いわゆる「ネット右翼」が騒いでいるスレッドは2つか3つだそうで、あとは趣味とか育児とかのスレッドだそうです。ただ全人口の数パーセントでも、数十万人から数百万人はいるわけだから馬鹿になりませんが、過大評価する必要はないと思いますね。 
編集部  でも、愛国なら愛国で、小林よしのりのような“反米”には向かわないのでしょうか。
小熊  あまりいかないですね。それは日米関係の歴史や実情をよく知らないからでしょう。私が書いた『日本という国』を右翼の人が読んでどう思うか、感想を知りたいんだけども(笑)。アメリカ政府の高官に「日本に米軍を置いておいた方が、アメリカ本国に置くより日本政府の思いやり予算で安上がりになる」とかいわれて、国辱だと思わないのかな。まあ敗戦後に右翼の親玉たちがGHQに呼び出されて、アメリカに協力すると誓ったときから、日本の右翼団体の主流は完全に親米ですからね。

 それから戦後の論壇に書かれていたことはある程度読んだから言うけれども、日本の保守知識人は本当にレベルが低いですね。彼らがやってきたことは、基本的に「左翼たたき」だけ。進歩派の言うことは理想論だとか、もっと現実を見よとか、常識にかえれとか、それだけですよ。おまけにアンチ左派というだけで、共通の核になる思想は何もない。だから、「つくる会」も空中分解したわけでしょう。

 また彼らが言っていることも、とても現実的とは思えない。本当の軍事専門家や外交専門家から見たら、お笑い種のことを言っている場合が多い。首相が靖国に参拝するなんて、百害あって一利なしというのは誰が見ても明らかですよ。靖国参拝を支持する保守の論壇人が、「国益が大事だ」なんて言っているのをみると、頭の構造を疑いますね。

 それと、日本はナショナリズムの概念が狭いですね。世界のほとんどの国では、国家というのは近代になってできた人工的なものだというのは、常識です。だから建国の理念というものが、たいていの国にある。だから、建国の理念に反した戦争に対して、国旗を掲げて反戦デモをやるということが、アメリカやフランスでは成立する。ところが日本では、何万年も前から「日本」という国が自然発生してきたように思っている人が多いように思います。だから建国の理念もないし、日の丸を掲げて反戦デモなんて考えられない。ナショナリズムの議論も、政府の言うことを聞くのが愛国者、言うことを聞かない奴は売国奴というレベルになってしまう。 
現実主義とは「いかに戦争を避けるか」である
編集部 小熊さんは、保守が言うところの現実主義、国益として考えても、9条は改憲しないほうがいいと考えているのですよね。
小熊 私は『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社)を書いていてよく分かったけれども、「9条が世界の宝です」という言い方は、戦争体験をくぐってきた人には非常に胸に響いたのは確かです。
 それを私は尊重したいとは思いますが、基本的に戦争体験者が多かった時代にしか通用しない方法だろうと思います。それは仕方のないことだと思う。

 今の若い人の中にも1〜3%ぐらい、戦争体験者の想いを大切にせねばという人がいるかもしれないけど、それが10%を超えないことは、社民党や共産党の得票率を見ても明らかです。もちろん「9条は世界の宝です」と言う人たちはそれはそれで結構ですが、私としてはそのような言い方はもう限界だろうと思っています。

 またこれは日本の左派にも責任がある。左派内部の大同団結を乱さないため、とりあえず「9条は世界の宝」ということにして議論を深めてこなかった。共産党が50年代初頭まで日本国憲法に反対だったことや、社会党にも50年代まで改憲論が多かったことは、歴史的な事実です。だけど自民党が55年に結成されて改憲を党是に掲げたため、とりあえず左派内部の議論は棚上げにして護憲で大同団結した。その功績は認めるけれども、それが議論のレベルを下げて思考停止を招いた側面もなかったかということは考えられてしかるべきだし、もう少し現実主義的な議論に踏み込んでもいいと私は思います。
編集部 現実主義的とは、具体的に?
小熊 「現実主義」という言葉は、日本では非常に誤解されていると思います。日本では、いわゆる進歩派の逆のことを言って、軍隊を強化して靖国に参拝して日の丸を上げて周辺国に強硬な態度をとれば現実主義だと勘違いしている人もいるようですから。
 これは政治学のイロハだけれども、もともとの現実主義というのは、いかにリアルポリティクスで戦争を避けるか、ということです。いかに外交をうまくやって戦争を避けるか、どうしても避け得ない戦争が起きたら、いかにその戦争のコストを下げるか、戦死者を少なくするか、短期間で終わらせるか、それが現実主義というものです。つまり、もしも軍備ゼロで、外交だけでわたっていけたら、これは究極の現実主義なんですよ。
編集部 9条の理想が、本当の現実主義だというのですね。
小熊 それとこれとは少し別の話だと思いますけれど、いま9条を変えて現実に予想されることは、自民党の改憲案が海外出動を正規任務に組み込むと言っていることからしても、アメリカの補助兵力として自衛隊が使われるだけです。そうなれば、明らかに金もかかります。戦闘機は一機30〜50億円、ミサイルは一発数百万から数千万かかるわけですから。いま日本財政を再建するには消費税率を20%まで上げなければとまで言われているのに、戦争なんかやっている余裕はない。消費税を30%以上にしてもいいというのなら話は別だけれども、そこまで現実的に改憲論者が考えていますかね。
 だから「9条は世界の宝」というの主張はそれはそれでいいと思うけれども、いま9条を変えても何もいいことはない、というのが私の意見です。
「現実」という言葉は改憲の議論に頻繁に用いられますが、
現実主義とはどういうものかを踏まえた上で、
いかに説得力ある言葉をつむぎ出すのか、私たちに問われています。
小熊さん、どうもありがとうございました!
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