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この人に聞きたい
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鈴木聡さんに聞いた その2

日本としてのかっこいい胸の張り方を考えてみよう
憲法のことなんて、考えたこともない人たち、
良く分からないけれど、なんとなく改憲派へ流れて いく人たち。
この時代の気分や問題解決の方向性について、語ってくれました。
すずきさん
鈴木聡(すずき さとし) 1959年東京生まれ。
1982年、早稲田大学政経学部卒業後、博報堂に入社。
コピーライター、クリエイティブディレクターとして活躍。
1984年、劇団サラリーマン新劇喇叺屋(現ラッパ屋)を結成。
主宰、脚本、演出を担当。現在は脚本家として、
演劇、映画、テレビドラマ界などで幅広く活動している。
最初から護憲や改憲ありきではない議論の場を
編集部 鈴木さんはコピーライターとして、広告界の歴史に残るコピーやコンセプトを作ってこられた方でもいらっしゃいます。大衆の心理を読み、心をキャッチするプロとしてお伺いしたいのですが。今国会では国民投票法、いわゆる憲法改定のための手続き法についての法案が出され、可決されてしまうかもしれない、という状況にもなっているのですが、まだ一般的には、国民投票のことも憲法改定についても、関心は低いようです。
鈴木 低いでしょうね。『マガジン9条』に意見を送ってくる人や、アンケートに参加した人は一部で、ほとんどの人が、憲法のことなんて考えたこともない、というのが現状だと思います。政治への触れ方がわからないという人が圧倒的に多くて、そもそも9条の問題が彼、彼女らの視野に入っていないと思うんです。そして政治的なものへのアレルギーもある。

だから、こういった運動をする場合、初めに“護憲”や“改憲”ありきではなく、“右でも左でもない”憲法のはなしをしよう、というような、とにかく議論の土台をつくることから始めた方がいいと思います。そして、(9条改定反対を)声高に主張するのではなく、もし改憲されたら何が起きて、何が起こらないかを具体的にはっきりさせる。それからみんなで議論していくことが重要なのではないかな。
編集部 「右でも左でもない憲法のはなし」というコピーはいいですね!9条や改憲案について、文章の上のことだけでなく、身近な問題として考えられるように、具体例を考えていく必要がありますね。
鈴木 自民党の改憲案は、9条について1項「戦争の放棄」は残して、2項を変える。でもこれならほとんどの人は、「戦争しない」項目は残すのだから、改憲しても今と大きく変わらないから、変えていいと思うでしょうね。
編集部 2項を変更することで、自衛隊は自衛軍となり、紛争地へ国際貢献や後方支援の名前のもと、海外派兵にも軍として、今以上に積極的に出かけていくことになります。当然、イラクのようにアメリカが戦争をしかければ、そこに参加することになります。
鈴木 僕は、素朴に人殺しはいやだから、海外派兵には反対したい。だけれども「国際情勢を見ていたら、そんな“子供のようなこと”も言っていられないだろう。そんな論理は世界に通じない」という“大人の論理”で反論されてしまうでしょう。
いまの世の中は大人の論理、クレバーな合理的思考による結論の導き方が強くなっているんです。「格差が大きくなってもよしとしよう」というような風潮では、「俺は貧乏になるのやだよ」という素朴な意見が無視されがちになる。そうした“大人の論理”ムードに何となく負けてしまって、改憲についても、きちんとした議論なく事が進んでしまうというのはいやですね。
「恐怖」は報道によってつくられている
鈴木 若い人の中には、政治や憲法に無関心でいる一方で、彼らには彼らなりの正義感や国際貢献への気持ちも強いのです。僕が思うのに改憲問題のポイントとして、「国際社会のために汗を流さなくていいのか」と「テロに対して無防備でいいのか」という2つの視点があると思います。

軍事力があればこれらは解決するのか? それとも非軍事力でこれらを解決するのか? どちらが効果的なのか? ここを徹底的に議論することで、改憲の是非が見えてくるのではないでしょうか?
編集部 国際貢献についても、軍事力を用いた時と、用いない時の費用対効果のようなものが出せればわかりやすいですね。
鈴木 あとはやはり、憲法の理念という話になるけれど、 “戦争をやらない”“軍も武器を持たない”と憲法で宣言している国は、世界の中でも日本とコスタリカ以外にはないでしょう。他の国は言いたくても言えない。憲法に盛り込みたくても盛り込めない状況やら背景があった。その点、唯一の被爆国である日本だから平和憲法を手にすることができたのだし、「うちは戦争に参加しませんから」と、世界に対してそう言えるバックボーンがある。そこに僕たちなりの、世界に対する胸の張り方があるのではないか、と思うのです。

さらに言えば、世界に対して「平和」の活動をどんどんする。この場合の「平和」とは、武力や軍事力が一切介在しないこと。国際問題でも紛争でも、解決策に武力を用いない方法を一生懸命考えて実行する。そこに汗を流す。日本はそういうユニークな国であると、これが日本のビジョンなのだと、世界に認めてもらうことができたら、いいと思うね。
編集部 現実的な具体案と理念の両方で改憲問題を考える必要がありますね。
追随でない日本らしさを世界に認めてもらおう
鈴木 やはり日本的な文化やメンタリティとは何だろうと考えると、それは戦うことではなく、共同体として力を発揮していくところだと思うのです。戦争のなかった江戸時代の300年という歴史をもち、そのなかで素晴らしい文化、繊細さ、おもてなしや職人的技術を編み出した。これは世界史のなかでも珍しいと思いますし、日本人って放っておくと、基本的には“熊さん、八っあん”(落語に登場する典型的な職人さん。宵越しの金は持たないという江戸っ子の長屋の名コンビ)的な世界で生きていく人たちなのではないか。

僕はウッディ・アレンの映画が好きなんです。彼の作品はどこにでもあるような話で、スピルバーグのような大がかりな仕掛けもない。でも、アレンの映画が好きな日本人はおそらく百万人くらいはいる。たぶんフランスにもそのくらいいるでしょうし、イタリアにも、韓国にもいる。

彼は決して戦争反対とかそういうテーマを語るわけではない。映画を通して「人間って面白いね。馬鹿だけど愛しいよね」って言っているだけ。
編集部 でも彼や彼の映画を好きな人は、戦争や武力は嫌いでしょうね。
鈴木 そうでしょうね。9条に関していえば、現実の国際社会においてはいろいろ問題があるでしょうし、対米関係で改定の圧力を受けていることが大きいのでしょう。でも、世界に「日本には日本の事情があるんだから、9条を持っていていいよ」と言ってくれるような人たちが、ウッディ・アレンのファンなみにいてくれたらいいと思うんです。

世界はアメリカだけでなく、いろいろな国があり価値観があるわけだから、日本のビジョン(武力を解決策にしない平和を探りつづける)が世界の人にリスペクトされる方が、日本人として誇りに思えるのではないでしょうか。

武力は行使すれば必ず武力で返ってくるのだから、未来の世界が求めているのは、武力でない解決の道を探ること。これが実現できれば、これ以上ない日本を世界にアピールできるチャンスのはずです。
若い世代から見たある種の“ぬるさ”
編集部 去年の12月に主宰するラッパ屋で上演された『あしたのニュース』では、大手ビール会社の工場を地元に誘致するために捏造記事を書いてしまう地方新聞社の記者たちが登場します。こうした題材は現在のマスメディア、あるいは世の中への批判的な視点から生まれたのですか。
鈴木 マスメディアに対してどうのこうのという発想は僕にはないんです。むしろ「事情にがんじがらめになった人間」を描きたかった。で、世の中でがんじがらめになっている人って誰だろうと考えたとき、それは地方の新聞社だろうと。

人間って、よく生きたいんだけれどもうまくいかない、知らない間に反対のことをやっている、そんなことの積み重ねだと思うんですね。サラリーマンもそうだろうし、耐震偽装の建築士もおそらくそうだったのでしょう。本人はそんな悪気はないのに、手を染めちゃったというような。それと一緒に考えていたのは豆腐のことなんです(笑)。
編集部 豆腐? 『あしたのニュース』で出てきた、新聞社の向かいにある豆腐屋さんですね。その主人は昔かたぎの職人だけれども、時代の流れに巻き込まれて捏造記事作成の片棒を担いでしまう。
鈴木 松岡正剛さんの『フラジャイル――弱さからの出発』という本に、“強さが弱さよりも偉いわけじゃない、弱いのは構造が複雑だから弱いんだ”ということが書いてあるんです。強いのは構造が単純だから、弱いのは構造が繊細で豊かだから。このことを松岡さんがいろいろな文献に当たり、ケーススタディをしながら証明していく。とてもおもしろい視点だと思い、“弱さとは繊細で豊かであること”を豆腐に例えて書いたんです。
編集部 弱さは、複雑さであり豊かさだという視点はおもしろいですね。まさに豆腐や9条に当てはまるように感じます。
鈴木 『あしたのニュース』の最後で、「いまの世の中、強くて単純で明快なものが正しく見えているが、実はそうではない」ことに豆腐屋は気づきます。この作品では、弱くてぼんやりしているものが駄目なものという視点を逆転させたかったんです。僕は、「何々に反対」というよりも、壊したくないものを描きたいんです。人間の絆とか暖かい共同体を描くことで、「これっていいよね」とお客さんに思ってもらうのが僕の話法だと思っていますから。9条をむき出しにして語ることには、今も抵抗を感じるのですが、9条を持ち、戦争をしないニッポンが好きだという気持が、自分の表現の中には見え隠れてしていると思います。
9条をたくさんの人の「自分の問題」として考えてもらうために・・・
心に響かせることばとは? メッセージとは? 
「ことばのプロ」である鈴木聡さんのお話には、
たくさんのヒントがありました。ありがとうございました!
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