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この人に聞きたい

070718up

田中優さんに聞いた(その2) 

全て戦争は「金儲け」のため

「地球環境を守りたいなら、戦争にも反対しないと意味がない」。
前回、そう指摘してくれた田中優さん。
では、その戦争をなくすために、
私たちがまず目を向けるべきこととは何なのでしょう?

たなか・ゆう
1957年生まれ。「未来バンク」理事長、「ap bank」顧問、「日本国際ボランティアセンター」理事、「揚水発電問題全国ネットワーク」共同代表、「足元から地球温暖化を考える市民ネットえどがわ」理事を務めるなど、さまざまなNPO活動に関わる。著書に『戦争って、環境問題と関係ないと思ってた』(岩波ブックレット)、『戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方 エコとピースのオルタナティブ』(合同出版)、『環境破壊のメカニズム 地球に暮らす地域の知恵』(北斗出版)など

戦争の動機は何か?

編集部

 前回、環境保護の視点からも戦争には反対すべきなんだ、というお話をお聞きしました。では、その戦争の放棄を謳っている日本の憲法9条については、どうお考えですか?

田 中

 とても大事なものだ、とは思います。ただ、その一方ですごく手あかがついてしまっているという印象があるし、それ自体に何か具体的なことができるわけではない、つまり一つの理想に過ぎない、という無力さも感じます。法学でいう「プログラム規程」(※)みたいなもので、そこに血なり肉なりをつけていかないと意味がない、というか。

(※)プログラム規定:憲法の人権規定は、国の政治的・道義的義務を示したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的な権利を賦与したものではないとする考え方。

編集部

 「血なり肉なりをつけていく」とは?

田 中

 理念を口にしているだけでは何もならない、実効的な行動が必要だということ。
 そもそも、戦争が起こる動機は何かというと、やっぱり金儲けなんですよね。金を儲けたい人たちが戦争を起こして、その結果として人が死んでいるのであって、よく言われるような、「互いの憎しみが戦争を起こしている」というようなものでは絶対にない。

編集部

 民族紛争などでは、違う民族同士の対立がその直接的な原因、とされることが多いですが、その対立も、ある意味では操作されて、つくられたものだということでしょうか。

田 中

 もちろん。民族紛争も宗教紛争も、「対立」はあとから取り上げられて利用されただけで、もともとの動機ではないですよ。

編集部

 金儲けというのは、やはり軍需産業でしょうか?

田 中

 それが一つ。アメリカの軍需産業というのは、たった五つの企業だけで東京都二つ分の予算を使うというほどめちゃくちゃな規模の金が動きますから。
 それから、もう一つ大きいのはエネルギーや資源です。今の世界の紛争地というのは、石油か天然ガスがとれる、あるいはそのパイプラインが通っている、鉱物資源がとれる、水資源が豊富である、この五つの条件のどれかに当てはまる場所ばかりなんですよ。それはつまり、金が儲かる場所だということ。
 コンゴだってダイヤモンドが採れなければあんな内戦にはならなかっただろうし、ウクライナやチェチェンにはロシアからの天然ガス・石油パイプラインが通っている。アチェは天然ガスが出るし、東ティモールにはティモールギャップという油田があります。

編集部

 見事なくらい、重なっていますね。そういった資源を手に入れてお金を儲けたい人たちが、戦争を起こしているんだと。

田 中

 あと、軍需産業でいうなら、今もっとも力が入れられているのはミサイルディフェンス計画です。

編集部

 日本でも、アメリカとの共同研究が進められるなど、注目を集めていますね。

田 中

 もともと、宇宙防衛計画が始まったきっかけは、1962年にアメリカがハワイ沖で行った高高度核実験です。ジョンストン島という島の400キロ上空の電離層で核実験を行ったところ、電離層が破壊された影響で、実験直後にハワイでは通信網が途絶し、ハイテク製品がすべて動かなくなった。もし今、他国の攻撃などで同じように電離層破壊が起こったら、完全に経済崩壊です。それに気づいたアメリカは、いわば自分の影におびえて、「ミサイルが飛んできたら打ち落とすしかない」とスターウォーズに走ったんですよ。
 しかし、予算が大きすぎてなかなか実現しなかった。その何度目かの焼き直しがミサイルディフェンスだと思っています。この、莫大な金が必要になるというのが軍需産業にとって大事な点です。だからどうしてもやりたいわけです。
 ちなみに今、世界の軍事企業トップ100に名前が挙がっている日本企業が6社あるんですが、これはいずれも、ミサイルとエレクトロニクスとエンジンの企業。つまり、ミサイルディフェンスに密接に関連しているんです。
 一方で今、自民党が「宇宙基本法」(*)というのをつくろうとしてますよね。

(*)宇宙基本法:自民・公明両党が今夏国会に提出した法案の一つ。これまで、日本の宇宙利用は1969年の「宇宙利用は平和利用に限る」とした国会決議を基本としており、この「平和利用」は「非軍事」と解釈されていた。同法案は、これを「非侵略」と解釈し、高性能の偵察衛星などの「防衛目的」利用を可能とするもの。

編集部

 現在は禁止されている軍事目的の宇宙開発を、「自衛の範囲内において」認めるようにする、という法律ですね。経団連など、産業界も歓迎しているとか。

田 中

 つまり、ここでもやっぱり、「金儲け」が圧倒的な動機になっているんです。

理念を語るだけでは、
何も変わらない

田 中

 何でもそうだけれど、何か問題を解決するには、その原因を調べて、それを取り除かなくちゃいけない。戦争の原因が金儲けなのなら、戦争をなくして平和をつくるには、その「原因」を絶つ、実効的な努力をしなくちゃいけないはずです。

編集部

 前回お話を伺ったNPOバンクも、そうした「努力」の一つですね。あるいは、田中さんが著書の中で提案されていたように、利用エネルギーの中の自然エネルギーの割合を高めて、他国へエネルギーを奪いに行かないで済むようにするとか。

田 中

 それなのにこれまでの平和運動の多くは、「憎しみをなくそう」とか、「9条の精神を」とか、そんな理念的なことばかり言っている。金の流れのような、生臭い部分に目を向けたがらないというのもあると思うんですが。
 9条に手あかがついている、無力感があるというのは、そういうことです。「9条」という理念だけで問題が解決するわけないじゃないか、と思うんですね。

編集部

 一方で、それでも9条が「大事だ」と思われるのはどうしてですか?

田 中

 それは、この憲法9条というのは、人間社会のモラルの基本だと思うからです。今の社会は、「人が人を殺してはいけない」という前提があるから成り立っているわけでしょう。何か問題があったときに、「殺して解決」というのはやめておきなさい、と。それがなければ、社会はめちゃくちゃになってしまう。
 ところが、9条をなくそうというのは、その前提をひっくり返すこと。戦争を認めて人が人を殺すことをOKにしようという、そういう方向に進んでいくということです。本当にそれでいいの?と思いますね。
 イラク戦争のときに、よく「付帯的被害」という言葉が使われました。フセイン政権を倒すために攻撃したら、付帯的被害として何万人が死にました、という。そういうふうに「人を殺す」ことを認めてしまったら、それがどんどん拡大していきますよ。

世界の1年分の総軍事費で、
世界は変えられる

編集部

 もちろん、「人が人を殺してはいけない」という、そのモラルそのものに反対だ、という人はほとんどいないと思います。しかし、実際には今、9条を変えて自衛隊を自衛軍にしようという改憲の動きが、ある一定の力を持っています。こうした風潮についてはどうお考えでしょうか。

田 中

 こういう話があります。世界で使われている軍事費は約1兆ドル(2005年)。これを、すべて「プラス」の活動に使ったと仮定してみるんですね。すべての債務国の債務を帳消しにし、すべての兵器を廃棄処理して、すべての飢えている人に食糧を与えて。そうした諸々の活動を行って、それに必要な金額を国連やNGOのデータを元に算出してみる。果たして何年分の軍事費が必要か。——実は、1年分だけで十分、というのがその答えです。

編集部

 1年分でいいんですか?

田 中

 それどころか、2099億ドルのお釣りが来るという計算になるんですよ。
 つまり、人間がお互いに助け合おうと決めて、軍事にお金を使うのをやめれば、地球上のすべての人を救うことができる。それなのに、そちらの道を選ばずに軍事にお金を注ぎ込むということは、地球という惑星に住む生き物は、お互いに助け合うのでなく殺し合って、みんなで努力して絶滅しようという方針を決めたということでしょう。それはあまりにバカげていないでしょうか。

編集部

 たしかに、バカげているとしか言いようがないですね。

田 中

 たしかに、改憲したいという人のいう「軍隊を持たないとあの国が攻めてくるかもしれない」といった理屈は、一つ一つは正当だと思います。でも、それをトータルして「軍隊を持つべき」と判断することが、本当に正しいのかどうか。
 一つ一つのミクロの段階では正しくても、それをトータルしてマクロの視点から見ると正しくなくなる、結論がまったく逆になってしまうという現象を、経済学の用語で「合成の誤謬」というんですが、ここにもその合成の誤謬があるわけです。だから逆に、全体の側から一つ一つの理屈を変えていかなければならない。そうしないと生き残れないのですから。

編集部

 個別の問題一つ一つから見ていくのでなく、トータルから見たその結論——軍事にわざわざお金をつぎ込んで、殺し合うのはバカげている、という考えを前提とすれば、新たに軍を持とうという選択肢は出てくるはずがないですね。「殺し合わないために、では何をすべきか」という発想になる。

田 中

 そういうことです。
 僕は、社会とか世界とかいうものは、当たり前だけど自分一人では変えられないと思っています。自分が「おかしい」と思うことでも、他のみんなが動かなければ変わらないのだから、実現できなければぼくも一緒にあきらめるしかないな、と。だから、皆さんが「いや、人類はそうやって殺し合って滅びることにしたんだ」と言って同意するんだったら、それはそれでしょうがないと思います。だけど、その前に「ほんとにそれでいいの?」とは聞いておきたい。そう思って、こんな話をしているんです。

人類は「みんなで殺し合って絶滅」を選ぶのか、
「互いに助け合って生きのびる」を選ぶのか? 
私たちは今、そんな分岐点に立たされているのかもしれません。
目の前のことより、トータルの視点で考えるべき時でしょう。
田中さん、ありがとうございました!

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