マガジン9
ホームへ
この人に聞きたい
バックナンバー一覧

雨宮処凛さんに聞いた その2

際限なき軍拡競争にストップを!
中国や北朝鮮の脅威論と共に、「軍事力には軍事力で対抗すべき」との意見が、
今大きな声となりつつありますが、本当にそれで安心した生活や平和な世界が築けるのでしょうか? 
引き続き、明治大学の山田朗さんにお聞きしました。
やまださん
やまだ あきら 1956年大阪府生まれ。
愛知教育大学卒後、東京都立大学大学院博士課程を経て、明治大学文学部教授。
日本近現代史、軍事史、天皇制論、歴史教育論が専門。
おもな著書に『軍備拡張の近代史-日本軍の誇張と崩壊』吉川弘文館
『歴史修正主義の克服-ゆがめられた<戦争論>を問う』高文研
自衛隊を段階的に縮小し、
海上保安庁プラスαぐらいの武力を
持つのが現実的な選択肢
編集部 前回のお話を掲載したところ、軍事の具体的な話をもとに憲法を論議することに賛成する声が読者から届きました。その一方で、「では山田さんは非武装で国が守れると思うのか」「『マガジン9条』のアンケート調査の1〜6の項目では山田さんの考えはどれに近いのか」という質問もありました。
山田 私は9条を変えないほうがいいという考えですが、全くの非武装は現実的ではないと思います。究極の理想ではありますが、不法入国や密輸の取締りなど国境警備を考えると無理でしょう。ですから現在の自衛隊の存在を認めつつも、段階的に縮小・再編していき、最終的には海上保安庁プラスαぐらいの武力を持つ、これが現実的な選択肢ではないかと思います。そういう意味では6番の考え方に近い。
編集部 それだけの武力で国土を守るのに充分だと?
山田 そう思いますよ。海保の保持している艦艇は相当強力です。この海保の部隊を中心に沿岸警備を実施して、縮小した空陸自衛隊を絡ませていけばいいと思います。
だいたい現在の自衛隊の軍事力は、専守防衛を目的にしているにしては巨大すぎます。為替レートの換算の仕方によって多少の変動はありますが、日本の防衛費5兆円弱というのは世界で2〜4位にランクされます。しかも、冷戦後各国が防衛費を減らすなか、唯一日本だけは横ばい、もしくは増えているのです。
冷戦時代は、ソ連の軍事力に対抗する極東のアメリカ軍を補完する役目を自衛隊は担っていました。ソ連の原子力潜水艦が北太平洋に進出するのを防ぐことが最大の目的で、自衛隊はそれに合わせた軍事力構成になっていました。
たとえば対潜哨戒機P3Cという飛行機がありますが、日本は1機77億円(1997年度引き渡し価格)もするこの飛行機を97機も配備しています(通常型とEP3Cなどの発展型も合計すると導入数は112機)。全世界に展開するアメリカ軍ですらP3Cの稼働機およそ120機といわれていますので、艦艇のトン数規模で10分の1以下の日本が相対的にいかに多く保有しているかがわかりますよね。確かに冷戦時代はソ連の潜水艦に対する役割がありました。1980年代末には極東に配備されていたソ連の潜水艦は140隻(うち原潜70隻)で、日本近海にも常時30隻近くが行動していました。しかし、現在、極東に配備されているロシアの潜水艦は20隻程度で、実際稼動しているのは数隻です。外洋に進出するものもほとんどありません。
編集部 中国の潜水艦はどうですか?
山田 中国は約70隻の潜水艦を保有していますが、日本海や南西諸島の列島線よりも外洋に出て活動しているものはほとんどありません(石垣島近くでの領海侵犯事件はありましたが)。それに対して97機のP3C。明らかに過剰な戦力ですよね。つまり、冷戦時代の軍事力構成を引きずったまま、今度はそこに海外展開という新たな目的をつけるという具合に、自衛隊は場当たり的に軍備を拡大しているわけです。2004年12月に発表された防衛計画の大綱で、ようやく「冷戦型軍備の脱却」などと言っているのですからね。
だから、現在の自衛隊の軍事力が本当に適当なものなのか、そこからまず考えていく必要があります。
編集部 「海上保安庁プラスαの戦力と言えども軍事力には変わりないのだから、やはり憲法に武力保持を明記すべきだ」と考える改憲派の方もいるかと思いますが。
山田 それは、海保と自衛隊のどちらを中心に考えるかという問題だと思います。海保という警察力を強化するという考えであれば、9条の条文と矛盾はしません。あえて自衛軍にしなくても、警察(沿岸警備隊)的論理でかなりのことはできます。
今の自衛隊が軍事力であることは間違いありませんが、この枠組みをいま変えなくても何の問題もないわけですよね。前回も話しましたが、9条がある現在ですら、国民の知らないところで自衛隊は暴走・肥大化しているわけで、正式に軍隊と認めればさらにその流れが強まります。「軍隊になりました、では縮小しましょう」なんてことがありえないことは、誰が考えても当り前ですよね。
改憲派の人たちが言うように「軍隊を持つことイコール戦争」ではないですが、肥大化を防ぐためにも軍事組織に自立性を持たせないほうがいいんです。
徴兵制よりももっと怖いのは、
「任意」と言っておきながら
実質は「強制」になっているシステム
編集部 肥大化以外に軍隊を正式に認めることによる弊害は何でしょうか。
山田 例えば、日の丸・君が代は、国民の間にある程度定着していたにもかかわらず、あえて法制化したことによって強制力を持つようになりました。それと同じで、軍隊が憲法のお墨つきを得れば、軍隊を容認するかどうかが一種の「踏み絵」になり、批判することが難しくなるでしょう。
「自衛隊」から「自衛軍」に名称が変わるだけで、軍隊の社会的影響力や発言力は飛躍的に高まります。
編集部 アメリカのように軍隊を中心にした社会になるのでしょうか。
山田 一般社会が踏み込めない「聖域」ができます。現在でも在日米軍には警察の捜査権は及びませんが、国内にそういう聖域がもうひとつできることになります。
編集部 企業や学校など市民の社会生活にはどのような影響が出ますか?
山田 自衛軍が誕生すれば、軍人や軍隊経験者を優遇する風潮が生まれます。現在でも企業などに勤める人が短期間の訓練を受ける予備役制度が自衛隊にはありますが、こういう動きが加速するでしょう。短期間入隊して一定の訓練を受けた予備役兵が増えれば自衛軍は助かるし、企業も軍人精神的なものを若い社員に注入してもらえれば社員教育になって助かる。そういう面で、軍隊と企業の利害が一致してくるわけです。
編集部 徴兵制はどうですか? 今後、自衛軍が海外展開していくとなると当然死傷者は増え、その逆に入隊希望者は減るでしょう。
山田 確かにそういう事態はありうるでしょうが、私は徴兵制のようなストレートな形はとらないと思います。たくさんの人間を長期間雇うのは予算の面から言っても軍隊にとってメリットがありません。それに徴兵制を法律で定めなくても、「任意」による入隊を増やすことは可能だと思いますから。
編集部 任意ですか?
山田 先ほどの予備役制度ではないですが、企業や学校が自衛軍入隊経験者を優遇して採用し、そういう企業などについては国が税制面で優遇するとか、そういう流れが必ず出てきます。
今のアメリカがまさにそうです。建前は志願制でありながら、実際は半ば強制というシステムですよ。軍隊に行けば大学の学費が免除されたり、医療的な控除も受けられます。そして、それを利用しない限り生きていけない貧困層がアメリカには大勢います。その人たちにとっては軍隊に入る以外選択がないわけです。
一番怖いのは、任意と言いながら実質的には強制というシステムです。日本でも格差社会などと言われていますが、現在のアメリカのようになる可能性が強いのではないでしょうか。
軍事的脅威に軍事で対抗することは
際限なき軍拡競争に巻き込まれるだけ
編集部 『マガジン9条』のアンケート調査では、改憲を支持する理由として北朝鮮や中国の軍事的脅威を理由にあげる人がたくさんいましたが、この辺をどうお考えですか。
山田 一般論として考えると、軍事力だけに頼って自分の国を守ろうとすれば、世界一の軍事大国にならない限り、100%の安心は得られません。だから「軍事には軍事で」という論理でいけば、中国や北朝鮮の核に対抗するには日本も核武装するしかなくなります。中国が150発の核ミサイルを持っているのなら、日本も同じかそれ以上の核ミサイルを持つしかないわけです。改憲を支持する人でも、日本が核武装することに反対の人は多いと思います。
編集部 そうですね。日本が核武装するのではなく、アメリカに助けてもらえばいい、という人もいます。日米同盟を強化して、アメリカが望むように自衛軍を憲法に明記して集団的自衛権を行使すべきだという考えです。自民党の改正草案がまさにこれですが、この間の『マガジン9条』でのアンケート調査では、この選択肢、1番を支持する人が最も多くありました。
山田 いわゆる「核の傘」理論ですね。確かに北朝鮮が日本を攻撃できない理由のひとつには、もしそんなことをすればアメリカに攻撃されて国家が崩壊するという恐怖感があるでしょう。
しかし、実際のところ、アメリカの核の傘というのは、日本を守るためにあるのではなく、アメリカの国益を守るためのものです。その時の国際環境にもよりますが、何がなんでも日本を助けるというほど、アメリカは単純ではありませんよ。だから、アメリカに頼り切ってしまうのは危険です。
編集部 核の傘もそんなに有効ではないということですね。
山田 有効でないどころか、逆に弊害もあります。核の傘理論でいけば、当然「核には核を」という話になります。日本がアメリカの核抑止力に頼っている限り、「こちらも自衛のために核を開発するんだ」という口実を北朝鮮に与えることになります。核に限らず、日本が軍事力に頼れば頼るほど、中国ほか周辺国に軍拡する理由を与えてしまうわけです。
ですから、私の基本的な考え方は、まず日本が軍縮を提起すべきだということです。
編集部 在日米軍や日米安保の見直しも含めてですか?
山田 そこに着手しないで、「軍縮しますと」言っても現実味がないですからね。
軍縮が難しいのは事実です。軍縮に向けて各国が動き出しても、失敗するとその反動で軍拡競争になりますから。ワシントン海軍軍縮条約(1922年締結)やロンドン海軍軍縮条約(1930年締結)が結果的に失敗に終わり、その後の軍拡競争につながった事例を見ても明らかです。
だからといって軍縮交渉が構造的に不可能だというわけではありません。要はやり方の問題です。
編集部 冷戦時代の米ソ間でも軍縮が進んだ時期がありますよね。
山田 はい。戦略兵器制限交渉(SALT l・ll)は、1969年から予備交渉が始まって、中断を挟んで最終的には1979年まで続きましたが、この協定によって迎撃ミサイルの制限や新型戦略核兵器の研究・開発が禁止されるなど一定レベルの軍縮が実現しました。 
一時期は核戦争一歩手前までいった米ソ両国間でこのような軍縮が実現したわけです。何かと懸案事項を抱えている日本と中国ですが、冷戦時代の米ソ関係に比べれば経済的なつながりほか緊密な関係にあるわけですから、軍縮交渉は不可能ではありません。
編集部 具体的にはどう進めていけばいいのでしょうか。
山田 軍事力を現状レベルに凍結すること、それから軍事力の高度化にストップをかけることです。ただ、武器を旧式のままずっと置いておけというのは、現実的には難しいので、まずは数量の現状維持および削減から始める。
「万が一相手から攻められたら」という不安を持つ人もいるでしょう。確かに国際関係は何が起こるかわからないので、いきなり今の自衛隊をゼロにするのは難しい。その意味での最小限度の「拒否力」は残してもいい。ただし、それは今の軍事力よりももっと少ないものです。冒頭に言いました海保プラスαの武力ということです。
軍事的脅威に軍事で対抗することは
際限なき軍拡競争に巻き込まれるだけ
編集部 『マガジン9条』でのアンケート調査は、システムの不備などもあって、不正確な部分もあるのですが、いずれにしても改憲を望む声が多数でした。この結果についてはどう思いますか。
山田 護憲派は、非武装中立論にこだわりすぎると逆に支持を失うのではないかと思うんですね。北朝鮮や中国の脅威論を「そんなことあるわけない」と一笑にふしてしまう護憲派の人がいますが、現状ではやはり国境侵犯そのほかの脅威があるわけですから、不安に思う人がいるのは当然だと思います。だからある程度の軍事力は必要だと感じる人が多いのも当然です。
それなのに、護憲派側が何が何でも非武装、それ以外は認めないという態度だと、議論すら成り立たない。ある種の「必要悪」として、一定程度の軍事力を認めるところから始めないと、「海外派遣や軍拡には反対」「自民党の改憲案は少し不安」と思っている人たちとも話が通じなくなってしまいます。
ある程度の軍事力といっても現実は過大すぎることはこれまで述べてきたとおりで、これを減らすことにまず目を向けて、縮小・再編にもっていくと。そしてこれは別に9条を変えなくても十分にできるんだという考え方を広めていく。いや、むしろ9条を変えてしまったら縮小・再編どころか、軍拡、海外派遣の道につながってしまう、ということを伝えていくべきではないでしょうか。
究極の理想として非武装を掲げるのはもちろんいいのですが、いきなりそこから入られると、共感を得られないと思うんですよね。
憲法9条を使って、不必要に膨らんでしまった日本の軍備を縮小し、警察力(国境警備力)を強化した国土防衛の道を探り、現実のものにしていくべきではないでしょうか。
 山田先生は、今こそ、9条を使って軍拡競争にストップをかける時だと、
指摘されています。アジアの周辺諸国との緊張が高まる中、軍拡か軍縮か?
どちらが、未来を見据えた現実路線であるか、
しっかりと考えるべき時だと感じています。
山田先生、ありがとうございました!
ご意見募集!

ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。

このページのアタマへ
"Copyright 2005-2010 magazine9 All rights reserved
」」