マガジン9
ホームへ
この人に聞きたい
バックナンバー一覧

吉岡忍さんに聞いた その1

団塊の世代よ、最大の「受益者」として憲法を考えよう
有事法制や個人情報保護法の制定などに際し、
先頭に立って反対の声をあげ続けてきたノンフィクション作家・吉岡忍さん。
憲法改定の問題についても積極的に発言やアピール行動を続けられています。
その背景にある「思い」を伺いました。
吉岡忍さん
よしおか・しのぶ
ノンフィクション作家。長野県生まれ。
大学時代にベトナム反戦運動にかかわり、「べ平連ニュース」の編集に参加。
1987年、日航機墜落事故をテーマにした『墜落の夏』(新潮文庫)で第9回講談社ノンフィクション賞受賞。
他の著作に『日本人ごっこ』(文春文庫)『鏡の国のクーデター』(文藝春秋)『M/世界の、憂鬱(ゆううつ)な先端』(文春文庫)など。
「シンボル」ではない戦死者との向き合い方
編集部 吉岡さんが共同代表をされている「主権在民!共同アピールの会」では昨年の12月、「ニイタカヤマノボルナ!」というアピール行動をされましたね。吉岡さんをはじめジャーナリストや作家など15人の方が、それぞれ靖国神社に祀られている戦死者へ宛てて手紙を書くという、非常にユニークな行動だった(注)わけですが、これはどういった考えから企画されたものだったのでしょうか。
吉岡 一つは、最近の靖国参拝をめぐるさまざまな議論などを見ていて、どうも僕たち戦後世代の戦争というもののとらえ方が、あまりに扁平なものになってきていないかと感じたことなんです。

僕は、「9・11」のテロの後はニューヨークに行きましたし、コソボや中東、スーダンなども訪れています。そこで最近の戦争やテロによる「死」というものをいろいろ見てきたわけですけれど、その実感に比べると、アジア太平洋戦争のときの死者というものへの認識の仕方は非常に扁平でワンパターンだなと感じたんです。
編集部 といいますと?
吉岡 戦没者はすべて、鬼畜のような加害者か、そうでなければ何の罪科もない被害者。その2種類の、非常にステロタイプ化された認識しか、われわれは戦死者に対してできていないんじゃないか、ということですね。
そしてそのことが、改憲の声が高まっているような現在の政治状況にもつながっているんじゃないかと思ったんです。
編集部 靖国に祀られた戦死者へ手紙を書くことで、その認識を少しでも変えられないかということですか。
吉岡 そうです。靖国の「英霊」たちに対しては、まさにステロタイプな認識しか僕たちは抱けていない。そうじゃなくて、靖国に祀られているという人たちが、それぞれどういう人で、どういう死に方をしたのかを調べてみよう。そして、その彼、彼女らに向かって、ちゃんと言葉を語りかけてみることはできないだろうかと思ったんです。

戦死者についてだけではありません。たとえば「ニイタカヤマノボレ」というのは日本軍がパールハーバーへの攻撃を命じた暗号文ですけど、「ニイタカヤマ」というのが台湾の山だということさえ、今は知らない人がほとんどでしょう。知らないまま、「ニイタカヤマノボレ」という言葉だけがシンボルになってしまっている。そうではなくて、「新高山」という名前は誰がなぜ付けたのかとか、そこは今どうなってるのかとか、そういうこともきちんと知ろうと。

つまりは、すべてを「原爆」とか「沖縄戦」とかいった記号にしない、単なるシンボルにしないということですね。もっと生々しい、ざらついた現実感。そういったものをきちんと見据えた上で、靖国や平和憲法をめぐる問題の全体を見直してみたいという気持ちがあったんです。
編集部 それは、吉岡さんがこれまでさまざまなものを書かれてきた、そこに共通する基本的な姿勢でもあるように思います。
吉岡 そうですね。そうかもしれません。
団塊の世代は、平和憲法の最大の受益者
吉岡 それから、もう一つ頭にあったのは、世代としての責任感ですね。僕は1948年(昭和23年)の生まれなんですよ。
編集部 というと、まさに団塊の世代ですね。
吉岡 そう。まだ小さいころに「戦後は終わった」といわれ、その後に高度成長期があって、オイルショックがあって、それからまたバブル経済があって、それが崩壊して…。その一連の流れを生きてきた僕らは、日本国憲法の一番の受益者じゃないかと思うんです。 もちろんオイルショックやバブルの崩壊はあったにせよ、経済的にも右肩上がりの時期が長くて、何よりその間に戦争をしないで済んだわけだから。

今、憲法の問題を考えようというときには、「若い人にもっと考えてほしい」という言い方をすることがよくあるでしょう?
編集部 多いですね。改憲を主張する側でも、反対する側でも。
吉岡 そう、両方にその傾向があるんですよね。でも、僕はそういうことをあまり言いたくないんです。もちろん今の若い人たちも平和憲法の受益者ではあるわけだけど、僕らがこれまで得てきた利益に比べたら、彼らの利益ははるかに「始まったばかり」なんですよ。

だから、憲法の最大の受益者が我々である以上、憲法について考えるときに、「若い人に考えてもらいたい」とは言いたくない。僕らがまず考えなくちゃいけないんだという気持ちが常にあるんです。それも、「ニイタカヤマノボルナ」の行動に至るまでに考えていたことですね。
「内向き」ではない憲法論議を
編集部 では、そういった姿勢を前提として、吉岡さんが今、日本国憲法について考えていらっしゃることをお聞きしたいのですが。
吉岡 僕が憲法問題を考えるときにまず思っているのは、1945年8月15日に至るまでの、対米戦争だけではない少なくとも15年間の戦争、それから60数年間の戦後の歴史、その両方を一緒に考えなければいけないということですね。

たとえば「戦争に負けた」というとき、それはたいていはアメリカに負けたということだけを意味するでしょう。だけど本当は中国にも負けてるわけだし、韓国にもフィリピンにも負けたわけです。そういう、すべてに負けたんだという認識、自分たちの国が何をやっていたのかという認識がない。つまりはこれまでの日本では、知識や体験が個別に語られることはあっても、それがきちんとした現実認識には広がっていかなかった。憲法の問題を考えるときには、まずそこを何とかしないといけないんじゃないかと思うんです。

もう一つは、憲法に関する議論を内向きではやりたくないということ。
編集部 「内向き」ですか?
吉岡 つまりは、国内だけの話として議論したくないということです。

日本はサンフランシスコ講和条約で独立を果たして、戦後の日本として再出発するわけですけど、それまでの経緯の中でつくられた日本国憲法は、いわば国際社会へのパスポート、あるいはビザだったといっていい。憲法ができていなければ、国際社会への復帰は果たせなかったわけですから。

そういう意味では、この憲法は日本が一方的に宣言したものではなく受け取り手のいる、ある国際的な約束だったわけです。にもかかわらず、憲法問題が論じられるときって、いつも内向きなんですよね。「二度と戦争は嫌だ」みたいな。もちろんそれは大事なんですが、それだけで終わってしまっているように感じる。改憲派も護憲派も、どちらも内向きになってしまっている、この状況自体を変えたいと思っているんです。
編集部 具体的にはどういうことを考えているのですか?
吉岡 「平和憲法を守れ」という言い方がありますけど、僕は、守ることも大事だけど同時にこの憲法をもっと国際情勢の中で「使えないか」と思っているんです。

たとえば、日本国憲法の不戦主義に照らしてみて、「9.11」後のアメリカの行動、あるいは中東などで起こっている自爆テロをどう考えるのか。パレスチナの過激派はこの憲法をどう見てるのか。日本だけではなく、いろんな国の人たちと、日本の憲法を通じてたとえば中東情勢のこと、世界のことを考えてみる。そうしたことはまだ誰もやっていないんじゃないかと思うんです。

僕がパレスチナやアフガン、スーダンに行ったときにも、現地の人たちと日本の憲法9条の話をしましたよ。ある意味で今も交戦状態にある彼らにとっては、一つの国が戦争をしない、戦争を放棄するとはどういうことなのかというのはなかなか理解しづらいんです。でもそれだけに、国が暴力装置を持つのが当たり前の近代社会において、そうじゃない国家、暴力装置を持たない国家があり得るのかというのは、彼らにとってこそ深刻な問いかけでもある。そういう話を、それこそ飯を食いながらいろんな人とする中で、日本の憲法って世界的に見ても結構面白いテーマなんじゃないかと思うようになりましたね。

だから、前回の「ニイタカヤマノボルナ!」に続いて、今年はサンフランシスコとか、とにかく外国で、地元の人たちと一緒に、何か行動を起こしたいと考えています。今、憲法問題が非常に内向きの、日本国内だけでの議論になってしまっている、そのこと自体をなんとか変えたいと思っているんです。


(注)「死者との対話文」(「主権在民!共同アピールの会」webサイトから) http://www.shukenzaimin.net/pages/taiwa.html

ノンフィクション作家の吉田司、慶応大学教授の金子勝、映画監督の森達也ら各氏が寄稿。吉岡さんは「10人目の彼の声に耳を傾けたら」と題する「九軍神」宛の文章を寄せている。

つづく・・・
「戦死者を“シンボル”にしたくない」
「憲法を“内向き”だけでは語りたくない」という吉岡さん。
平和について、そして憲法について、
さまざまな角度から見つめ直すことの意味について、改めて考えさせられました。
次回は、若い世代の平和運動に対する考えについてもお聞きします。
ご意見募集!

ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。
このページのアタマへ