戻る<<

教えて塾長!:バックナンバーへ

教えて塾長!伊藤真の憲法Q&A

090422up

いとう・まこと 1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)ほか多数。法学館憲法研究所所長。法学館のホームページはこちら。

『失敗の愛国心』(理論社)*アマゾンにリンクしてます。

第3回「社会権と財産権で救済する貧困問題」

現在の日本において、貧困に苦しんでいる人々が多くいるということは、国の政策が失敗だったということに他なりません。貧困に陥っている人に対して、自己責任論や貧富の差があって当たり前とする論調もありますが、それについて憲法からはどのように考えることができるでしょうか?

日本国憲法が規定している生存権、教育を受ける権利、労働基本権、これら社会権にすべて共通するのは、経済的な弱者の救済です。経済的な弱者の救済という観点から共通する「人権」です。そして29条に書かれている財産権もまた、これらを補う役目があります。

Q5 貧困を憲法上の人権問題としてみたときに、生存権ないし社会権がまず思い浮かびますが、他に貧困を救うための手がかりは憲法にありますか?

A5 憲法は25条から28条まで、生存権、教育を受ける権利、勤労の権利、労働基本権を定め、その後ろに29条で財産権を定めます。現代的人権である社会権を先に規定して、その後に近代的人権である財産権を置いたことには理由があります。それは、憲法はたしかに財産権を保障するけれども、あくまで社会権と調和する範囲で保障するにすぎないという趣旨と理解することができます。

産業革命後に起きた貧富の差の拡大を防ぎ、経済的弱者が自立するために登場したのが、社会権ですが、20世紀になると、各国では財産権の大幅規制が認められるようになりました。莫大な財産・資本力を背景とした資本家が財産も資本ももたない労働者を搾取することを大幅に規制してはじめて、貧富の差の拡大を防ぐことができるからです。そうしてはじめて、財産権を実質化できるのです。

自由主義や財産権の保障を、無制限な競争至上主義と考えるのは誤りです。憲法が保障する財産権は、人権をもつすべての人が円満に生きることができる内容として保障されているのです。ですから、ワーキングプアや派遣切りなどをなくすために、たとえば企業に残った巨額の内部留保を雇用確保の原資に充てるような規制をしたとしても、それは憲法の精神に反するどころか、むしろ適合するものといえます。

Q6 憲法は、誰の財産権でも大幅に制約することを認めているのですか?

A6 憲法が財産権を大幅に制約することを認めている理由は、貧富の差を解消し、経済的弱者を救済するためです。ですから、誰の財産でも大幅制約ができるわけではないことに注意する必要があります。

財産権を天賦不可譲としたのはJ・ロックです。当時は、生産手段と労働とが分離していませんでした。そういう時代に、自分が働いて手にした財産をその人だけのものとして保障すれば、労働者の生存も同時に守られたのです。

ところが、現代社会は生産手段と労働とが分離した時代です。こういう時代では、大企業と、生存に密着した小生産者や労働者とでは、財産権を保障する意味が全く異なります。社会の大多数の人々の自由を実質化するためには、大企業の財産権を大幅に制約する必要がありますが、労働者や小生産者の財産権を大幅に制約してしまっては、その個人の生存すら脅かすことになりかねないのです。

そのような観点からは、たとえば健康で文化的な生活を営むのに必要な「個体的生存のための財産権」は手厚く保障しながら、大企業の「資本家的所有」に対しては大幅な制約が認めるという考え方も有力に主張されています。

憲法第25条) すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
憲法第26条) すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、これを無償する。
憲法第27条)全て国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。
2 賃金、就業時間、休息その他の勤務条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3 児童は、これを酷使してはならない。
憲法第28条) 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
憲法第29条)財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

貧困問題は、人権問題だということを理解し、
そして広く一般に理解がされれば、
社会における経済的弱者への視線や救済への動きはかわってくるように思いますが、
みなさんはどう考えますか? 
伊藤先生への憲法に関する質問もお待ちしています! 
どんどんお寄せください。
ご意見フォームへ

ご意見募集

マガジン9条