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雨宮処凛がゆく!

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あまみや・かりん北海道生まれ。愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカルなどを経て作家に。自伝『生き地獄天国』(太田出版)のほか、『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎)、『EXIT』(新潮社)、『すごい生き方』(サンクチュアリ出版)、『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社)、『生きさせろ!〜難民化する若者たち〜』(太田出版)など、著書多数。現在は新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。非正規雇用を考えるアソシエーション「PAFF」会員、フリーター全般労働組合賛助会員、フリーター問題を考えるNPO「POSSE」会員、心身障害者パフォーマンス集団「こわれ者の祭典」名誉会長、ニート・ひきこもり・不登校のための「小説アカデミー」顧問。「週刊金曜日」「BIG ISSUE」「群像」にてコラム連載。雨宮処凛公式サイトhttp://www3.tokai.or.jp/amamiya/

生きさせろ!
雨宮処凛の闘争ダイアリー

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「フツーの仕事がしたい」と
フリーターの中国派遣。の巻

「フツーの仕事がしたい」の土屋トカチ監督と。

 先週の土曜日、土屋トカチ監督の「フツーの仕事がしたい」という映画の上映会で監督と喋ってきた。「フツーの仕事がしたい」は、トラック運転手のドキャメンタリーだが、その労働形態はあまりにも凄まじい。映画のキャッチコピーは「21世紀に蘇る、リアル『蟹工船』」。それがちっとも大袈裟に思えないほど壮絶だ。ある月の労働時間は552時間。計算すると、1日の休みもなく働いたとしても、労働以外の時間は1日あたり5時間ほどしかない。その5時間には睡眠時間も含まれる。一体どういうことだろう。一ヵ月家に帰れず、セメントを運び続けたこともある主人公のKさんは36歳。限界を感じたKさんは、労働組合に加入。しかし、ここからがまたしても壮絶だ。会社ぐるみの組合脱退の強要。会社が雇った(?)「暴力団っぽい怖い人」は、なんとKさんのお母さんの御葬式の場にまで乗り込んできて、組合を脱退させようと強要する。だけど、Kさんは諦めない。しかし、連日の過労からKさんはある日倒れ、生死の淵を彷徨うことになる。

 この映画には、運送業の下請けの残酷すぎる実態が描かれている。40度の熱があるのに会社が休ませてくれず、事故を起こして亡くなってしまった運転手。会社の都合でどんどん下げられる給料。信じられないような長時間労働。そんなボロボロの状態の運転手が、今日も日本中を走っている。私たちの生活の便利さや快適さは、そうやって死にそうな状態で働く人々に支えられている。「フツーの仕事がしたい」は、ポレポレ東中野で公開中なので、ぜひ見てほしい。

 それにしても、この映画のタイトル「フツーの仕事がしたい」という言葉があまりにも「今」を象徴していると思うのだ。私の講演タイトルなどでも「フツーに生きさせろ」「フツーに働かせろ」という言葉が多く使われる。普通に働いて、普通に生きられること。今はそれが本当に一部の人にしか叶えられない「夢」になってしまったという現実。

 少し前、例えば10年、15年前は、「フツーの仕事がしたい」なんてことは夢でもなんでもなかった。それどころか、普通の仕事をして普通に働いて普通に生きることは、どこか否定的にさえ見られていた。フツーの仕事じゃなく「特別な仕事」、フツーの生き方じゃなく「特別な生き方」、そんなスペシャル感を多くの人は求めていたはずだ。

 時代はいつのまにか大きく変わっていたのだ。だって、20年前の「若者」が得られたであろう多くのものを現在の若者は得ることができない。普通に正社員の職、結婚、家庭、子どもを持つこと、貯金、そして住宅ローンを組んで手に入れた家、などなど。秋葉原事件の時も、思った。犯人が「ツナギがない」と暴れたというエピソードを知った時だ。彼は働きたくて、派遣だってなんだって今の職場で働き続けたくて、キレた。少し前の時代の若者なら、働きたくなくてキレたのではないだろうか。犯人は自分の仕事を「誰にでもできる簡単な仕事」とネットに書き込んでいる。「誰にでもできる簡単な仕事なんてやってられるか!」とキレるのではなく、その仕事にしがみつき続けたくてキレた21世紀の若者。

 最近、ある人から驚くべき話を聞いた。ある派遣会社に登録した人が、中国に派遣されたという話だ。渡航費やビザ代なんかもすべて自分持ち、仕事はコールセンター、時給300円。数年前まで、コールセンターの多くは沖縄にあるというのがワーキングプア界では常識だった。最低賃金が安いからだ。しかし、今は日本のコールセンターが中国に行き、そこで日本人のフリーターが働いているというわけである。時給は沖縄の比ではない。なんたって日本の最低賃金に縛られないのだから。が、渡航費は自分持ちで時給300円なんて、本当に「蟹工船」みたいな話だ。着いた時点で多くの場合は借金が発生しているだろう。

 9月11日の朝日新聞では、人材派遣の代理店を通してイラク軍の基地で料理人として働いたジャーナリストの安田純平さんのことが紹介された。イラクにはネパール人やインド人などの「出稼ぎ労働者」が多くいるという。そのうち、派遣先・海外なんてのが日本でも当り前になり、なんか知らないうちに「稼げる」とか騙されて気がつけばイラク、なんてことになってるのかもしれない。貧困と戦争は、こうしていつも繋がる。

 そういえば、最近、私のフリーター時代の友人も中国に行った。なぜ行くか聞きそびれたけれど(というか「なんで?」と聞いても教えてくれなかった)、もしかしたら派遣だったのかも・・・と今さら気になって仕方ない。

 そう、友人ということで言えば、ホームレスになった友人とは無事連絡が取れ、「首都圏生活保護支援法律家ネットワーク」の電話番号を伝えることができた。何かあったらすぐ連絡するように言ったので、とりあえずは一安心といったところだ。

 それにしても、今後、「海外就職」みたいなことは増えていくだろう。日本にいてもどうにもこうにもワーキングプア、そこに「海外で働きませんか?」なんて言われたら飛びつきたくなる気持ちはわかる。「語学研修が受けられる」なんて謳い文句も多い。が、実態は相当お粗末なようだ。こうして国境を超えて、「どん底への競争」がますます加速している。

「フツーの仕事」が、普通に手に入らないというこの異常な状況。
『蟹工船』は、ますます「過去の大変なお話」ではなくなりつつあります。

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