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雨宮処凛がゆく!

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あまみや・かりん北海道生まれ。愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカルなどを経て作家に。自伝『生き地獄天国』(太田出版)のほか、『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎)、『EXIT』(新潮社)、『すごい生き方』(サンクチュアリ出版)、『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社)、『生きさせろ!〜難民化する若者たち〜』(太田出版)など、著書多数。現在は新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。非正規雇用を考えるアソシエーション「PAFF」会員、フリーター全般労働組合賛助会員、フリーター問題を考えるNPO「POSSE」会員、心身障害者パフォーマンス集団「こわれ者の祭典」名誉会長、ニート・ひきこもり・不登校のための「小説アカデミー」顧問。雨宮処凛公式サイト

雨宮処凛の闘争ダイアリー
雨宮処凛の「生存革命」日記

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もの言わぬロスジェネ。の巻

 唐突だが、まずはひとつ告知をさせてほしい。
 この原稿がアップされる頃、私の小説『バンギャル ア ゴーゴー』が文庫になって書店に並んでいるはずだ。06年の単行本発売から3年。上下巻合わせて4200円と「高額」だったこの作品が、全3巻の文庫になり、一冊695円となった。自分で言うのもなんだが、大好きな作品だ。ぜひぜひ、書店で手にとってほしい。

 ということで、本題。
 最近、毎日新聞(09/8/5)に「『ロスジェネ』は誰に投票するのか? 痛みとプライドの狭間で」という原稿を書かせて頂いた。05年の郵政選挙の際には「貧しい若者が自分の首を絞める結果となるのに小泉を支持した」なんてバッシングされたわけだが(というか小泉を支持したのは何も「若者」だけではないが)、それでは今回の選挙ではどうなるのか、というテーマである。
 この4年、貧困問題などが深刻になる一方で、プレカリアートやロスジェネが立ち上がる、という喜ばしい動きもあった。しかし、今も「立ち上がらないプレカリアート」「無関心なロスジェネ」の方が多数派だという現実がある。彼らの中には、自分たちが貧乏くじを引かされたという思いはある。が、「こんな厳しい時代だから自分だけは競争に勝ち抜かなくては」という思考回路が刷り込まれてもいる。同世代のネットカフェ難民などの姿が「過酷な労働環境にしがみつく原動力」となってしまっているような構図だ。そうして原稿の最後に、私は書いた。

 「ロスジェネには、痛めつけられてきたという実感がある。だけど、社会や政治のせいにしたくない、という強烈な縛りもある。いわば具体的な『痛み』と、それでも『自分だけは勝ち抜いていける』という切実なプライドの間で彼らの気持ちは揺れている。日々ふたつの気持ちに引き裂かれている大半の『もの言わぬロスジェネ』がどんな投票行動を取るのか、そこにもっとも注目しているのだ」

 しかし、最近、この「もの言わぬロスジェネ」「もの言わぬプレカリアート」について、ものすごーく考えさせられる文章を読んだ。それは「エロスジェネ」(ロスジェネ3号)に掲載された『「幸せになりたい」ルポ 大分・キャノン 派遣カップル』(文・藤田和恵)だ。タイトル通り、大分キャノンで働く「派遣カップル」を紹介したこの文章に登場するのはナオミさん(40歳)とハジメさん(39歳)。製造業の派遣・請負の求人誌には、よく「カップルで働けるお仕事ご案内」などの言葉が踊る。中には「託児所」(ものすごく高い)があることを謳っているものもある。そうして夫婦やカップル、時には子連れで全国を転々としている人々がいるのだが、ナオミさんとハジメさんも、4年前、恋人同士として大分にやってきたのだ。そうして2人は4年間、請負会社に言われるままに県内の工場を転々としてきた。が、09年1月、「雇い止め」に遭ってしまう。請負会社の寮だったワンルームを追われ、6畳一間の木造アパートに引っ越した2人。ナオミさんの財布にあるのはわずか700円。携帯電話の契約も解除されてしまった。が、その2人には、政治に対する「怒り」などない。まったく見えない。

 著者が衆議院選挙について話しても、二人は今まで一度も選挙に行ったことがない、そもそも、住民票を移していないから行けない(ちなみに最近、ある自動車工場で派遣で働いていた人に聞いたのだが、派遣先から「住民票をこっちに移すな」と言われていたらしい)と言う。そうしてシンイチさんは言うのだ。

 「政治には何も求めてない。政治家は信用ならん。誰がなっても同じ」

 そうしてナオミさんはこう言った。
「小泉(純一郎元首相)さんはよかったよね。いろいろと変えた感じがする」

 それを聞いて著者は書く。

 「往時の規制緩和政策の割を食わされている彼女が、いまだに小泉元首相を評価する姿は、少しショックだった。
 彼らは『小泉・竹中の構造改革』はもちろん、彼らと同世代がかかわる『雨宮処凛』『蟹工船ブーム』『ロスジェネ』『ネット右翼』についても、一様に『何、それ? 』『聞いたことない』とそっけない。
 政治への無関心や、政治家や政策を『好き』『嫌い』の気分で判断する風潮は、今に始まったことではない。若者に限ったことでもない。それでも、派遣カップルたちの口からこぼれてくる政治や社会との断絶ぶりは、同世代と比べても際だっているようにみえる。二人の絆さえ固ければ、それ以外のことには興味がないのか。あるいは、そうではなく、社会や政治から取り残されていることへの焦りがあるからこそ、シンイチはことさらに政治不信をぶちまけたのか」

 この文章を読んで、「もの言わぬロスジェネ」が「痛み」と「プライド」に引き裂かれているどころの騒ぎではないのかもしれない、と思った。とてつもない「断絶」がいつの間にかこの国にはできている。よく、製造派遣での生活を指して「地上の蟹工船」なんて言われ方をする。工場と寮とパチンコ屋とサラ金、という半径数キロのところからなかなか出られなくなっていく状態を指しているのだが、派遣カップルが「蟹工船ブーム」など知らないように、本当の当事者の多くは「蟹工船」など読んでいない。というか、田舎であればあるほどブックオフはあっても書店はない。結局、「蟹工船ブーム」も運動も、都会の、ある程度「文化資本」の高い人でないと「辿り着く」ことさえできない。情報を聞き齧ることさえない。というか、「役に立」ってもいない。少しでもなんらかの影響があれば、小泉を評価する言葉が漏れてくることはないだろう。そしてこういった「小泉さんってよかったよね」的イメージを漠然と持つ層は、私が思うよりも多い気がするのだ。
「エロスジェネ」を読んで、何か激しく考えさせられたのだった・・・。

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「地上の蟹工船」でさえないのかもしれない、
とてつもなく深い「断絶」が生まれつつある?
それはもしかしたら、ものすごく怖いことなのかもしれません。
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