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雨宮処凛がゆく!

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あまみや・かりん北海道生まれ。愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカルなどを経て作家に。自伝『生き地獄天国』(太田出版)のほか、『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎)、『EXIT』(新潮社)、『すごい生き方』(サンクチュアリ出版)、『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社)、『生きさせろ!〜難民化する若者たち〜』(太田出版)など、著書多数。現在は新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。非正規雇用を考えるアソシエーション「PAFF」会員、フリーター全般労働組合賛助会員、フリーター問題を考えるNPO「POSSE」会員、心身障害者パフォーマンス集団「こわれ者の祭典」名誉会長、ニート・ひきこもり・不登校のための「小説アカデミー」顧問。雨宮処凛公式サイト

雨宮処凛の闘争ダイアリー
雨宮処凛の「生存革命」日記

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韓国・徴兵制なんて嫌だ!
ある若者の闘い。(その2)

 10月5日、新政権は緊急雇用対策の方針を打ち出し、また同日、長妻厚労相が「貧困率調査」をすると発表した。

 年末に向けた緊急雇用対策ももちろんだが、「貧困率調査」は、反貧困運動側がずーっと要求し、私も政治家に会うたびにお願いしていたことなのでなんだか感慨深い。そういえば湯浅さんと鳩山氏に会いに行った時も「貧困率調査を」とお願いした。それが実現に向けて動き出すのだ。ここからの動きを注視したい。
 ちなみに10月17日、「反貧困世直し大集会 ちゃんとやるよね? 新政権」が開催される。詳しくはこちらで。  さて、ここからは前回の続きだ。

 84年生まれのキム君は釜山出身。お父さんの仕事の都合、というか「夜逃げ」などで、小さな頃から韓国内を転々としてきたという。
 徴兵制については、小学生の頃から疑問を感じていた。

 「行く意味があるかっていうのはその頃から考えてました。みんな悩みはすると思います。でも、行かないと社会的には男じゃないっていう」

 韓国社会では「徴兵に行かないと正社員になれない」という具体的な実害もあれば、親や親戚の目、「男じゃない」「一人前じゃない」というような社会の冷たい視線に晒されることにもなる。
 そんなキム君が徴兵に対して行動を起こしたのは高校生の時だというから早い。が、高校生で既に「重要な選択」を迫られていた。

 「その当時は、高校卒業していない状態だと、徴兵が免除された。だからわざと高校辞める人もいたんですよ。だから今高校辞めないと徴兵ヤバくなるだろうって」

 ちなみに免除された場合は「公益勤務」という形で、地下鉄の職員や事務労働などにつくのだという。これは身体に問題がある人などにも適用される。
 キム君は、その頃からとりあえず海外に出てみるということを考えていた。海外に行けば、25、6歳までは徴兵の延長ができるという。が、大学2年の時点で海外に出たとして、そこの国の言葉を学んで大学に入って資格を取ったりすることを考えると、どうしても時間が足りない。そうして彼は「高校2年になる前に対策を考えた方がいい」と思い至る。また、中学・高校を通して教師の体罰の問題もあった。

 「中学でも高校でも、軍隊式で殴られました。学校の教師も軍隊に行ってるわけだから、中には自分が軍隊でどう殴られたか語りながら殴るやつもいる、俺は怖いから気をつけろとか言うやつに『そんなのが自慢かい』と独り言をいったのが聞こえたので試験の途中で大変殴られたことが高校をやめるきっかけでした」

 が、「高校を辞めたい」と言うと、当然親は反対。

 「とにかく高校は卒業しなくちゃいけない、みんなと同じことしなきゃいけない、その方が絶対いい人生になるとか言うんです」

 そうしてキム君は、「リベラルな学者」のもとに家出。たまたま友人のお父さんが「リベラルな学者」だったのだ。結局、その人が両親を説得してくれたという。
 そうして目出たく高校を辞められたわけだが、ロックが好きなキム君には「イギリスの学校に行きたい」という希望があった。しかし、そのためには高校の卒業資格が必要だ。が、高校の卒業資格を取ってしまうと自動的に徴兵の対象となる。ということは、卒業資格を取らずにこのまま行けば18歳で徴兵の身体検査があり、その半年後くらいには公益勤務に回されて3年間を過ごすことになる。

 「それで5、6年無駄にしたって、負けじゃないか、意味があるのかって思って」

 そうしてキム君はイギリスの学校に行くため大検を取得。その瞬間、徴兵の対象となった。

 「そこで闘うと決めました。徴兵と最後まで闘って、負けたらしょうがないけど、もしそれで何か変化があったり、自分が行かないことになったらすごい意味があると思う」

 17歳。キム君はイギリスの美術学校に留学した。
 しかし、徴兵に行っていない若者が海外に出ることは韓国では大変なことである。

 「当時、海外に行く人間が逃げないようにするために、イギリスに行く時は保証人が3人以上必要でした。それと税金を払っているかの証明書を親とかが出す。お金がない家庭の人は保証人も増やさなきゃいけなくて、貧乏な友達では保証人を6人立てた人もいました」

 また、徴兵に行く前だとパスポートの有効期限も異様に短い。これも逃亡防止のためであろう。

 「1年間のパスポートが出るんですけど、後ろにはこのパスポートの有効期限は3ヵ月ですって書いてある」

 旅行の場合、1年以上のパスポートでないと入国させてくれない国のために期間は1年となっているのだが、実際は3ヵ月しか使えないのだという。それを有効にするためには、3ヵ月ごとに大使館に届け出をして判子を押してもらうという手続きが必要となる。やはり逃亡防止だ。キム君は一度、その「3ヵ月に一度の届け出」に1日遅れたことがあった。なんとその時には、「自分の親と保証人と親戚全員」に電話があったという。逃げられたと思ったらしい。何か、ヤミ金なみの執拗さではないか。これを「国」がやってるんだから怖い。

 では、本当に逃げた場合はどうなるのか。

 「帰ってこなかった場合は、罰金5000万ウォン(日本円で400万円くらい)。当時はそれを保証人が払わなきゃいけない」

 05年にこの制度は廃止されたそうなのだが、当時は海外にいても、家族を人質に取られているようなものだったのである・・・。
(以下、次号)

キム君がかかわっている「韓国の徴兵制について考える」グループ「PANDA」のサイトはこちら。
http://panda1panda2.web.fc2.com/

「今は廃止された」とはいえ、
これがつい数年前、つい隣の国であったことだとは。
私たちが「何も知らない」ことを改めて痛感します。
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