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「マガ」と「ジン」のコラムリコラム
第11回:日本に“ハリー・ポッター”がいない理由

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ジン もちろん『ハリー・ポッター』は知っているよね。それと関係あるようなないような、面白い記事を見つけたよ。

マガ 妙な言い方だね。関係あるの、ないの?

ジン ビミョー、ってやつかな。『ハリー・ポッター』そのものには関係ない。でも、あの俳優は知ってるよね、ダニエル・ラドクリフくん。

マガ うん、ほんの子役から始めて、今じゃ立派な青年になってしまったけど。

ジン そう、彼もいつの間にか20歳になっていたんだね。『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001年)で大ヒットを飛ばしたのが11歳のころだから、成長していて当然なんだけど。

マガ そのラドクリフくんがどうかしたの?

ジン 彼が雑誌のインタビューで、かなり政治的な発言をして、周囲を驚かせている、という記事なんだ。朝日新聞の7月30日付けの国際面に載っていたんだけど、以下、引用してみるね。

<見出し 「保守党が右派と露呈した時、左派再生」
      ハリー・ポッター 素顔は辛口

本文 (前略)ブラウン首相の労働党や2大政党の保守党を批判。来年6月までに実施される下院選挙では中道左派の自由民主党に投票することを明らかにした。  ラドクリフさんは、自身がリベラルな左派系の考えを持つことを明かした。若者が投票に行かなくなった理由について「政治家がみんな中道に寄って政策が似てしまい、誰に入れても同じになってしまった」とするどく指摘した。

労働党のブラウン首相については「長く首相になりたいと待ち、なったとたんにその器でなかったと気付くのは悲劇だろう」とバッサリ。
 次の総選挙では保守党の勝利が確実視されるが、「保守党はいったん政権につくと実際よりも右派だと露呈する。そのとき正しい左派が再生するだろう」と評論家ばりの予測を披露。支持を表明した自由民主党については「支持者全員が投票すれば、一夜で政治は変わり、適切な3大政党制生まれるだろう」と話した。(後略)>


どう? けっこう面白いだろ? 20歳でここまで言える若者はなかなかいないよ。それに、俳優なんて仕事をしていれば、あまり角が立つような発言は避けるものだけど、はっきり言い切っているところが凄いだろ?」

マガ うん、見直したなあ。ただの子役じゃなかったんだ。でも、イギリスじゃ自由民主党は中道左派なんだね。知らなかった。国が違えば、政党の名前もさまざまなわけだ。

ジン ロシアの自由民主党は極右だしね。それはともかく、ラドクリフくんは俳優の仕事の傍ら、とても熱心な読書家らしく、しかも哲学や政治学の本なんかも片っ端から読んでいるらしい。

マガ しかし、この記事の内容は、なんだか日本の状況に似ているような気がしない? だって「政治家がみんな中道に寄って政策が似て、誰に入れても同じ」なんて、民主党も自民党も同じようなマニフェストを掲げている、いまの日本の選挙戦そのものじゃないか。

ジン ほんとにそうだね。「長く首相になりたがっていて、なったとたんその器でないことに気付く」なんて、すぐに麻生首相の顔が浮かんできてしまう。ただ、麻生さんの場合、自分では首相の器ではないということに、いまだに気づいていないところが違うけど、あはは…。

マガ 笑っている場合じゃないよ。それにしても、政治っていうのは、どこの国も同じようなものなのかなあ。しかし、この若さでここまで考えている、というのはほんとうに偉い。政治状況は似ているにしても、イギリスではこんなことをはっきりと言うラドクリフくんのような俳優さんがいる。じゃあ、日本にラドクリフくんはいるのか。

ジン そこなんだよね、問題は。日本ではこういう政治的な発言をする人気者はほとんどいない。本人たちは考えていたとしても、発言を許さない土壌があるんだ。

マガ 許さない土壌って、何なの?

ジン それは、テレビという化け物だよ。テレビは、タレントたちが政治的発言をするのを極端に嫌う。それを知っているから、芸能事務所は所属タレントに、絶対と言っていいほど政治的発言をさせない。してしまうと、テレビ局から出演を干されてしまう可能性が強いからなんだ。

マガ なんで、テレビ局が?

ジン テレビ局の後ろで、自民党が目を光らせているからだよ。放送法という法律があって、テレビ局の放送免許の許認可権というのを、政府が握っている。この免許を取り消されれば、テレビ局は放送を続けられなくなる。つまり、テレビ局の生殺与奪の権限を、監督官庁の総務省が握っているわけだ。そして当然、総務省は政府与党、つまり自民党の意志どおりに動く。そういう仕組みになっている。

マガ それはつまり、テレビの中でタレントが政府や自民党の意に添わない発言をすれば、政治的な圧力がかかってくる、ということなの?

ジン そう考えて間違いない。例ならたくさんある。その一つが有名な「前田武彦のバンザイ事件」というやつ。

マガ なにそれ?

ジン 1970年代に一世を風靡した人気歌番組に「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ)というのがあった。その司会者が当時人気抜群の前田武彦、通称マエタケさんだった。彼は熱心な共産党支持者で、選挙でも共産党を応援していたんだが、1973年のある選挙で「自分が応援している候補者が当選したら、番組中にバンザイをする」と関係者に約束していたらしい。で、当選したのでバンザイをした。その出演時には理由を言っていないので、なんでバンザイしたのか誰にも分からなかったが、後で理由が判明してしまう。これが原因で、彼は番組を降ろされ、この後しばらくは、テレビのみならずラジオなどほとんどあらゆるメディアから完全に消されてしまったんだ。これはかなり有名な事件で、この後、テレビの中で政治的な発言をするのは、一種のタブーとされるようになってしまったんだ。

マガ それは、政府筋からの圧力だったの?

ジン 実際に命令したのは当時のフジサンケイグループ会議議長の鹿内信隆氏だったと言われている。しかし、鹿内氏は自民党と太いパイプを持っていたから、実際は自民党筋からの要請だったのではないかと見られている。

マガ なるほど。そういう背景があったのか。それじゃ、確かに怖くて、タレントさんたちも政治的発言なんか控えてしまよね。テレビに出られなくなったら、みんなから忘れられてしまうという恐怖感があるからね。

ジン たとえば、SMAPとかTOKIOの誰かとかが、きちんと自分の政治的信条を言えるようになったら、日本の風土というのもずいぶん変わるような気がするけどね。今の日本でそういう発言が出来るのは、主に舞台で活躍している俳優さんとか、坂本龍一さんのように世界で活動していたり、もしくはある程度の大御所になってもうあまりテレビ局の鼻息をうかがわなくてすむようになった人、たとえば沢田研二さんとか、テレビの恩恵をそれほど被っていないミュージシャンなどの、ほんの一部の人たちに限られている。

マガ しかし、例えば今でも「やしきたかじんのそこまで言って委員会」なんかのように、政治的な過激発言で人気を得ている番組だってあるじゃないか。

ジン そこが圧力の圧力たる所以だろう。この番組は、言ってみれば左派・野党叩き。これを喜ぶのは誰か。そこを考えてみれば分かる。

マガ そういえば、安倍晋三氏や中川昭一氏なんかのグループのNHKへの圧力はそうとうなものだったようだものね。

ジン 従軍慰安婦問題を扱ったNHK「問われる戦時性暴力」(2001年1月放送)をめぐる裁判では、「(NHK側が)必要以上に重く政治家の意図を忖度(そんたく)し」と、最高裁判所が認定している。少なくとも、NHK側が安倍氏や中川氏の意見を忖度、つまり考慮して番組内容を改変したことは認めているわけだ。安倍氏らの意図がどうであれ、これを圧力とNHKの上層部は受け止めたわけだよ。政治家が番組内容に介入したりするのは、絶対に許してはいけないこと。放送法第3条にも「放送番組は、法律の定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と定められている。あの問題での安倍氏らの行動が「法律の定める権限に基づ」いていたとは思えない。明らかに、放送法にも抵触する行為だったんだよ。

マガ ところが最近また、NHK「アジアの“一等国”」(09年4月5日放送)をめぐって、同じような問題が起きているって言うじゃない。

ジン うん、またも安倍氏らのグループの存在が絡んでいるらしい。もちろん、誰だってテレビ番組を批判するのは自由だ。でも、それを政治家が行うときには、もっと慎重でなければならないはずなんだ。少なくとも、権力を嵩に着た圧力であると感じさせてはいけない。確かに放送法の3条の2には「政治的に公平であること」という定めもある。安倍氏らは、この条項に番組が違反したと言いたいのだろうけど、それはきちんと精査した上で法律的に違反しているなら訴えればいいこと。それを、そういう段階を踏まずに直接番組批判をNHK幹部にぶつければ、これは明らかに法の精神さえ逸脱していることになる。

マガ でも、今度の選挙でもし政権交代が起きたら、そんなテレビ局への政治的圧力は減るんだろうか?

ジン それはなんとも言えない。民主党が自党に批判的な意見をどう受け止めるか。民主党が、自民党と同じような行動に出ない保証はないからね。だからやはり、放送法の見直しを行って、政治家や権力のテレビ番組への介入など、絶対にできないように改めるべきだと思うな。

マガ それでなくとも、権力に擦り寄るメディアが多いんだからね。

(放光院+α)

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