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鈴木邦男の愛国問答

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自他共に認める日本一の愛国者、鈴木邦男さんの連載コラム。
改憲、護憲、右翼、左翼の枠を飛び越えて展開する「愛国問答」。隔週連載です。

すずき くにお 1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ」

『失敗の愛国心』(理論社)

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第33回「国民議員制度」を提案する

 裁判員制度がスタートした。あれだけ反対が多く、心配されたが、好調のようだ。何故か、プラスの面しか報道されてない。「素人感覚」がいい。「国民目線」が新鮮だと。確かに、いい面もあったのだろう。
 だったら、いっそのこと国会議員も裁判員のように選んだらいい。長い間、永田町にたまっていた非常識、悪幣も一掃されるだろう。「素人感覚」「国民目線」が入ることで変わる。無作為で選ばれた人々が国会議員になる。4年で長いのなら2年でも、1年でもいい。選ばれた人は、「えっ、私が?」「困るなー、いやだよ」「辞退したら罰則があるのかなー」と困惑し、不安に思うだろう。
 でも、そういう人こそ国会議員になってほしい。本当の「民意」が表れる。「素人感覚」「国民目線」で見れる。大体、俺が俺がという、「なりたい人間」だけが選挙に出るのがおかしいのだ。又、その「なりたい人間」の中からしか国民が選べない。これもおかしい。不自由だ。
 「出たい人よりも出したい人を」と誰かが言ってたじゃないか。今のままでは、「なりたい人」「出たい人」ばっかりだ。自分で自分のことを誉め、自慢する。「私がやれば、世の中は変わりますよ」と嘘をつく。虚言症と自信過剰と妄想の人しか国会議員になれない。謙虚で、大言壮語しない。他人の悪口を言わない… それが日本人の美徳だったのに。だから、非「日本」的な人ばっかりを「日本」の代表として選んできたのだ。
 本当に「出したい人」は出ない。暑い中、車の上で叫び、いかに自分が優れているか、偉いか、正直かを言う。自分たちの党はどれだけ立派かを絶叫し、1日何千、何万人と握手し、「お願いします」を繰り返す。正常な神経の人なら耐えられない。

 出たい人、なりたい人はもういい。いらない。国会議員は全員、国民の中から無作為に抽出する。これでこそ、本当の「民意」だ。学生もなるだろう。フリーターもなるだろう。養老院に入ってる人もなるだろう。ヤクザもいる。右翼もいる。極左過激派もいる。警察官もいる。自衛隊もいる。皆、2年間は休職して、議員になってもらう。国民の全体の「縮図」だ。一番の民意反映だ。文句がないだろう。
 「国会議員全部」がそうなったら不安だという人のために、1割位は今までの旧いタイプのプロ議員を残してもいい。民主、自民、公明、社民、共産… と、各5人位は残す。そう、テレビ討論会に出ている人たちだ。これは「看板」として残し、毎日テレビに出て激論し、お笑い芸人と一緒になって歌ったり、お芝居してたらいい。でも、それは一つの「参考」だ。それを参考にして国会で決めるのは「国民議員制度」で選ばれた素人の方々だ。それでいい。

 それでもまだ不安ならば、全ての法案について、国民投票制にする。国民全てがネットで投票する。一瞬にして分かる。これで文句はないだろう。いや、「国の重要な法案を素人が決めていいのか」と言う人もいるだろう。でも、素人のために政治があるんだ。素人の幸せを考えるのが政治なんだ。裁判だって、これからは極刑判断も予測される。冤罪かも分からない人に、「死刑!」なんて言うんだ。覚醒剤をやった芸能人には「我々の夢を壊した。死刑!」と判決するかもしれない。それに比べたら、国会はまだいい。人を殺したりはしない。「素人感覚」でいいんだよ。

 「今週の提案」はこれでおしまい。どうも、やけになって、こんなことを考えついたようだ。民主党の圧勝は嬉しいけど、僕の応援し、期待していた社民党の保坂展人さんは落ちた。自民党の井脇ノブ子さんも落ちてしまった。残念だ。二人とも苦労に苦労を重ねて議員になった。他人の痛みが分かる政治家だった。二人とも、首相になってほしかった人だ。
 「わしが首相になったら鈴木君を法務大臣にする」と井脇さんは言ってくれたのに。そうなったら、死刑を廃止し、「時効廃止」を廃止したのに。デモ、集会、ビラ配り、チラシ配り… は無制限に自由にする… と、いろいろ考えていたのに、全ては夢になってしまった。

 そうだ、元警視庁刑事の北芝健さんと先日対談した。最近よく会っている。これだけ有名になると、「選挙に出てくれ」という誘いがあるだろう。そう思って聞いたら、かなりあると言う。「でも、全て断っています」。そうだよな、「なってもらいたい人」は皆、断るんだ。でも、条件をつけて受けたらよかったのに。法務大臣にするんなら、出てやる。とか。「そうか、その手があったか」と北芝さんは言っていた。「僕が法務大臣になったら、鈴木さんを国家公安委員長にしますよ」と言う。うん、これも面白いな。デモ、集会は全て自由にする。ジグザグデモ、フランスデモも奨励し、復活させる。これは残すべき「日本文化」だ。各大学には「学生運動」の課目をつくり、必須単位にする。学生運動の歴史を学ばせ、「実技」もやらせる。デモ、アジ演説、内ゲバも「体験」させる。火炎瓶投擲も学内で実験させる。左翼を養殖し、育てるようなものだ。そして、野性に戻す。そうしたら、日本も又、60年代後半のような夢と活気に満ちあふれた、激動の時代になるだろう。
 今、学生運動はない。細々とやっているとこも、大学側が嵩にかかって弱い者いじめをしている。法政大学なんて、立て看板を出した位で、大学側が警察を呼び、逮捕させている。「教え子」を警察に売り渡すなんて、教育者にあるまじき行為だ。私が国家公安委員長になったら、こんな大学側の人間こそ逮捕させる。「教育放棄」の罪だ。そして、左翼、右翼を絶滅の危機から救う法律をつくる。手厚く保護する。

 大阪読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」で先月、田母神俊雄さん(前自衛隊航空幕僚長)に会った。この人も有名人だから、選挙に出てくれと誘いが随分あるという。それも自民党だ。でも、空幕長のクビを切ったのは自民党だろうが。それなのに苦しくなると「選挙に出てくれ」だ。節操がない。だから負けるんだ。宮崎の東国原知事に「自民党総裁にするんなら出てやる」と言われるし。でも、こんな大惨敗するんなら、東国原知事を総裁にすればよかった。

 そうだ、田母神さんの話だ。選挙の誘いは「全て断ってます」と言っていた。だから言ってやった。「防衛大臣にするんなら出てやる。と言えばよかったのに」。いいじゃないか。空幕長をクビになって、今度はさらにその上の役職になって戻ってくる。これが本当の敗者復活だ。復活じゃないか。さらにその上になるんだから。
 でも、自民は大敗した。北芝さんも、田母神さんも、もう声がかからないだろう。あるいは、自民の敗者復活をかけて、又、声をかけてくるかな。

司法に「素人感覚」が必要なのなら、
政治にも同じことが言えるかも?
「国民議員制度」、あなたはどう思いますか?
ちなみに、鈴木さんの「法務大臣になったら」の夢は、
こちらで詳しく読めます。

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