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2011-05-11up

鈴木邦男の愛国問答

第74回

3・11以後の改憲論議

 5月3日は憲法記念日だった。そのことさえ、すっかり忘れていた。そんな人が多いだろう。東日本大震災、福島原発事故で、憲法記念日も吹っ飛び、憲法論議も〈自粛〉したのだろう。
 と、思っていたら、実際は、改憲派・護憲派の集会が各地で開かれたようだ。5月4日の新聞で知った。両方とも、大震災・原発事故を受け、「だから改憲を」「だから憲法を守ろう」という主張が多かったようだ。客観的に見ると、〈国難〉をバネに、「憲法に非常事態条項を盛り込め」という改憲派の方が勢いがあるようだ。
 〈戦後のわが国は「平和憲法の名の下に、国家が緊急事態に対処する法体系を整えることをタブー視してきた」と指摘した〉
 これは、憲法改正を目指す「『21世紀の日本と憲法』有識者懇談会」(民間憲法臨調)の集会での提言だ。産経新聞(5月4日付)に載っていた。この集会では、西修駒沢大元教授が現政権を批判して、こう発言した。
 〈今回の菅直人内閣の危機対応はお粗末極まりない。有事を想定しない現行憲法の下で、平和と安全の神話に浸ってきたからだ〉
 「平和ボケ」している憲法と現政権を断罪している。又、「新しい憲法をつくる国民会議」(自主憲法制定国民会議)では、
 〈憲法に「緊急事態宣言・危機管理規定」を新設し、指揮権が首相にあるとの明文規定を置くべきだとする決議を採択〉
 したと言う。
 この気持ちは分かる。でも、考えてほしい。誰もが納得できる、有能なリーダーが出るのだろうか。そのもとに指揮権を集中し、「独裁的」にでもやってほしいと思えるリーダーがいるのか。菅首相の前の、鳩山、麻生、安倍、福田…と、みな同じだ。今、首相だったら、もっと叩かれていただろう。いや、叩かれる前に、すぐ辞めただろう。だから、「指揮権が首相にあるとの明文規定」には、かえって反撥が出るかもしれない。それも、改憲論者から。
 「国会議員の仲間うちから首相を選んでいるから、首相の力はないのだ」と橋下徹大阪府知事はテレビで言っていた。仲間うちから選ばれ、その支持しかない。だから、自信を持って行動できないという。自分は大阪府全体の選挙で選ばれた。だから自信を持って行動できるという。首相は、公選制にし、国民全体から選べという。大統領選挙のような形だ。なるほど、これなら「自分は国民から選ばれたのだ。議員の仲間うちで選ばれたのではない」と思い、自信を持って行動できる。
 それは言える。しかし、大阪、東京、名古屋なら面白いキャラクターが出て、知事になってもいいだろうが、首相では…。という反撥も出るだろう。独裁者が出て、戦争にでもなったら嫌だと思うだろうし。
 僕も昔は、強固な改憲論者だったから、どんな事件が起こっても、どんな災害が起こっても、「そらみろ。憲法が悪いからだ」「だから改憲を!」と言ってきた。「憲法は諸悪の根元だ」とも言った。全ては憲法が悪いからだ。憲法を変えれば全てはよくなる…と言ってきた。かなり乱暴な物の言い方だと思う。でも、社会運動は、スローガンにして単純化すればするほど、分かりやすい。人も集まる。運動も伸びる。昔の僕なら、この大災害も改憲運動に大いに利用しただろう。

 一方、「5月3日」の護憲派の運動はどうか。
 〈護憲派が都内で開いた「5・3憲法集会」では、社民党の福島瑞穂党首が「放射性物質が人々の平和的生存権、幸福追求権を脅かしている」と主張。非常事態条項の新設について「とんでもない。制限より被災者の権利回復が大事」と批判した〉
 本当を言うと、非常事態条項については検討してもいいのだろう。でも、少しでも憲法をいじると、9条まで改憲される。それが嫌だから、憲法を守り、その中の権利を主張してるのだろう。それに、9条はいじらないとしても、非常事態条項の名のもとに、国民のいろんな権利が制限されるおそれがある。風評被害を防ぐ、ということで、マスコミやネットなど個人の言論が制限されるおそれもある。「公」のため、「個」は犠牲を甘んじるべきだ。と、なるかもしれない。
 産経新聞では、最後に共産党の主張も紹介されていた。
 〈共産党の志位和夫委員長も、「政府が非常事態に対応できていないのは、憲法のせいではない。(改憲論者は)憲法にぬれぎぬを着せた火事場泥棒だ〉
 うん、これが一番正しいのかもしれないな。と僕は思った。改憲論議は必要だ。それはもっと冷静にやるべきだ。こんな時に、「ほらみろ、憲法のせいだ」などといって、興奮状況の中で改憲されてはたまらない。
 最近、ある保守派の集まりに行ったら、参加者がポツリと呟いた。
 「日本は今、こんなに弱体なのに。でも、どこも攻めてこないな」
 一瞬、何を言ってるのか分からなかった。そうか、軍備のことか。イザという時の備えのために軍隊を持つのだ。僕らはそう教わったし、そう主張した。軍隊がなかったら、すぐに他国に攻めこまれる。憲法に書いてるような「平和を愛する諸国民」など、どこにもいない。スキあらば攻め込もうと虎視眈々と狙ってる国ばかりだ。だから軍備は必要だ。なかったら、すぐに侵略される。そう思っていた。
 ところが今、自衛隊23万のうち、半分の10万以上は東北に行っている。軍備は脆弱だ。「絶好の機会」だ。でも、どこも攻めてくる国はない。「仮想敵国」のロシアも、中国も、北朝鮮ですらも、日本に義援金を送り、「がんばれ!」と励ましている。そうすると、憲法前文も、絵空事だと思っていたが、案外とリアリティのある文章なのだ。さっきも、ちょっと引用したが、こう書かれている。前文のまん中あたりだ。
 〈日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ〉

 「努めてゐる」「思ふ」と、旧仮名だ。これだけでも変えたらいいと思うが、改憲作業に入ると、まっ先に9条を変えられる。「戦争のできる国」にされてしまう。そういう恐怖感が先に立って、旧仮名すら直せない。
 でも、今、この前文を読むと、世界の現状の方が、憲法に近づいてきた。そんな感じがする。昔は、僕は左翼と論争する時、「平和を愛する諸国民」なんてどこにいるんだ。中国、ソ連を見ろ。侵略ばかりしている。そういって、左翼を論破した。しかし、今、日本は軍備がほとんどなくて、いわば丸裸だ。それでも、どこも攻めてこない。「こんな時に攻めたら世界中から批判されるからだ」と言うだろう。でも、世界中から批判されながら、今まで世界中で、侵略は行われ、戦争は行われてきたのだ。
 だからもう自衛隊は必要ない。と言うのではない。今回の大震災の復興は自衛隊の力が一番大きい。「だったら、軍隊ではなく災害救助隊にしたらいいだろう。軍備は捨てて」と言う人もいる。僕も、将来そうなればいいなと思ったことがある。左翼の人の中では、未だに、そう言う人がいる。そうすると、平和憲法を守れるし、軍隊に似ている自衛隊もなくせる。災害救助の部隊があるだけだ。いわば、消防のレスキュー隊のようなものだ。
 でも、先月、大阪のテレビ番組で井上和彦さん(軍事評論家)に会った。井上さんは、「それではダメだ」と言う。単なる災害救助では、とても出来ない。普段から、実践(=戦争)を想定し、命のやりとりを考えて訓練している。だから、大災害の時もあれだけ活動できるのだと。
 亡くなってる人も多い。遺体を背負って歩くこともある。危険をかえりみず、命をかけて飛び込むことも多い。それは〈戦争〉を想定した厳しい訓練を受けてるから出来ることだと言う。なるほどと思った。それに今回「自衛隊は今まで一人も殺してない。それどころか、多くの人命を救ってきた。世界に例のない軍隊だ」と言われた。そうだよな。これは例外的なことだ。でも、「人を殺すのが軍隊だ」と思ってきたが、本当は「自国民を守り、救う」のが任務だ。その意味では、この困難な時に最も自国民を守り、救っているのが自衛隊だ。では、「最も理想的な軍隊」なのか。いや、「軍隊」という概念を超えた存在だろう。だから、名前も「自衛隊」のままでいい。それで、憲法に明記したらいい。「でも、そうしたら、危ない軍隊になる」という不安があるなら、まず、「歯止め」をかける。いわば、国民的合意だ。これは前にも言ったが、徴兵制はしない、核武装はしない、海外派兵はしない。取り合えず、この三点の合意をつくる。その上で、もっと自由で個人の権利を明記した憲法をつくる。あるいは、今のままで全ていいのなら、そのまま認める。そこで初めて「自主憲法」と言われるだろう。自衛隊についてのその合意が出来ないうちは、改憲作業は待った方がいいだろう。と、最近は思っている。

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一時期のように声高に「改憲」が叫ばれることこそ減った最近ですが、
だからこそじっくりとこの問題を考えておきたい、とも思います。
鈴木さんの「憲法」についてのご意見は、
少し前ですがこちらのインタビューにもあります。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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