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2013-05-15up

鈴木邦男の愛国問答

第125回

右からの自民草案反対論

 「オリンピックを東京に」なんて言う資格があるのだろうか。そんなことを考えてしまう。「朝鮮人・韓国人を殺せ!」と叫ぶ民族排外・差別デモが堂々と行われている。これでは外国人を日本に呼べない。又、政治の世界では憲法の「96条改正」が声高に言われている。試合をやる前に、ルールを自分の有利に変えよう、というものだ。フェアーではない。ルール破りの国だ。それなのにオリンピックを呼べるのか。96条改正について、改憲論者の小林節さん(慶応大学教授)ですら、「これは許せない。裏口入学のようなものだ」と言っていた。以前の保守政治家ならば、こんな卑劣な手は使わなかっただろう。堂々と自分の考えを主張し、理解してもらう。そう考えたはずだ。
 現行憲法の96条は「改正」について、こう規定している。
 <この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会がこれを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする>

 ところが、自民党の「日本国憲法改正草案」では、こうなっている。
 <この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決し、国民に提案してその承認を得なければならない。この承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数の賛成を必要とする>

 ハードルがグンと下がっている。「これでは政権交代のたびに憲法改正が行われるようになる」と小西洋之さん(民主党)は言っていた。ネイキッドロフトで5月3日、一緒に出た時だ。そんなに簡単に憲法が変えられてはたまらない。それに「国民投票」のところも、自民党案では、「有効投票の過半数」になっている。どんどんとハードルを下げている。正々堂々と闘おうとする姿勢がない。スポーツマンシップにも反する。
 「逆に、もっとハードルを上げてもいいんじゃないですか」と僕は言った。ネイキッドロフトで。自分たちの言ってることが正義で、国民の皆が分かってくれるという自信があるなら、ハードルはもっと高くてもいい。「三分の二」ではなく「五分の四」でも、「十分の九」でもいい。圧倒的な支持がある、と確信があるのなら、そのくらいのことを言ってほしい。
 次に、憲法記念日の5月3日をめぐるメディアの報道だ。勢いに乗る自民党が改憲しようとしている。全国でそれを支持する動きが急速に拡がっている。それに対し、「護憲勢力」はどうも劣勢だ。
 ただ、新聞では面白い現象が見られた。「北海道新聞」(5月3日)は、改憲派の小林よしのりさんを大きく取り上げていた。自民の憲法草案はダメだと言う。
 又、「朝日新聞」(5月4日)は、社会面トップで、改憲反対のネイキッドロフトのトークを大きく取り上げていた。「中日新聞」(5月6日)では、左右の改憲論議を紹介していた。今まで「敵」だと思われていた人々の中にも飛び込んで話を聞こうという姿勢だ。又、改憲派の中にも、「今、勢いで改憲すると危ない」と危惧する人々が多いのだ。それを詳しく紹介している。特に、「北海道新聞」に載った小林よしのりさんの発言がいい。
 <小林さんは自民党改憲草案を「おかしな所だらけ」と批判する。「9条改正を言うならまず、イラクの戦争を総括しなければならない。日本は米国の大義なき侵略戦争に加担した。それを総括しないまま改正するのは危ない。徹底的に防がなければ>
 ここまで言う。そして、「日本が極右化している」と嘆く。小林さんは『戦争論』を書き、愛国心や右傾化を煽ったと思われていた。ところが、
 <そもそも首相の「愛国心」が疑わしい。「真の保守」を自負する小林さんにはそう見える。環太平洋連携協定(TPP)参加も「日本の産業構造や文化を崩壊させるもの。靖国参拝などナショナリズムを隠れみのにして、国柄や伝統を破壊している」と指摘する>
 これも凄い。今の政治家の「保守」など偽ものだ。と言う。ここまで断言できる小林さんは凄い。だってTPP反対はいえるが、普通、靖国問題はアンタッチャブルだ。今、中国・韓国ともめている時、何もわざわざ国会議員が集団で参拝しなくとも…。と心の中で思っても言えない。そんなことをするから又、中国・韓国は反撥し、せっかくの会議も流れてしまう。…と心の中で思っても言えない。そんなことを言ったら「売国奴め!」「国のために亡くなった英霊に感謝し、参拝するのは日本人としての当然の行為だ!」「外国にとやかく言われることはない!」という「大義名分」の前に、粉砕されてしまう。だから言えない。それなのに小林さんは言った。勇気がある。ナショナリズムを隠れみのにしてはダメだ、と言う。
 「北海道新聞」では、小林よしのりさんと僕の二人が並んで写真に出ている。でも、一緒に取材されたわけではない。小林さんのところには、札幌から記者が行って取材した。僕の場合は自分から札幌に行った。と言っても、そのためにわざわざ行ったわけではない。4月9日に鈴木宗男さんと講演会をやった。札幌時計台ホールの大講堂だ。その前に、北海道新聞に行って、取材を受けたのだ。この時は、他に誰が取り上げられるか知らない。自民党の改憲草案について、こう言った。
 「草案では個人の権利や自由が束縛される。自由のない自主憲法ならば、自由のある押しつけ憲法の方がいい」
 僕も思い切って言った。僕らは「自主憲法」を作るべきだと40年前から言ってきたが、今、一時の勢いで改憲したら、とんでもないことになる。だから敢えて言っている。「北海道新聞」にはこう書かれている。
 <「右翼」の枠にとらわれない言動に「変節漢」「裏切り者」の中傷も飛ぶ。そんな「物言えぬ空気」は憲法論議にも通じるという。「昔は非武装中立とか理想を語る人もいたけど、今は中国や北朝鮮の脅威を持ち出されて『バカか』で終わり。だから護憲論者も議論を避け『平和憲法に指一本触れるな』と唱えるだけになっている」>
 硬直した。護憲・改憲論議ではダメだと思ったのだ。(多分、本心では「護憲」の)朝日新聞、北海道新聞、中日新聞は、あえて改憲派の中に<味方>を見ようとしている。共通する部分、話し合える部分を見つけようとしている。これはいいことだ。そして、実は、マガ9は、その先を行っている。ずっと前から「改憲派」や「変節漢」にも発言の場を与えて、開かれた議論を展開してきた。なかなか出来ることではない。偉いです。感謝感激です。

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「改憲」「護憲」双方の側から強まる批判の声。
それはそのまま、今の改憲への動きが
「フェアーではないこと」の証左といえるのではないでしょうか。
「一時の勢いで改憲したら、とんでもないことになる」。
ずっと「自主憲法の制定」を言ってきた鈴木さんの言葉には、
強い危機感がにじみます。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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