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2013-08-07up

鈴木邦男の愛国問答

第131回

今夏に読んで「戦争」を考えた本

 そうか、全ては「8月15日」に向けてのものだったのか。と思いました。終戦の日が近づくにつれ、その思いが強くなります。テレビや雑誌も「8月15日」を扱うものが多く、そのいくつかに出ました。それにも増して大きかったのは、3冊の出版物です。たぶん、今年でなければ、こんな大胆な企画はなかったでしょう。

 今年の夏は、なにやらキナ臭い夏です。中国・韓国に対し、口汚く罵倒する声がテレビ討論だけでなく、街のデモにも溢れ、「戦争も辞さず!」と絶叫する人もいます。「国交断絶!」を主張するポスターも貼られています。その国民の「好戦的」ムードに乗っかって自民党は参院選に大勝し、次は「憲法改正」「国防軍だ」と言っております。「日本を取り戻す!」と言っております。かつては全国民が国のために、何の疑問もなく命を投げ出した。そんな、戦争の出来る国、強い国に戻したいと思っているのでしょう。極端に言ったら今は〈戦前〉なのかもしれません。

 政治家の第一の仕事は、戦争をしないことです。どんな事があっても戦争を避けることです。それが「国防」です。それがあってこそ、国民は安心して暮らせるのです。亀井静香さんが「朝日新聞」で言ってました。近隣諸国と仲良くすること。それこそが「国防」であり、政治家のつとめだ、と。そういう当たり前のことが忘れられ、政治的に皆、内向きになって好戦的・排外的なことを言っています。

 問題があったら、飛んで行って話し合い、激論し合い、解決策を考える。昔の自民党はそうやってきたはずです。ダーティなイメージの中にも、そんな交渉力・政治力のある人間がいたと思います。ところが今はいません。火中の栗を拾う勇気はなく、ただ国内にいて、「闘え!」「ゆずるな!」「戦争も辞さずに!」と叫んでいるだけです。安全圏から吠えているだけなのに、その声を支持し、「よく言った!」と言う国民もいることは、困ったことです。そんな人が「愛国者」と言われるのも、困った誤解です。

 本屋に行けば、「中国・韓国になめられるな!」「やってしまえ!」と叫んでいる本ばかりが並んでいます。それを読んで、「そうだ、そうだ」と思い、溜飲を下げる国民もいるのです。なさけない話です。確かに、そんな本を出せば売れるでしょう。しかし、売れさえすればいいのか。出版社に良心・良識はないのか、と思います。

 そんな時に、この本が出ました。たとえ売れなくてもいい。出版社の使命・良心・存在意義を賭けて出したのだと思います。タイトルも挑発的です。『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川oneテーマ21)です。6月10日発売です。8人の人が書いてます。〈是か非か!? 国防軍、改憲、武力衝突〉〈長期的視野に立ち、各界の第一人者が緊急提言する〉と本の帯には書かれています。8人の中に僕も選ばれ、「エセ愛国はなぜはびこるのか?」を書いています。東郷和彦さんは、〈中国の領海侵犯には、「責任ある平和主義」で対処せよ〉を書いてます。この本の出版記念トークとして、6月14日、東郷さんと角川書店本社で対談しました。それをユーストで流しました。

 その1ヵ月後です。今度は、〈本当に戦争をしていいのか。その前に戦争の実態を知れ!〉と訴える漫画が出ました。小学館クリエイティブ発行の『漫画が語る戦争』(全2巻)です。「戦場の挽歌」編と、「焦土の鎮魂歌」編の2巻で、1巻が各々500頁。1500円です。2巻で1000頁、3000円です。手塚治虫、ちばてつや、水木しげる、かわぐちかいじ…など20人が描いた〈戦争漫画〉を収めてます。

 その1000頁を、ゲラの段階で読んで、宮崎学氏と対談しました。6月18日です。それがこの本の「解説対談」になって2巻の巻末に付いてます。こんなにも、戦争を扱った漫画が多いのかと驚きました。それと共に、映画やテレビ、小説などでは伝え切れない〈戦争〉の実態を漫画がよく伝えていると思いました。日本に漫画という表現手段があってよかったと思い、「漫画の底力」を感じました。

 たとえば、映画ではどんな残酷、悲惨なシーンを描こうとも、「でも、こんな極限状況に愛があった」とか、「人間の勇気が試された」とか、「美しい話」にまとめられます。そんな〈教訓〉を与えようとします。しかし、現実の戦争には、ほとんど〈愛〉もないし〈勇気〉も試されません。戦闘ではなく飢餓や病気で兵士がバタバタ死んでいったり。本土空襲や疎開や、大陸からの引き揚げ…など。愛も救いもありません。暗く悲惨なだけです。映画や小説にはなりません。でも、漫画なら描けるのです。それも、戦争指導者の眼ではなく、逃げまどう庶民の眼から戦争を描いています。

 宮崎学氏は言ってます。〈あなたたちが望んでいる戦争とは格好よいものでもなんでもなく、残酷で空しいものでしかない、ということを本書で知ってほしい〉

 書店には、戦争を待望するような過激な本があふれ、テレビの討論では、「闘え!」「逃げるな!」と絶叫するタカ派評論家が跋扈しています。そんな人々に宮崎氏はピシャリと言ってます。僕も思いました。この本は、ゲーム感覚で戦争をとらえがちな現代の日本人に、〈覚悟〉を問う本だと。

 宮崎氏と対談したとき、角川oneテーマ21の『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』のことを話しました。共に、キナ臭い現状を憂慮し、勇気をもって問題提起しています。出版社の良識を感じます、と。小学館の人は言ってました。「角川のあの本はよかったですね。あのタイトルをもらいたいくらいでした」と。角川の人に伝えたら喜んでました。この両者で、トークをするとか、書店対談、ユーストとか考えてみたらいいのに、と僕は提案しました。このキナ臭い夏に、「これでいいのか!」と警鐘を乱打する2冊だと思います。

 そうだ、もう1冊があった。それは本全体の企画がというよりは、僕が書きながら個人的に思ったことです。7月20日、池上彰編の『先生!』(岩波新書)が発売されました。27人が、先生についてのエッセーを書いてます。〈いじめや暴力問題にゆれ、“上からの”教育制度改革が繰り返されているけれど、子どもと先生との関係は、かくも多様で、おもしろい! 希望のヒント満載のエッセイ集〉と本の帯には書かれています。27人の中に僕も入っていますが、僕の文章だけは「希望のヒント」がないな、と思いました。他の人たちは、困ってる時に先生の一言で救われたとか、励まされたとか。そんなことが多いのでしょう。でも、僕はそんないい体験がない。変な先生や、暴力的な先生や、「教師失格」の先生たちにばかり会ってきた。そんなことを書きました。

 小学校の時、いつもイライラして生徒を怒鳴りつけ、すぐ殴る先生がいました。嫌いでした。ある日、同級生がこんなことを言ってました。「あの先生は、もとは優しくていい先生だった。でも戦争から帰ってきたら人間が変わった」と。たぶん、親から聞いた話でしょう。それで、戦争の残酷さ、悲惨さを僕は初めて知りました。それ以前に知ったことはありません。いくら本を読み、映画を見て、〈戦争〉の残酷さを知ったつもりになっていても、どこか他人事でした。遠い世界の話でした。この暴力的な先生を見て、初めて〈戦争〉の残酷さを実感したのです。歴史なんて、本や映画では伝わらない。戦争を引きずる人間の体験によってしか伝わらないのでしょう。まあ、例外的な表現手段としては「漫画」があるが…。ということを痛感した夏でした。

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たとえば映画監督の故・新藤兼人さんはインタビューの中で、
「忠誠とか、正義とか、名誉の戦死だとか、戦争にそんなものはない」と断言されていました。
おそらくはそれが、戦争というものの本質なのでしょう。
〈政治家の第一の仕事は、戦争をしないこと〉。
本来なら当たり前のはずのそのことを、
もっともっと訴えていかなくてはならないと思います。

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鈴木邦男さんプロフィール

すずき くにお1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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