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みんなのこえ:バックナンバーへ

みんなのこえ

vol.151

080827up

8月20日から26日に届いたご意見から

■伊藤真のけんぽう手習い塾 について

ariakeさん(46才・女性・福岡県)

バックナンバー2回について

私は農家の長女として生まれました。子供の時から、両親が同時に畑から帰って来ても母はそのまま台所に立ち父は風呂に入った後に晩酌をする、という姿を見て男女の役割分担のおかしさを肌で感じて育ちました。また長男に対する跡取の押し付けにも、いまだに根強い家制度のおかしさを感じていました。
そして46歳になった今、法律を学んでみると婚姻制度・その他戸籍制度等々…「正しいと思い込まされていた」法律そのもののおかしさもみえてきました。
伊藤塾長の文章を読んで、憲法の根っこである「個人の尊重」を一人でも多くの人に伝えていかなければならないという思いをより強くしています。
ありがとうございました。

■雨宮処凛がゆく! について

なこまさん(33才・男性・東京都)

忘却と邂逅、そして‥

雨宮氏においては、昨今の「格差と貧困」問題に積極的に取り組まれているようだが、私にはもう過ぎ去った「過去の出来事」の様な気がしてならない。
理由は至極簡単!彼等彼女らに散々、辛酸を舐めさせられた。政治的左派は、これまでも数々の失敗と醜い内輪揉め(時には凄惨な)を繰り返して来た。
ある者は「無謬とクリーンさ」を専売特許とし、またある者は「闘争と反権威」をモットーとしてきた。だが、一皮剥けば剥き出しの排除とレッテル貼りに懸命だ。現在、一部で雨宮氏も参画する運動が散発的にある模様だが、「貧困」なり「格差」なるものは、実際にはその当事者が意識的自覚的になってはじめて発生するものだ。いくら、声高に「貧困が拡がって、あなたもそうなのだ、そうなりつつある」と謂ったところで、主観的にはそこそこの享楽的振舞いを演繹している若年の、とりわけて若い女性が果たして運動なるものに参画するであろうか!?

■雨宮処凛がゆく! について

風見猫さん(49才・女性・東京都)

チーム・ジャパンの始動を!

「どこかが意欲と創造性に溢れる学生を育成してほしい」、「誰かがスキルと生産性の高い人間を養成してほしい」…我々に何の投資も努力もさせないままに!?これが90年代からの流れですが、こんなムシのいい話が持続していくわけがありません。その結果リコール製品を続出、築いてきたブランドへの信用を失う…。アメ車を抜いて喜んでいたら、物づくりの現場の重要性を再認識したドイツ車あたりに、品格・品質ともに「ボルト選手のライバルたち」のように置いていかれたりして!私達は牛馬ではありません。「○○しないと雇用されないぞ!」という脅しでは、意欲の向上も、それに伴うスキルの向上ものぞめないのです。国も企業も負うべき「自己責任」は負い、ニッポン国民の能力を最大限に引き出すべく、タイム&マネーの投資を!

■雨宮処凛がゆく! について

vivaさん(21才・男性・大分県)

今回初めてHPを見させて頂きました。

私は親からの愛情を受け、友人に恵まれていると思います。ですが、今の日本ではとても生きにくいと思い昨年旅をして、アジアのスラム街に行ったのですが、彼らは決して絶望しているようには見えませんでした。逆に日本人の顔が死んでいるように感じました。今日本に絶望している人がいるなら、海外に行くべきだと思います。何かが変わることはないけど、ハッピーになると思います。それだけでいいのではないでしょうか。最後に、僕たちの世代が明るく生きていくには、優しい共同体を持ち、小さなことでもいいので自分のやりたい仕事に就くしかないと思います。乱文ですが一つの意見として考えていただけたら嬉しいです。

■週間つぶやき日記 について

TY生さん(68才・男性・三重県)

「週間つぶやき日記」で取り上げた太田農水相の「やかましい」発言を考える

太田氏は発言の釈明で記者団に「やかましい」というのは健全に、正当に自らの権利を主張しているという意味だと述べた。やかましいの普遍的な意味は、煩わしいとか面倒。小言が多くて、理屈っぽい。これは自分の考えている基準より、相手の考える基準がオーバーしていて納得できない時に発する言葉で、相手が「正当に自らの権利を主張」していると思う時には使わない。2007年2月に安倍内閣の伊吹文部科学相は、食べ過ぎれば日本社会は「人権メタボリック症候群となる」と発言している。「やかましい」発言と共通で権利の主張を抑制したい考えの発露です。憲法の保障する国民の権利が肥大化していると考えるから、自民党の改憲草案は第12条 ……国民はこれ(権利)を濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う、と抑制的な基調となる。

■みんなのこえ について

多摩散人さん(62才・男性・神奈川県)

TY生さんへ反論と質問

「核抑止論は疑心暗鬼で生きる世界」はその通りです。しかし、それはよくないというあなたの考えが実現して、世界中が核を廃絶し、核戦争の心配を忘れて安心した時、ならず者の集団が核を密造して世界を脅迫したらどうするのか。また、世界中の人間の疑心がなくなれば、核どころか、軍備も不要になるはずだ。世界中が軍備を廃絶し、戦争の心配を忘れて安心した時、ならず者の集団が軍備を作り、世界を脅迫したらどうするのか。そもそも疑心がないなら、核や軍備だけではなく、警察も法律も契約も裁判所も不要になる。だって、人類全員がお互いに他者に疑心を持たない世界なのだから。 現実の日本は、九条を破って世界五位の戦力を保持し、アメリカの核の傘を頼り、戦争を放棄せず、非核三原則も破って来た。だからこの程度には平和で安全なのだ。「努力しないで永遠に平和を享受できる世界が出来たらよい」という考えは横着で間違った考えだ。

■その他、感想、ご意見、ご要望 について

十文字(衆愚代表)さん(33才・男性・沖縄県)

 「軍は国民を守らない。軍が守るのは国家体制である」と主張する人々は、軍や警察力が無くとも立憲主義体制を維持できるかどうかを考えるべきである。

日本以上の「戦争犯罪」を犯したとされ、また日本以上に償ったとされるドイツでは、基本法に国防軍の役割が明記され、またドイツのリベラル左派の認識でも「憲法=国家体制Verfassung」であるとされる。

http://maga9.blog.shinobi.jp/Entry/127/#comment2

また、伊勢崎賢治氏も、紛争処理のプロセスとして「武装組織を、新しい国家体制の中で、単一で正当性のある国軍と国家体制に収束させてゆく。」ことと平行し、「司法の改革を進める。法治国家をつくっていくということ。銃の使用を法の力で規制するような社会倫理、社会通念をつくる。」ことが出口戦略として重要であると指摘し、人命が大切ならば、武力を否定する事はできないと仰られている。
とはいえ、これらは世界の一般常識ではないのだろうか?
故に文民統制という概念が生まれたのであろう。

件名の様な主張をして軍を否定する人々は、軍無くして法治国家を維持できる事を証明すべきであると私は思う。

8月もいよいよ終わり。東京では急に肌寒くなりました。
皆さんは、どんな夏を過ごされましたか?

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ご意見募集

・この人に聞きたい ・伊藤真のけんぽう手習い塾 ・森永卓郎の戦争と平和講座

・伊勢崎賢治の平和構築ゼミ ・伊勢崎賢治の15歳からの国際平和学

・雨宮処凜がゆく! ・鈴木邦男の「愛国問答」 ・こども医者毛利子来の『狸穴から』 ・岡留安則の『癒しの島・沖縄の深層』

・どーなってるの?!米軍再編 ・マガ9対談

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