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2011-01-19up

森永卓郎の戦争と平和講座

第46回

壁にすり寄った菅内閣

 1月12日の民主党両院議員総会は、予想どおり執行部への批判が続出した。「普天間問題への対応を党大会できちんと説明すべきだ」、「自民党の構造改革政策に近づいているのではないか」。様々な視点から批判が繰り広げられ、民主党内の右派と左派の亀裂は、ますます深まってしまった。

 ただ、民主党内の対立を考えるときに、右派と左派、あるいは保守とリベラルという単純な区分けは、適切ではないのかもしれないと思うようになった。先日、経済評論家の勝間和代氏に指摘を受けたからだ。彼女に言わせると、現在の民主党の執行部は「保守」というより「守旧」なのだそうだ。保守というのはきちんと理念やビジョンがあって筋が通っているのだけれど、いまの民主党執行部が考えているのは、「現状を変えたくない」ということだけだと言うのだ。確かに、その通りだ。しかも、そのことが1月14に発足した菅第二次改造内閣の顔ぶれをみることで、さらにはっきりしてきたのだ。

 一昨年の民主党政権誕生時に、民主党が掲げた改革を断行するためには、三つの壁を突破することが必要だと言われた。官僚の壁、財界の壁、そしてアメリカの壁だ。実際、政権発足直後の民主党政権は、これらの壁に立ち向かおうとしていた。しかし、菅政権が誕生した後は、壁を突破しようとする姿勢は腰砕けになり、そしていまや、壁を突破するどころか、壁にすり寄る政策への大転換が行われようとしているのだ。

 一つずつみていこう。まず、官僚の壁だ。政権発足直後の民主党は、事業仕分けの実施を含む政治主導の予算編成、公務員人件費削減に向けての労使交渉の導入、天下り禁止に向けての公務員制度改革、官僚の国会答弁禁止、陳情受付の幹事長室への集中など、官僚の力を削ぐためのカードを次々に切っていった。そうした施策を推し進めることで、行政のムダを徹底的に排除し、増税を避けながら、日本経済の活性化を図ろうというのが民主党の基本政策だったのだ。ところが菅政権発足後、これらの姿勢はすっかり影を潜めてしまった。例えば、マニフェストに明記した「国家公務員の総人件費2割削減」について、政府は時間的に困難になったとして、2013年度までに実施するという公約を見直す方針を固めた。そして、内閣改造での与謝野馨氏の経済財政担当大臣への起用だ。財政再建派の与謝野氏を党外からわざわざ招聘したのは、明らかに消費税増税の道筋をつけるためだ。つまり、行政を効率化することで財源を生み出すのではなく、官僚の利権を守りながら、増税によって財政バランスを回復させるという方向に舵を切ったのだ。実は、そうなることは、昨年秋の民主党代表選挙のときに、すでに明らかになっていた。菅総理は、各省庁に前年度予算の90%の額で概算要求を作るように指示した。それに対して、小沢元代表は「それでは自民党時代のシーリング方式と同じだ」と強く批判した。菅総理は、「元気な日本復活特別枠を作り、政策コンテストを行ってメリハリのある予算編成をするのだから、結果をみて欲しい」と言った。しかし、実際に来年度予算の政府案ができあがってみると、結果は惨憺たるものだった。その象徴が「思いやり予算」だ。防衛省は、思いやり予算を特別枠で要求した。外交上思いやり予算を削ることはできないだろうという開き直りだった。官邸もずいぶんなめられたものだが、政府は防衛省の思惑どおり、満額の査定をしてしまった。結局、政府が行った90%のシーリングというのは、利権の9割は自動的に認めるというだけの結末に終わったのだ。

 財界との関係も同様だ。小沢前代表が幹事長のときには、経団連とは一切面会しなかった。しかし、枝野氏に幹事長が替わった途端に、会談が行われた。そうした姿勢の変化の結果、それまで禁止していた企業献金まで一部復活されたのだ。そして、菅政権は、衆院選のマニフェストにはなかった大企業を含む法人税率の引き下げを断行した。財政が厳しいと言いながら、財界からの要望を全面的に受け入れたのだ。一方で、マニフェストに明記していた租税特別措置の見直しに関しては、ほとんど手を付けなかった。大企業優遇の租税特別措置を縮小して、それを中小企業の減税にあてるというのがマニフェストの思想だったのに、それを反故にしたのだ。そして、今回、菅総理が税制の抜本改革とともに政策の柱に据えたのが、「平成の開国」と呼ぶTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加だった。内閣改造でも、TPP参加に慎重な姿勢をみせていた大畠経済産業大臣を交代させ、TPPに積極的な海江田大臣を横滑りで起用した。

 TPPへの参加は、輸出産業を中心とする日本の財界からの要望だけではなく、米国からの強い要求でもある。オバマ大統領が掲げる輸出倍増による米国経済復興を成し遂げるためには、日本への農産物輸出の劇的な拡大を図らなければならないからだ。対米追従という意味では、普天間基地の辺野古移転だけでなく、米国と共同開発している迎撃ミサイルを第三国に輸出するために、武器輸出三原則の見直しまで踏み切ろうとしている。日米同盟を自民党政権時代以上に深化させようとしているのだ。

 こうした政策の妥当性はともかくとして、三つの壁にすり寄る政策は、民主党の掲げてきた基本理念を根本から変えるものであることは間違いない。国民はマニフェストを信じて政権交代を選択したのだから、それを変えるのであれば、もう一度国民に信を問うべきだろう。ただ、その前に政界再編をして、本当の改革を望む国民の投票先を確保することが、必要だろう。そうでないと、本当の改革を望む国民が投票先を失ってしまうからだ。

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改めて振り返ってみると、
まるで再度の政権交代が行われた? とも思えるほど、
「変節」してきてしまった民主党政権。
私たちはこんな状況を生み出すために、
「政権交代」に期待をかけたのではなかったはずなのですが…。

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森永卓郎さんプロフィール

もりなが・たくろう経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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