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やまねこムラだよりー岩手の五反百姓からー

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つじむら・ひろお 1948年生まれ。2004年岩手へIターンして、就農。小さな田んぼと畑をあわせて50アールほど耕している五反百姓です。コメ、野菜(50種ぐらい)、雑穀(ソバ、ダイズ、アズキ)、果樹(梅、桜桃、ブルーベリ)、原木シイタケなどを、できる限り無農薬有機肥料栽培で育てています。

第二十一回

餃子と小麦

 中国製冷凍餃子の殺虫剤混入事件の大報道のかげで、あんまり注目されなかったかもしれませんが、最近もうひとつ、食にかかわる大きな発表がありました。
 2月2日、農水省が、小麦の政府売り渡し価格を4月から30%値上げする、と発表したのです。 おコメとちがって、小麦を直接買って食べるかたは少ないでしょうから、普通のかたはピンとこないかもしれませんね。

 じつは、この値上げ、昨年の4月から数えて、3回目の値上げになります。 昨年4月に1.3%の値上げ。昨年10月には、10%の値上げ。そして、この4月からは、30%の値上げです。トータルで計算すれば、1.5倍近い値上げです。
 昨年のいまごろは、トンあたり4万7800円だった小麦が、この4月からは7万円になってしまうというのですから、たいへんな値上がりです。
 しかも、今後も値上がりは避けられない、将来的には倍近くなる可能性がある、といことです。
 この値上がり率は、どこかで見た覚えがあります。そう、原油の昨年来の値上がり率となにやらリンクしているようにも思えます。

 それもそのはず、小麦やトウモロコシや大豆の国際価格を決めているのは、米国シカゴの穀物市場だからです。カーギル社など穀物市場を支配する巨大企業が、世界の穀物市場の価格決定権を事実上にぎっているからです。
 じっさい、シカゴの穀物先物市場には、穀物の値上がりでひともうけをたくらむ投機マネーが流入して、1年前にくらべて2倍の水準になっているそうです。
 この「値上げでひともうけしよう」という投機マネーの参入も、原油値上がりの構造と同じですね。実需以上の架空の需要を作って、利ざやを稼ごうというセコイ魂胆です。
 他人の迷惑、わが身の利益、というわけです。こういう人は、お金はあるのでしょうが、心根は貧しく卑しいですね。百姓からすると、もっとも軽蔑すべきたぐいの人間です。

 それはさておき、現在の日本の小麦の自給率は10%です。90%は、外国からの輸入に頼っています。ですから、やもうえず、シカゴが決めた国際価格(外国の言い値)で買わなければならない。つらい立場です。
 麦の価格が1年前に比べて1.5倍になる。それを外国から運んでくる船便の運賃も原油高で上がる。ダンボールやパッケージをつくるコストも上がる。工場から全国のお店に運ぶ国内運賃もあがる。みんな値上げですから、その輸入小麦にたよっている食品産業も値上げするしかない、のは当然のなりゆきでしょう。
 ラーメンやスパゲティやうどんなどのめん類、パンやケーキやお菓子、などの値段がすでに上がっているのは皆さんご存知のとおりでしょう。いま、問題になっている餃子の皮も、小麦から作られていますので、値上がりするでしょうね。
 さらに大麦から作られるビールも値上がりするそうですが、食品の値上げの連鎖反応は、当分続くとおもいます。

 そこで、今回の中国餃子事件を改めて考えてみたいと思います。
 はっきりしているのは、食料自給率の低下は、食べ物の質や安全の低下も同時にもたらす、ということです。
 中国の食品工場でせっせと餃子を作っていた労働者は、良くも悪くも、日本人のことなど考えたこともなかった、とおもいます。
 彼らの頭にあったのは、今日のノルマをこなすこと、自分の給料のこと、今度の休日にはどこに遊びにいこうか、といったことだったと思います。自分が作った餃子がどういうルートで日本に運ばれ、どんな人たちがその餃子を食べるか、などと想像していたとはおもえません。自分のやるべき仕事をこなして、給料をちゃんともらえれば、それで十分だったはずです。

 それは、彼らが餃子という名の工業製品を作っていたからです。
 日本の労働者が、自動車の部品や半導体のチップを作っている、のと同じことです。やるべき仕事のノルマをちゃんと果たせば、それ以上のことを会社も要求しない。その労働に見合った給料をもらえれば、労働者も満足、というカンケイがあっただけです。
 「食」といういのちのみなもとを作っている、という感覚は、限りなくゼロに近く希薄だったでしょう。
 作った食品の安全を考えチェックするのは、またちがうセクションの人だし、あるいは国の役人だったわけです。同じものを大量に作るためには、作業の分業だけでなく、そういう「意識の分業」もシステムとして採用されるのですね。
 工業製品としての餃子作りには、食べる人間のことなどは考えない、という意識の分業がむしろ必要だったのです。

 ちなみに、日本の食材だけを使って餃子を作ってみることを想定して計算してみました。そしたら、材料代だけで完成品の中国餃子の倍近くなることがわかりました。ニンニクなどは5倍です。具を包んで焼いてというテマヒマ考えたら、中国餃子は日本餃子の3分の1、4分の1でしょう。売れるはずです。
 餃子の皮は、いまどき輸入小麦から作られているでしょうから、自給率100%の餃子ではないのですが、結果として国産餃子はかなり高い餃子になってしまう。このままでは、餃子にも勝ち組と負け組みが出来てしまいそうです。

 いのちを支える食べ物の値段が安いのはいいことです。しかし、値段に反比例して、危険や不安が大きくなるのなら、どうも困ったものだと思います。
 食というのは、本来、顔の見える範囲で作られていた、と思います。
 そこには、トータルな食作り=原料からお客さんの口まで責任を持つという気持=があって、「意識の分業」など入り込む余地はなかったのです。
 だから、作る方も、単なるビジネスという範疇を超えて、お客の喜ぶ顔が見えていた。お客の顔が見えていれば、安全でないものは名誉と信用にかけて売らない作らない、という商売のルールもおのずから生まれていた、とおもいます。

 「食」がビック・ビジネスになってしまってから、どうも世の中おかしくなりましたね。
 昨年来「食の偽装」が頻発したのも、「食」をビジネス=金儲け、としか見ない人が増えたということでしょう。
 「食」はたとえビジネスであったとしても、スモール・ビジネスに徹した方が、食べるほうも安心、ということでしょうか。
 あるいは、スロー・フードとか、地産地消とか、自給自足とか、食べる側の意識にも結びつけていかないと、同じような事件は頻発するようにおもいます。

 岩手の百姓としては、今回の事件をきっかけとして、都会の皆さんにも食の問題を、その源流(農業)から考えていただくきっかけになってほしいな、と思っています。
 前にも申しましたが、農業問題・食料問題は、農村の問題ではなく、その本質は大都市の問題なのですから。

(2008.2.4)

ハウスの中の寒締めホウレンソウ。夏なら3週間で大きくなるのに、
種をまいてから2ヶ月たっても、まだ5〜6センチ。
じっくり育つからうまみや甘みがたっぷりです。

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