戻る<<

やまねこムラだより:バックナンバーへ

やまねこムラだよりー岩手の五反百姓からー

080423up

つじむら・ひろお 1948年生まれ。2004年岩手へIターンして、就農。小さな田んぼと畑をあわせて50アールほど耕している五反百姓です。コメ、野菜(50種ぐらい)、雑穀(ソバ、ダイズ、アズキ)、果樹(梅、桜桃、ブルーベリ)、原木シイタケなどを、できる限り無農薬有機肥料栽培で育てています。

第三十回

穀物市場の値上がりと日本の稲作状況

 今日(4月20日)は、24節季の「穀雨」。百穀春雨に潤う、という百姓には大切な節目の日です。月齢も15(満月)で、我が家の前の農道の桜並木が、ようやく五分咲きになりました。梅の花は満開。桜桃(サクランボ)の花も咲き始めました。裏庭では、カタクリやニリンソウの花が咲いています。
 昨日までの雨を含んで、大地もしっとり濡れています。やまねこムラにも、春爛漫の季節がやってきました。あらゆる命たちが、芽吹く季節です。

 やまねこムラではこんな美しい季節なのに、世界はタイヘンなことになっているようですね。昨夜7時のNHKニュースを見ていたら、フィリッピンのマニラでは「米よこせ」のデモがあったようです。米の輸出国だったベトナムやインドが、米の輸出を禁止したり制限したりしたせいで米の輸入が止まり、米の値段が暴騰して、貧しい人たちにお米が行き渡らなくなったためのようです。

 フィリッピンは、穀物自給率が82%(2003年度)で、世界175の国の61番目、自給率は決して低い国ではありません。それでも、お米の輸入がストップして値段があがれば、こんな騒動になるのです。
 ちなみに、日本の穀物自給率は28%で、世界で124番目。OECD加盟国で、日本より穀物自給率が低いのは、韓国、ポルトガル、オランダ、アイスランドだけです。

 米騒動は、フィリッピンだけではありません。アフリカのセネガル(でしたか?)でも、中米のハイチでも、さらに西アジアのトルコでも、お米が不足して、庶民たちがお米の配給に長蛇の列を作っているのが映像として流れました。
 おそらく、映像にはならなかったけれども、他のアフリカや中南米やアジアの多くの国に住む人々が、いまお米不足、穀物不足という現実に直面しているのではないでしょうか。
 石油や金や鉄鉱石やウランなどの地下資源に恵まれた国はいいのでしょうが、資源に恵まれない国は、いま穀物の値上がりで、国民の食生活が危機に瀕している、というのが疑いない現実ではないでしょうか。

 困っているのは、米の輸入国だけではありません。米の輸出世界一のタイでも、輸出過剰で国内のストックが減り、お米の値段が上がってしまい、庶民の生活を圧迫しているということです。穀物不足は、輸入国はもちろん、輸出国の人々にもいい影響をあたえていないのです。

 お米だけではありません。米国シカゴの穀物市場では、大豆、小麦、トウモロコシ、とすべて値上がりです。そこに、投機マネーが流入してくるから、実需以上に、ますます値が上がります。サブプライムローンで大損が出たというので、株式や債券や為替市場が混乱している。確実に儲かるのは、穀物市場だということで、一挙に投機マネーが穀物市場になだれ込んでいる。
 「投機」などというといかにもまっとうな仕事のように聞こえますが、私ら百姓にいわせればこういうヤカラは「火事場ドロボー」というのです。他人の困惑しているところへやってきて、おのれだけの利益しか考えずに、おいしいところだけをかっさらっていく。彼らは、死んだら地獄へ落ちること確実です。

 つい興奮して、話がそれましたが、この穀物の値上がりの理由をNHKは、三つあげていました。
 地球温暖化による気候変動=洪水や干ばつで、穀物収穫量が減少した。
 トウモロコシなどがバイオ燃料へ転化され、食用穀物への供給が減った。
 サブプライムローンなどの損失で、行き場を失った投機マネーが穀物市場へ参入した。
 どれも、まったくそのとおりだと思います。

 ただ、もうひとつ大事な理由が欠けている、と私は思いました。それは、地球における世界人口の急激な増加です。
 19世紀のはじめ、西暦1800年の世界人口は、約9億人でした。
 20世紀のはじめ、西暦1900年の世界人口は、約16億人でした。
 それが、21世紀のはじめ、2000年には世界人口は61億人になり、2008年の現在は66億人になったといわれています。2050年には、90億人を突破すると推測されています。
 タイヘンな人口の増加率です。

 少子化問題が日本ではタイヘンな問題とされていますが、本質的には世界の人口増のほうが、よりタイヘンな問題だとわたしは考えています。
 ただ今、中国の人口が13億人、インドの人口が10億人、です。一国だけで、すでに200年前の世界人口を超えた人口を抱えています。国家として、この人々を飢えさせることなく食わせる義務があります。
 インドも中国も、現在食糧の輸出を制限しはじめています。他の国へ穀物を輸出するより、自分の国民に食わせるほうが大事なのです。自国内の人口増の圧力が、もはや外国へ食糧を輸出する余裕を失わせているのです。(毒入りギョーザ事件以降、中国が輸出再開に熱心でないのは、そんな国内事情もあるからだと思います。)
 そのために、穀物の世界価格が値上がりしているのです。世界の食糧事情は、お金があっても、食糧を輸入することができなくなる時代へ向かっている、というのがわたしの判断です。

 ですから、日本としても、軍事的な安全保障だけでなく、食糧の安全保障を考えなくてはならない時代なのです。ところが、軍事的な安全保障に対しては、「思いやり予算」とか「国際貢献」とか「ミサイル防衛システム」や「イージス艦」に必要とかで、お金を湯水のように注ぎ込んでいる。その日本国が、農業に関しては今もまま子扱いなのです。

 日本の「食糧防衛システム」=農業は、いまやすっかり錆付いてしまいました。現役の農民は年寄りがほとんど。若い人は、農業は儲からないし未来への展望もない、というので、農地へなかなか帰ってこない。そういう風に、国家が政策として仕向けたのです。
 結果、農地が荒れて、耕作放棄地が増えています。
 食糧が不足する。じゃあ、来年から作れ、といわれても、錆付いたシステムはすぐ動けませんよ。たとえば、ベテランといわれたピアニストでも、5年間演奏から離れていたら5年前のように演奏できるようになるまでどれだけ練習しないといけないか。それと、同じです。人間も、耕地も、錆付いたまま。このサビを落とすところから始めないと、農業の再生はありえません。

 戦後の高度成長期が始まる直前、1961年の日本の食糧自給率(カロリーベース)は78%ありました。それがいまや、半分の39%です。これは、「高度経済成長」という美名のもとに、日本国家が農業を衰退させていった歴史でもあります。世界の食糧事情が逼迫してきたなかで、いまさら「日本の農業を守れ」といっても、いささか遅すぎるような気がします。
 もう20年も30年も、米が余るから米を作るな、といわれてきた農民が、急に米を作れといわれても、カラダも農地も農業機械も農作業をするカンも技術も、すべて錆付いていますから、それを復活させて全力回転させるまでには、時間がかかります。
 若い人は、カンも技術も受け継ぐ機会がないまま、今の状態になってしまいました。農村部では、意識でも技術でも世代断絶があります。どうすればいいのでしょうか?

 はっきりいいますと、わたしは自給自足が目的の小農ですから、自分と自分の家族が食えるだけの食べ物を作れればいいのです。ですから、こんな時代になってきて、これからは都会の人はタイヘンだなあ、と思うだけです。昔のように、日本でも「米騒動」が起こらないといいなあ、と願うだけです。

(2008.4.20)

トラクターで田んぼの田起こしをしました。
これで、約1反(300坪)。山のだんだん田んぼです。
50メートル×20メートルのプールの広さです。
このあと、代かき、田植え、という作業が待っています。

世界の食糧状況を見渡すと、時代は食糧の安全保障を考えるべき時でしょう。
しかし、軍事的な安全保障にばかり税金をつぎ込むのは、
あまりにも危機管理が乏しいのではないでしょうか。
ご意見フォームへ

ご意見募集

マガジン9条