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やまねこムラだよりー岩手の五反百姓からー

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つじむら・ひろお 1948年生まれ。2004年岩手へIターンして、就農。小さな田んぼと畑をあわせて50アールほど耕している五反百姓です。コメ、野菜(50種ぐらい)、雑穀(ソバ、ダイズ、アズキ)、果樹(梅、桜桃、ブルーベリ)、原木シイタケなどを、できる限り無農薬有機肥料栽培で育てています。

第三十一回

小国寡民とフードマイレイジ

 いまから2500年ぐらい昔、中国でさまざまな思想が華を咲かせました。これを「諸子百家」といいます。
 日本では縄文時代の晩期、やっと弥生時代に入ろうかというころに、さまざまな思想家が輩出して、その思想を競い合った。この1点だけでも、中国はすごい国だと思います。西欧思想の基盤を作ったのがギリシャとすれば、東洋思想の基盤を作ったのが中国だったのは間違いありません。

 「諸子百家」の思想のなかで一番有名で、もっとも後世に影響をあたえたのが、孔子の始めた儒教でしょうね。「十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず」とか「朋(とも)遠方より来たるあり、また楽しからずや」とか「君子は和して同ぜず」とかのことばを、聞いた方も多いでしょう。
 日本の江戸時代ではこの儒教を基にした朱子学が、支配者の統治思想になりました。長幼の序を重んじ、目上の人を尊敬しろ、という考え方です。現代でもお隣の韓国は老人や祖先をとても大切にする。これも儒教思想が国民の生活の中に浸透している証拠です。

 この儒教の元祖・孔子に対して、老子という思想家がいました。のちに荘子という思想家もでますので、あわせて「老荘思想」ともいいますね。後世「儒教」にたいして「道教」とも言われるようになりますが、本来の老子や荘子の考え方とは違うものになってしまいますので、ここでは「老荘思想」といいます。
 ところで、世の中に「猫派」と「犬派」がいるように、思想の世界でも「儒教派」と「老荘派」がいるように思います。そしてわたしは「老荘思想」がなぜか中学生のころから大好きなのです。(以上が、じつはまえおきでした。長いまえおきでスイマセン)

 この老子のなかに「小国寡民」という理想の国のあり方を述べる記述があります。
 国はちいさく、人口も少ない、のが理想だ、というのです。意訳しましょう。
 「理想の国は小国寡民。人々は、文明の利器があっても使わず、死ぬことを重く考えて遠くには行かない。船や車はあっても乗らず、武器があっても戦争がないから使わない。文字はなく縄で代用する。自分の土地でできた食べ物がおいしいし、いま着ている服が美しい。いま住む家が一番安心できるから、いまの暮らし風俗が一番楽しい。隣の国は、にわとりや犬の鳴き声が聞こえるほど近いのだが、国民は老いて死ぬまでお互い行き来はしない」

 老子の説く「理想国家」とは、「クニ」という概念より、「ムラ」というイメージに近いことがわかりますね。このイメージが後世の陶淵明という詩人が描く「桃花源記」という有名な理想郷になっているのでしょう。いまでも、理想郷のことを「桃源境」といいますが、その語源になったお話の、さらにもとになった思想なのです。

 残念ながら、2500年後の現代の中国は、老子の「小国寡民」の思想とは正反対に、「国家は、大きければ大きいほどいいのだ」という考え方になってしまっているようですね。だから、チベットも台湾も新疆もモンゴルも、おれたちのモンだ、と思ってしまう。「チベットに自由を!」なんていうヤカラは分裂主義の反逆者だ、それを支持する国は中国への国内干渉だ、とつっぱねている。
 アメリカも、「我が国の自由主義や資本主義は世界一。だから、この価値観で世界を覆いつくしたい」と思っているわけですね。そこで、遥か遠いアフガニスタンやイラクへ派兵して、自分たちの価値観を押しつけようとしている。

 両国とも「大きい国は立派な国。大きい国は強い国。大きい国は世界の指導者になれる国」という価値観では、一緒です。
 前総理などは、日本はその立派な国に貢献できる立派な家来になりたい、そうすれば、日本も「美しい国」になれる、と思っていたのでしょうね。たしかに「思いやり予算」を用立てるような、こころやさしい「美しい」国ではありますが・・。

 老子も自分の「美しい国」を描いていたと思うのですが、その内容は上記のような「小国寡民」でした。ベクトルの方向が、まるでいまの中国やアメリカ、しいては日本国とは逆です。
 老子の描く「理想国」は、言ってみれば、衣食住の暮らしを自給自足できる国、という国ですね。それ以外の余計なもの、武器とか乗り物とか文字とかの文明の利器をすべて否定してしまう。
 現代文明が破綻を見せている現代ではなく、2500年も前にこのラジカルな思想を主張している、というのが、老荘思想のすごさのような気がします。

 この老荘思想は、現代文明が直面している危機を乗り越えるヒントになりうる考え方だ、とわたしは思っています。
 たとえば「フードマイレイジ」という言葉が言われ始めていますね。1994年にイギリスの消費者運動家が提唱した言葉だといいますから、まだ新しい言葉です。
 一定の重さの食糧が輸入されるのに、どれだけの距離を移動させなければならないかを、数値で表現しようとするものです。1トンの食糧を1㌔メートル運んだのを「1トン・㌔メートル=1tk」という単位にする。
 この数字が大きければ大きいほど、食糧の運搬に燃料や時間やお金がかかっているわけですから、地球環境に負荷がかかっていることを認識できるモノサシです。

 そして、カロリーベースで61%、穀物だと72%も外国に依存している、日本人ひとりあたまのフードマイレイジは、4000tk。ひとりで1トンの穀物を4000キロも移動させていることになります。もちろん世界ワースト1位です。消費に関しては贅沢三昧をしているアメリカ人もビックリ、その8倍のフードマイレイジです。

 老子の説く「小国寡民」の理想郷なら、もちろんフードマイレイジはゼロです。環境に付加をかけない生活、それが「小国寡民」です。
 現代ですと、これを「地産地消」といった方がわかりやすいでしょうね。食べ物だけでなく、燃料(エネルギー)も衣類も住みかもすべて「自給自足」してしまおう、というラジカルな発想です。

 でも、これは実現出できないでしょうね。人類は、「文明」と引き換えに、進化の袋小路に入り込んでしまったのですから、あともどりはできないでしょう。
 冷静に考えれば、人類は「いずれ滅びる運命モード」に入った、とわたしは考えています。これまで、多くの生命が進化の袋小路に入り込んで滅んでいったのが、地球40億年の歴史です。人類も例外ではありません。
 しかし、少しでも滅びるのを遅らせることはできます。
 そのヒントが、老荘思想の中にはある、とわたしは考えています。

(2008.4.24)

やまねこムラにある「種蒔桜」の満開は、4月22日ごろでした。
樹齢500年以上。樹下には、古代人の支石墓があります。
こんなみごとな桜なのに、見物人は誰もいません。
マガジン9の皆さん、せめて花をめでてください。

近ごろよく耳にする「フードマイレージ」の原点が、老荘思想にあったとは!
ひたすらに「大国」を目指すのか、「小国」にこそ理想郷があると考えるのか。
それこそが、大きな分かれ目となるのかもしれません。
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