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やまねこムラだよりー岩手の五反百姓からー

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つじむら・ひろお 1948年生まれ。2004年岩手へIターンして、就農。小さな田んぼと畑をあわせて50アールほど耕している五反百姓です。コメ、野菜(50種ぐらい)、雑穀(ソバ、ダイズ、アズキ)、果樹(梅、桜桃、ブルーベリ)、原木シイタケなどを、できる限り無農薬有機肥料栽培で育てています。

第三十二回

憲法9条と老子の思想

 前回の中村哲さんのインタビュー、よかったですね。わたしは「医者、井戸を掘る」のころからの中村哲医師のファンで、こういう人がいる限り、まだまだ日本人は捨てたものじゃない、という思いになります。(もちろん、今回の「医者、用水路を拓く」も読んでいます。)
 男女平等とかなんとか言う前に、とにかく人間は生き残ることが大切なのだ、その生き残るための条件(=水)、のために活動するほうが、同じボランティアなら優先順が先じゃないか、という中村医師の言葉には説得力がありますね。

 水があれば、干ばつで荒れていた農地が回復する、そうすれば食べ物(小麦や野菜)が収穫できるのです。理念や教条よりも、食うことが先、ということでしょう。
 食うことには、政府軍もタリバン軍も区別はないのですから、どちらもぺシャワール会のメンバーを護ってくれる。憲法9条が、理念というより実用になっている、というところがほんとうにすばらしい、と思いました。

 前回、老子の説く「小国寡民」という理想の国について述べましたが、わたしもいささか理念に走った、と反省しています。そこで、今回は「マガジン9条」にふさわしく、ストレートに、憲法9条と老子の思想の共通点を述べてみようかと思います。

 「老子」の30章には、こうあります。以下、わたしなりの意訳です。
 「正しい為政者は、兵力によって天下に強さをみせてはならない。仮に戦ったとしても、元の平和に戻ることを好むべきだ。軍隊が駐留し戦争があるところには、農地があらされて、ぺんぺん草しか生えない。戦争のあとには、凶作飢饉が来るのだ。
 善き為政者は、果敢に戦うが国を強大にしようとは思わない。果敢であるが、勝利や手柄を自慢しない。果敢であるが、勝ってもおごらない。果敢であるが、やむをえず戦争したことは忘れない。果敢であっても、強くありたいとは思わない。」

 中村医師が報告するように、戦乱は人々を飢えさせているのです。戦争は、人命だけでなく、農地や水源など人に大切な環境を破壊しているのです。それがわかっていれば、「強い国」や「世界に貢献できる国」になるために、軍隊を出動させ、戦争をしようとは思わないはずです。

 続く31章。
 「立派な兵器は不吉な道具だ。善き人はみな兵器を嫌う。(略)武器は手にするだけで災いを呼ぶ道具だ。君子の持つ道具ではない。
 やむをえず武器を使うことがあっても、最小限身を守るためにだけ使うのが最上だ。たとえ戦って勝ったとしても、よいことをしたとは思うな。勝利をよいことだと思うのは、人を殺すのを楽しむことと同じだ。そもそも、人を殺すことを楽しむような人間は、天下を治める資格はない。」

 なにやら、アメリカのブッシュさんに聞かせたい言葉です。
 彼に限らず、歴代のアメリカ大統領や大統領候補は、なにかにつけて「ビクトリー!」と叫びますが、勝利=人殺し、という感覚があれば、ベトナムでも、アフガニスタンでも、イラクでも、兵員派兵を増やして、あそこまで泥沼状態に陥ることはなかったでしょう。
 兵器も軍事力も、手にするだけで災いを呼ぶ、不吉な道具だったのです。「永久にこれを放棄する」のは、アフガンにおけるペシャワール会のように、戦乱の世の中で実効性を持っているのです。

 さらに、46章には、こうあります。
 「天下に正しい道がおこなわれていれば、戦争などないから軍馬は用なしなので、馬は農耕に使われる。天下に正しい道がおこなわれなかったら、戦争に本来必要のない牝馬まで動員されてしまう。
 戦乱による人々の苦しみの罪は、為政者の底なしの欲望が最大の原因だ。人々の災いは、為政者が何でも欲しがって、満足を知らぬことが最大の原因だ。足るを知る、ということが大切なのだ。」

 もっと、新しい武器を! もっと、最新の防衛システムを! ということで、いまや自衛隊は、世界でも有数の軍隊になっています。世界の各国の軍隊も、あらそってより強力な兵器を装備した、より近代的な軍隊になろうとして、膨大な軍事費が使われています。
 中村哲医師のおっしゃるように、その巨額なお金が「人が生きること」「人が生き残ること」のために使われたら、どれだけ世界がよくなるかわかりません。「足る」を知らないから、国家があるかぎり、永遠にこの軍拡競争は続いてしまいます。
 老子がいうように、戦車(軍馬)は用なしにし、トラクターにして農耕に使い、日本の自給率をもっと上げてもらいたいものです。世界の食糧が逼迫するなか、自給率の向上こそ、日本の安全保障になるのです。以前も提案しました(第12回)が、「自衛隊」あらため「自給隊」の登場こそ、願いたいものです。

 「老子」68章。
 「善き武士は、武力にたよらない。善き戦士は、怒りのために我を忘れない。真に敵に勝つものは、みずからは戦わない。うまく人を使う人は、逆に人の風下に立つ。
 これを<不争の徳>という。このたたかわない徳というのは、人の力をうまく引き出すことだし、天の道理にならぶ古来の究極の方法なのだ」

 まさに「不争の徳」は、争わないこと・戦わないことで、世界を安全な暮らしやすい世界にして行こうという、憲法9条の精神そのものではないでしょうか。

 老子には、「怨みに報いるに徳を以てす」「上善は水の如し」「大器晩成」「足るを知れば辱められず」「功成り名遂げ身退くは、天の道なり」など、有名なことわざになっている言葉がたくさんあります。
 今回は、そのなかから、日本国憲法9条につながるような老子の考えかたを、改めて多くの方に(特に「マガジン9条」の読者の皆様に)知っていただきたい、と思いました。
 古きをたずねて新しきを知ること=「温故知新」も、時には大切なのです。
 (もっとも、「温故知新」は、老子ではなく、孔子の言葉なのですが・・)

(2008.5.3. 憲法記念日)

この可憐な花、なんだかわかりますか?
ダイコンの花です。
昨秋、収穫し忘れたダイコンから、咲きました。
ほかにも、ジャガイモ、ゴマ、アスパラ、ハクサイなど、
きれいな花が咲く野菜がたくさんあります。

読みながら、思わずうんうんと頷いてしまいそうになる部分がいくつも。
紀元前の時代に書かれた文章から私たちが学び取れることは、
まだまだたくさんありそうです。
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