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2013-07-24up

時々お散歩日記(鈴木耕)

145

安倍「裸の王様」へ投げつける質問。
「総理大臣閣下、あなたが戦争をしたがっている本当の理由は何ですか?」

 ふーっ。なんだか、どっと疲れが出た。予測されていたとはいえ、ひどい結果だったねぇ。

 憲法が危ない。
 自民圧勝、単独過半数、憲法改定発議条件の全議員数の3分の2も視野に…。
 現状では、参院の3分の2(161議席)まではあと20議席弱足りない計算だ。自民、みんな、維新がそれぞれ改憲の意志を表明しているから、彼らを自民党と合算すると、そういうことになる。
 また、民主党の中には改憲派が相当数存在する。彼らは多分、この惨敗の責任をめぐって騒ぎ始めるだろう。そして、本来の保守回帰(というより右翼回帰)で自民党へ合流しようと、民主党を分裂させるかもしれない。そうなれば、改憲派の参院での3分の2も夢ではなくなる。
 当然、改憲が大目標の安倍は、そういう仕掛けに打って出るだろう。憲法が本気で危ないのだ。

 原発も危ない。
 自民圧勝に、原子力ムラは小躍り、再稼働へ向けてさっそく動き出している。むろん、原子力規制委員会への圧力は、これまでにないほど強まるだろう。現在でも、かなりフラフラと足許のおぼつかない規制委だが、どこまでその圧力に耐えられるか、本当に危ない。
 各電力会社は、今年中には「新規制基準」の審査が終わるかどうか分からないとし、再稼働は早くても年明けだろうと読んでいた。だが、この自民圧勝の流れの中で、今年中にも再稼働できるのではないかと、色めき立っている。
 東京電力が「社員の退職を防ぐため」と称して「幹部職員5000人に一律10万円を支給」と決めたのは、この自民圧勝→原発再稼働という流れを読んでいたからだといわれている。すべては、政府と東電一体のデキレースだったわけだ。
 そして最悪なことに、自民圧勝の今なら、ちょっとくらいの失敗も大目に見てもらえるだろうとでも思ったか、東京電力が突然こんな発表をした(朝日新聞7月23日)。

(略)東電は22日、汚染された地下水が海に流出していると見られると発表した。さらに東電は坑道にたまった汚染水が今も地中に洩れ続けている可能性があるとみている。(略)

 まったく汚いやり口だ。何が汚いかって? むろん汚染水が汚いのは当たり前だが、問題はこの発表時期だ。僕が得た情報によれば、東電は事前に経産省幹部と相談していたという。連中、「22日は選挙報道の大騒ぎ中。その機に乗じて発表すれば、あまり騒がれずに済む」と打ち合わせたのだという。
 しかも安倍は自民大勝に、もう我を忘れててんてこ舞い。頭の中はピンク状況(?)。原発事故のことなんか頭の片隅にもない。心は単純、サイカドーォ! 安倍に怒られる心配などまるでない。
 「いつ発表します?」
 「今でしょ!」
 これが多分、僕が想像する“東電と経産省の会話”だ。なにしろ、「原発再稼働には猛暑が必要。温度よ、上がれー!」なんて、本気でメールごっこしていた東電と経産省の連中だ。この程度のやり取りがあったとしても不思議はない。

 それでも、かろうじて希望の芽は残った。
 東京選挙区では、まったく組織を持たない山本太郎さんが早々と当選を決めた。山本さんと同じく、原発反対・改憲阻止を前面に掲げた共産党の吉良よし子さんも当選した。
 公明党の山口那津男代表は、一応「脱原発・憲法96条改定反対」を掲げて再選。公明党の動きには注意が必要だけれど、少なくとも現段階では自民党の「原発容認・憲法改定」とは一線を画す。
 とすれば、東京では原発容認・改憲の自民超右翼路線は少数派だということになる。かすかな希望である。
 沖縄では、糸数慶子さんが勝った。ここでも、辺野古移設派は否定された。沖縄の人たちは、どう考えても理不尽な自民党の動きに、はっきりNOを下したのだ。
 でも「いや、辺野古移設賛成の、維新の儀間光男氏も比例区だが沖縄出身で当選しているよ。沖縄のこれも民意だろ?」などと、しきりに水をぶっ掛けようとするワカランチンがいる。少し考えれば分かりそうな論理の破綻。こういうことだ。
 実はこの儀間氏、比例区個人得票ではたった40484票しか取っていない。同じ沖縄出身で比例区から立った山城博治氏(社民)は落選したけれど112641票を獲得している。実に儀間氏の3倍近い得票だ。それでも、儀間氏が当選し、山城氏が落選する。
 こんな無茶苦茶な選挙制度があるものか!
 これが地方選挙区での争い、ということなら4万票での当選でも一応の理屈は通る(1票の格差の問題は残るが)けれど、ことは全国区。全国どこからでも投票できる平等な戦いのはずだ。それがこんなバカな格差の結果だ。
 これもまた、実は有名人(ことにタレント)を多く擁立して参院を堕落させた政権党の制度いじりの悪い残滓だ。早急に、選挙制度の改革をしなければ、それこそ参院なんか無用になる。

 僕は22日のツイッターで、「自民圧勝というが、実は地方の首長選では、自民は負け続けているのだ」と指摘した。そのツイッターを読んでくれたわけではないだろうが、東京新聞(23日付)が同じ指摘をしている。

 自民党が参院選で圧勝した陰で、同じ日に投開票され、同党が推薦候補を擁立した五市長選では一勝四敗と惨敗していた。国政選挙と地方選挙の投票先がずれる結果となった。
 自民党の推薦候補が敗れたのは奈良市、埼玉県飯能市、徳島県三好市、鹿児島県曽於市の各市長選。勝ったのは千葉県旭市長選だけだった。(略)

 僕は東京都議選の自民圧勝の際に、このコラム(141回)で「無風の風」という言葉を使った。自民党圧勝の陰には、まことに秀逸と言っていいほどの「風隠し」が行われていたと僕は考えたのだ。
 自民圧勝とは、風を起こさせないようにした自民の「無風の風」戦略が功を奏した結果だ。
 自民党は都議選では「原発も憲法も、東京都という地方選挙には関係ない。争点は、暮らしをどうするかだ。アベノミクスは経済を活性化させ、やがて10年後にはひとり当たりの所得を150万円上げることを約束する」などと、ウソもここまでくれば立派な芸、といえるような屁理屈をばら撒いて、本当の争点を徹底的に隠した。それが、東京都議選では凄まじい効果を発揮した。
 風がそよとも吹かなかった。風がなければ、組織が威力を発揮する。自民・公明・共産が堅調だったのを見れば分かる。

 味を占めれば、もう一度。
 安倍は、今回の参院選でも、自分本来の極右体質を、誰に口止めされたのか知らないがすっかり封印。原発も憲法も、選挙序盤戦ではまったくと言っていいほど口にしなかった。まあ、それも作戦である。
 その作戦に、多くのマスメディア(むろん、例外も少ないけれど、あった)は唯々諾々と乗ってしまった。まるで自民党の御用聞き(言い過ぎです。でも訂正する気にもなれない)。
 「争点は経済、アベノミクス是か非か」
 「衆参のねじれ解消で決められる政治の実現へ」
 これが、圧倒的なマスメディアの報道の仕方だったのだ。その上で、「自民圧勝」ばかりが紙面に躍り、アナウンサーの口から飛び出る。これでは、「そんなんなら、選挙へ行っても仕方ねえなあ…」となるのも、ある意味で当然だ。
 マスメディアは「低投票率は民主主義の破壊、ぜひ投票へ」と口では言いながら、自民党の争点隠しにまんまと協力し、アベノミクスと衆参ねじれ解消ばかりを争点化した。史上3番目の低投票率を誘導したのは、それを憂えて見せていたマスメディア自身だったことに、なぜ彼らは気づかないのだろう。いや、気づいていながらなぜ頬かむりするのだろう。

 だが、「風」を起こせば結果は変わる!
 原発や改憲を見事に争点化し、「風」を起こして見せたのは、最後までほとんどマスメディアが取り上げなかった三宅洋平さんだった。
 三宅さんは緑の党の比例区候補として出馬した。最初はほとんど泡沫候補扱い。新聞もテレビもまったく取り上げなかった。だが、三宅さんは山本太郎さん(山本さんだって、最初はマスメディアはほとんど無視した)と組んで、「選挙フェス」という素晴らしい選挙運動を仕掛けて、ブームを創り出した。
 その様子は、まだたくさんのツイッター等のSNSに残っているから、もし未見だったら覗いてみてほしい。感激で泣き出す人たちが続出するという前代未聞の選挙戦だったのだ。
 三宅&山本陣営は、徹底的に原発と憲法を前面に押し出して闘った。その結果が、東京選挙区での山本さんの当選。
 そして注目すべきは、三宅さんの得票数だ!
 全国比例区という参院選の選挙制度のおかしさは前述したが、比例区個人得票ランキングでの、「落選者第1位」は、なんと三宅さんなのだ。全国的にはほとんど無名(ごめんね)の三宅さんが、177970票を獲得した。さっきの当選者最下位・新妻氏(公)の得票数26044と比較してみるといい。この制度のあほらしさが一目瞭然だ。
 そして今になっても(こんな得票数が明らかになっても)、この三宅洋平現象をきちんと取り上げようとしないマスメディアの恐るべき感度の鈍さ。次回の選挙では、SNSがマスメディアを駆逐するかもしれないという恐れを、なぜ感じないのだろう? それを敏感に意識するのがジャーナリストだと思うんだけどなあ…。

 最後に、やはり安倍のヤバさに触れておかなければならない。
 最近92歳で亡くなったヘレン・トーマスさんというアメリカのホワイトハウスの名物記者がいた。彼女は、いつでもホワイトハウスの大統領会見室の最前列に位置し、厳しい質問を大統領に直接ぶつけるので有名だった。東京新聞(23日付)は、こんな哀悼記事を掲載している。

(略)「大統領閣下、あなたが戦争をしたがった本当の理由は何ですか」
 イラク戦争が泥沼化していた二〇〇六年三月、トーマスさんがブッシュ大統領(当時)に投げかけた質問は有名だ。厳しい質問が敬遠され、大統領に質問が認められたのは三年ぶり。(略)

 どうだ、このジャーナリスト魂! 
 安倍は大勝に浮かれ、来月にも「集団的自衛権」の行使容認へ向けた議論を再開する方針を早くも鮮明にした。
 「安全保障環境が大きく変わる中で、国民を守るために何が必要かという観点から引き続き議論を進める」(朝日23日より)と記者会見で述べたという。
 何を言うか、無礼者!!
 歴史認識問題や領土問題、対中・対韓への強硬姿勢…など、軋轢を自ら生み出し「安全保障環境を大きく変え」ているのは、実は安倍自身ではないか。自分でキナ臭い状況を作り出しておいて、国民を守るため、というのは、いったいどんな国民を想定しているのか? アキバで日の丸を振って万歳三唱し、安倍のFBで「いいね!」を連発する方たちだけが安倍の言う国民なのか。

 しかし、今の安倍に何を言っても通じない。彼は、もう何でもできると思い込んだ“裸の王様”状態なのだ。
 僕らは、ひとつずつ、彼の着てもいない服を引っぺがし、いずれ「お前は裸だ!」と、恥を突きつけてやらなければならない。
 山本太郎さんの当選と三宅洋平さんの大健闘は、まさにその“見えぬ服”を引っ剥がす最初の一歩だと考えるべきだと思う。そして、
 「総理大臣閣下、集団的自衛権行使を容認までして、あなたが戦争をしたがっている本当の理由は何ですか?」
 安倍の記者会見で、こう問いただす真のジャーナリストが出てきたとき、この国はもう少し優しい国に変われるかもしれない。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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