戻る<<

マガ9レビュー:バックナンバーへ

マガ9レビュー

080924up

本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.72

※アマゾンにリンクしてます。

ビジネスに「戦略」なんていらない

平川克美/洋泉社新書

 「『どうやって、儲けるの?』という問いの前に、『何を与えたいのか?』という問いが先行してはじめて、起業の物語はスタートします。というのは、与えることなくしてその反対給付であるお金を手にすることはできないというのが、ビジネスの順序だからです」

 1970年代に現神戸女学院大教授の内田樹氏らと外国語翻訳サービス会社を立ち上げて以降、現在、複数の会社を経営する著者は本書のなかでこう書く。そして、
 「そうでないビジネスは、本当は『詐欺』とか『ぼったくり』とか言うべきものです」とも。

 モノを売ったり、買ったりする行為が楽しいのは、売り手と買い手の間で満足や信用といった目に見えない価値が交わされるからだろう。リーマン・ブラザーズ経営破綻のニュースが続々と配信されているなか、センセーショナルな報道に振り回されることなく、本書に従って「そもそもビジネスとは何か」について考えてみたい。

 著者がまず指摘するのは、「経済のグローバル化」と「グローバリズム」を同一視してはいけないという点だ。経済のグローバル化は「テクノロジーの発展に伴う自然過程」である。一方のグローバリズムは、グローバル化を利用して外国資本を誘導したアメリカ企業が、その金を他の成長地域へ投下し、その回収を素早く行うことを容易にしたルールといえる。グローバリズムは歴史の必然のように思われているが、人為的な経済政策のひとつに過ぎないのである。

 「お客さんに何を与えたいのか」という発想を欠く新自由主義的な考えは、ビジネスを「限られたリソースをより多く獲得するゲーム」とみなすため、いきおいマーケットを戦場に例える物言いをしがちだ(たとえば「戦略的経営のすすめ」みたいな)。「勝ち組」「負け組」の存在を必要とするビジネスはゼロサムゲームに勝ち続けなければならない。そのために発明された究極の金融商品、サブプライムローンは、最終的に全米第4位の証券会社を破綻に導いた。

 ビジネスが単なる椅子とりゲームだとしたら、それは多くの人々にとって苦痛以外の何ものでもないだろう。私たちの国は現在、高度資本主義の最終段階と人口の減少が相まって、右肩上がりの成長に別れを告げた未体験ゾーンに突入している。そうした社会でのリソースの取り合いは自殺行為である。

 これまで貧富の差の拡大という視点から批判されてきた新自由主義を、本書は「本来あるべきビジネスを生むものではない」と喝破する。そこが本書の新しさであり、「目からうろこ」の指摘が散りばめられている。

(芳地隆之)

ご意見フォームへ

ご意見募集

マガジン9条