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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.73

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選挙

2006年日本/想田和弘監督

 2005年秋、東京で切手コイン商を営む40才の山内和彦氏が「落下傘候補」として、川崎市市議会議員補欠選挙に立候補した。この映画は、公示から投票日まで、山内氏が町中を駆け巡った選挙戦の記録である。

 「通行人が演説に耳を傾けるのはだいたい3秒くらい。そのなかでいかに名前を伝えるかがポイント」という選挙対策委員の教えを守り、「小泉自民党の山内和彦です!」「改革を進めてまいります!」を連呼する。老人会の運動会や地域のお祭りがあれば、一緒にラジオ体操をやって、御輿を担ぐ。そんなときでもスーツに革靴、自分の名前が書かれた太いタスキは忘れない。

 もしマイケル・ムーアがこの題材で撮ったら、スピーディな場面転換を軽妙な音楽に乗せた抱腹絶倒のドキュメンタリーにしたことだろう。握手作戦の勢い余って、ケンタッキー・フライド・チキンの前に立つカーネルおじさん人形の手さえ握ってしまう山内氏の姿など、格好のネタだ。

 ところが想田監督は、奇抜なカメラワークを駆使することもなければ、突っ込んだ質問をしたり、ユーモア漂う効果音を入れたりもしない。自分の存在を消すかのように、被写体に寄り添って、淡々とカメラを回すのである。

 日本社会で暮らす者ならば、その無口な映像に接しているうちに、笑いながらも、身につまされるシーンにしばしば出くわすだろう。

 祭りに集う地元のおじさんに「電柱にもお辞儀しろよ」と言われたとき、あるいは自民党後援会の人々を前に、先輩議員から「選挙戦は気持ちが高ぶるので、子供を仕込むのには絶好のチャンス」というジョーク(なのだろうか? しかも奥さんのいる前で!)で紹介されるとき、山内氏は「いやいや」などと笑って、胸の前で手を小さく振ったりする。この不可解な笑顔と仕草。誰でも身に覚えがあるのではないか。

 それにしても、「小泉改革」とは何だったのかと改めて思う。山内氏は行政の無駄を省き、小さな政府を目指すと主張しながら、有権者には子育て支援の予算をとってくると約束し、特定郵便局長と会ったときには「この選挙は、郵政民営化とは別ですから」と頭を下げるのである。

 この節操のなさに笑ってしまうのは、政治の素人である山内氏に、彼を叱咤する先輩議員の腹黒さみたいなものを感じないからだが、言葉は矛盾だらけ、政策もへったくれもない。政治家が国民の民度を映し出す鏡だとすれば、これが私たちの社会の現実なのだろう。

 僅差で当選を果たした山内氏は、次期市議会選挙への立候補を断念した。同じ選挙区で他の自民党候補者と重なり、自らの後援会を思うように組織できなかったからだという。

(芳地隆之)

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