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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.116

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KT

2002年日本・韓国/阪本順治監督

 8月18日に死去した金大中・元韓国大統領の国葬が先日、ソウルで行われた。

 金大中氏はかつて、韓国軍事政権下における民主化運動の象徴だった。1973年8月、朴正煕大統領の政敵として、日米での亡命生活を余儀なくされていた彼は、東京のホテルで白昼、何者かに拉致される。いわゆる「金大中事件」である。当時、小学生だった私には、得体の知れぬ恐ろしさを植えつけられた事件として記憶に残っている。

 この映画は金大中氏(KTとは彼のイニシャル)が拉致されてから、ソウルの自宅近くで解放されるまでの5日間を中心に、日韓の政治の闇を大胆かつリアルな想像力によって描いた作品である。

 主人公は三島由紀夫を信奉する陸上自衛隊の情報将校だ。韓国語を話す彼は北朝鮮情報を収集する過程で、KCIA(韓国中央情報部)による金大中氏の拉致・殺害計画を知り、自らも事件に手を染めていく。

 民主化運動に絶大なる影響力をもつ反体制政治家の抹殺を企む朴政権、KCIAの主権侵害に神経を尖らせる日本政府、密かに朴政権と通じる陸自幹部など、政治的な思惑が複雑に絡み合いながら物語は進む。最後は「政治決着」という名の「トカゲの尻尾きり」で幕を閉じるのだが、演出には弛緩がなく、最後まで緊張の糸は張り詰めたままだ。

 スパイ小説の名手である中薗英助の原作(「拉致――知られざる金大中事件」)、それを基に2時間のポリティカル・サスペンスに仕上げた荒井晴彦の脚本に拠るところも大きいのだろう。音楽を担当した布袋寅泰の抑えの効いたサウンドはドラマの重厚さを支えている。

 「どついたるねん」や「ビリケン」など、大阪の猥雑なエネルギーを映像に焼きつけてきた阪本順治監督のさらなる飛躍を感じさせた作品である。阪本監督の直近の作品は、タイにおける幼児売春や臓器密売をテーマとした「闇の子供たち」だが、そこに至る分岐点となったのが本作といってもいいのではないか。

 本作品に描かれる政治の非情さ、何でもありの世界には背筋が寒くなる。金大中氏の拉致発覚後、駐日韓国大使から電話を受けた当時の首相、田中角栄は顔を紅潮させて「(金大中氏を)殺すなよ。(殺したら、韓国を)爆撃するぞ」と凄んだという。そのエピソードの真偽のほどはわからないが、この映画を観ると、十分想像がつく。

 あれから36年――金大中氏死去の報は、あらためて、その後の時代の大きな変化を実感させるものだった。

(芳地隆之)

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