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2012-10-17up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんによる新連載です。
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。
最初のテーマはまず「憲法と原発」から――。

第2回

原発を憲法に閉じ込めよ(後編)

 前回(第1回)、原発の憲法適合性の問題を引き合いに、原発を憲法に閉じ込めることの必要性を説きました。今回は、その方法を検証していきます。

 第一は、原発を(永久に)禁止する「原発禁止条項」を、憲法上新たに置く方法です。

 原発が憲法上禁止されれば、根拠となる法令、事業予算の執行は当然、違憲無効となります。核分裂エネルギーの軍事利用は当然、平和利用も禁止されることが、国の意思として明らかになります。
 憲法尊重擁護義務が課される政治家は、その発言が右往左往することもなくなるでしょう。

 しかし、憲法改正を入り口に、正面から取り組むとなると、かなりの努力を要します。原発禁止条項の改正案を発議するために、国会の総議員3分の2以上の賛成が必要で、成立には国民投票の過半数の承認が必要です。これだけで、相当な期間がかかります。国民から問題提起をしても、硬性憲法である以上、ハードルの高さは同じです。現実には、有効な選択肢とはいえません。

 第二は、政府・与党が一体で、原発が違憲である(又は、違憲状態にある)と評価判断し、その有権解釈(注:権限のある機関によって行われる法の解釈。拘束力をもつ公権的解釈)を確立する方法です。例えば、政府が集団的自衛権に関して、主権国家としては当然に有しているものの、憲法上の制約がありこれを行使することは許されないとの見解をとっていることが挙げられます。
 政府・与党による"自己拘束"ですが、これでも原発に関する法令と予算の限界付けになります。裁判所による憲法判断が下される間は、政治部門によるこの解釈が通用します。

 独自の有権解釈を行うのに、特別なルールは要りません。立憲主義の視点で、議論をスタートさせるだけです。政府見解を促すには、議員が質問主意書を提出し、答弁書を求めることが効果的でしょう。

 他方、政権交代によって、有権解釈が変わりうることに注意を要します。各党はどんな解釈を採るのか(その解釈を尊重・維持するのか、変更・放棄するのか)、マニフェストで予め明示させることが必要です。

 第三は、原発が違憲(又は違憲状態)にあることを、国会で決議する方法です。「非核三原則」(参考:非核三原則に関する国会決議)が国会決議により、憲法と変わらない規範的効力を以て支持されていることに倣うものです。

 国会決議を行うためには、その文案を作り、政党間協議に供することが必要ですが、難しい作業ではありません。
 私のイメージでは、衆議院議院運営委員会理事会に割当てがある政党が、理事懇談会(委員会及び本会議の議事日程、内容等を予め協議する)の場で「原発を違憲(又は違憲状態)と認定し、○×年までに原発ゼロを実現するための決議(案)」を示し、他の会派に対して案文の検討を提案することから始まります。
 提案は、多数会派はもちろん、少数会派でも行うことができます。各党で案文の調整を行い、全会派が一致できそうな段階になったところで、本会議で決議すればよいのです。参議院でも、会派構成がそれほど変わらなければ、衆議院と同一の決議を行うことができます。

 国会決議には、法的な拘束力はありません。しかし、現実にその内容は、たとえ政権交代があったとしても、議員、政党に対し、長期にわたり強い拘束力を及ぼすでしょう。内容を「国是」として認識させ、事実上の拘束力で縛りつけることが重要なのです。現実に、非核三原則を本気で破棄しようと考える政治家が皆無(のはず)であるのも、決議が機能している証拠です。

 最初から、原発が違憲であるとの共通認識は得られないかもしれません。しかし、違憲状態にあることの合意は、いずれ形成されていくでしょう。
 なぜなら、前回(第1回)指摘したように、原発事故による多くの被災者が、居住移転の自由、財産権など重要な人権を侵害されている状態にあるところ、ただちに侵害状態を回復することは難しいまでも、一定の合理的な期間内に、侵害状態が解消されるべきであることは、党派を問わず賛同が得られると考えるからです。

 第四は、国民に諮問するタイプの国民投票を活用する方法です。国民自らが、憲法閉じ込めの議論の決定に参与するものです。
 海外に目を向けてみましょう。原発稼働の是非に関する国民投票の結果、「反対」が過半数となり、最終的に原発を禁止する憲法規範を形成したオーストリアの例を紹介します。

 オーストリアでは、1978年11月5日、ニーダーエスタライヒ州の「ツヴェンテンドルフ原発の稼働に関する法律案(原子力利用法案)」に関する国民投票が行われました。結果は、投票率64.1%、有効投票のうち賛成49.5%、反対50.5%というきわどい結果で、反対が過半数を占めました。

 国民投票の結果を受け、同年12月15日には、「原子力禁止法」(Atomsperrgesetz)が制定されました。
 その後、スリーマイル島原発事故(1979年)、チェルノブイリ原発事故(1986年)を受けて、国内でも反原発の機運がさらに高まり、1999年8月13日には、「核のないオーストリアの連邦憲法法律」(Bundes-Verfassungsgesetz für ein atomfreies Österreich)が施行されました。連邦憲法法律(B-VG)とは、オーストリア憲法典の中核をなし、憲法的効力を持つ法です。

 連邦憲法法律・第2条は、次のように定めています。

Anlagen, die dem Zweck der Energiegewinnung durch Kernspaltung dienen, dürfen in Österreich nicht errichten warden. Sofern derartige bereits bestehen, dürfen sie nicht in Betrieb genommen warden.

 核分裂を用いてエネルギーを取り出すための施設を、オーストリア国内で建設してはならない。すでにそのような施設がある場合には、稼働させてはならない。

 オーストリアの例は、国民投票の結果が憲法法源として、法律から憲法へと編入されるに至り、現在まで国民に支えられているということを示します。国民投票から34年、オーストリアはいまだに原発非保有国です。

 日本でも原発に関する諮問的な国民投票を実施しようという動きがあります。将来、憲法規範にまで発展させられるかどうかは保証できませんが、主権者が直接表決する国民投票は、その時点でかなり権威を伴う決定となります。

 国民投票では、原発の憲法適合性の議論を抱き合わせることで、選択肢を絞り込むことができます。基本的に再稼働に対する賛否を問うわけですが、国民投票を発議する国会で、原発が少なくとも違憲状態にあることを確認すれば、いかなる選択肢も内容上の拘束を受けるのです。つまり、再稼働に賛成するという選択肢があっても、安易、無制約なゴーサインを意味するものではありません。新規の建設を容認するという選択肢は、なおさらです。再稼働に反対するという選択肢は、原発が違憲状態にあるという評価とかなり親和的です。

 立憲政治の運営は、究極には国民の意思にかかっています。国民が沈黙してしまうと、立憲主義を手放してしまうことになります。原発は、自然と封じ込められるものではありません。主権者みずから、方法論を粘り強く探究していくしかありません。

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10月15日には、リトアニアで原発建設の是非を問う国民投票があり、
反対意見が6割強と、賛成票を大幅に上回る結果となりました。
「憲法に原発を閉じ込める」さまざまな手法、
どれも決して簡単ではないし効果についての意見も分かれるかもしれません。
それでも、もっともっと私たちは憲法を「使って」いくべきなのでは、と思います。
南部さんが指摘しているように、私たちの「沈黙」こそは、立憲主義の崩壊なのです。

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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