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2013-02-13up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第13回

放っておけない、野党第二党の"悪ノリ"

 今回、第2次安倍内閣で再始動した「安保法制懇」に関するテーマで原稿を準備していたのですが、キャンセルし、表題のとおりにしました。
 最近、野党第二党が、憲法論議の舞台監督を気取っています。日本維新の会です。党の公約にもなっている「憲法第96条(憲法改正手続き条項)の発議要件緩和」を切り口に、自民党をけしかけ、公明党を巻き込もうとしています。
 憲法審査会が始動し1年4か月が経ちます。公知のとおり、審査会の運営は必ずしも安定的ではなく、憲法論議に向いた既成政党の姿勢が二極化(動・静)してきました。そんな状況にもかかわらず、憲政デビュー間もない同党が、不整序なモーメントを及ぼしているのです。

 8日の衆議院予算委員会。日本維新の会のトップバッターは、元横浜市長の中田宏議員でした。ニュースや審議中継でご覧になった方も多いと思いますが、質疑の最後10分間を憲法問題に当てています。
 矛先は、安倍首相、古屋拉致担当相、太田国土交通相の三閣僚に向き、こんなやり取りが交わされました。

中田議員「96条改正までのプロセスをどう考えているか?」
安倍首相「96条改正は、各党の理解が得られると考える。だが、国民に必ずしも浸透していない。問題意識を共有するため、議論を深めていきたい」
中田議員「96条改正議連の自民党側トップとしての認識は?」
古屋大臣「議連は平成23年6月に結成した。発議要件を過半数に引き下げれば、国民投票という、国民が憲法改正の可否を主体的に考え、参加する機会が増える」
中田議員「96条改正議連には、公明党のメンバーもいる。党として一緒に議論できないか?」
太田大臣「いまは党を代表する立場にない。96条改正にも3分の2以上の合意形成が必要となる。憲法審査会で十分、慎重に議論すべき」
中田議員「公明党はもっと積極的に。衆議院では、公明がなくても自民と維新だけで3分の2を超える。自民と一緒になって、大いに進めていきたい」

 国会審議における具体的な憲法改正の呼びかけは、極めて異例です。予算委員会の基本的質疑で、こういう質疑が抵抗なく行われること、通常行われないはずの与党総裁としての答弁、議員連盟役員としての答弁が常態化してきていること自体、常軌を外れています。

 太田大臣は、公明党憲法調査会長とともに衆議院憲法調査会(2000年1月~2005年4月)で一貫して委員を務め、与野党の憲法論議の動静を冷静に見つめてきた立場から、中田議員の質疑を上手くかわしたといえるでしょう。3分の2条項(憲法第96条)が妥当との意見が党内で大勢を占めてきたことを、最もよく知る人物です。中田議員の最後の発言は、「あなたたちが居なくても、我々の手だけでやり遂げることができる。流れに乗るのか、乗らないのか」という、脅かし交じりの踏み絵メッセージに他ならず、言われた方は愉快ではなかったでしょう。が、太田大臣からは「国会の合意形成を、決してナメてかかってはいけない」と、大所高所から諭してほしい場面でした。

 10日夜、MSN産経ニュースで、維新、衆院憲法審会長代理を要求 民主は譲る気なしという記事が配信されました。
 報道は事実に即しており、そのとおりです。憲法審査会の幹事数は9名となっているところ(自民6名、公明1名、民主1名、維新1名)、院議に基づくこの配分数を是としつつも、「会長代理」のポストを野党第一党ではなく第二党に配分せよとの要求が噴き出し、揉めているのです。

 衆議院憲法審査会が始動するさい、次のような申し合わせが行われています。

2011年11月17日
衆議院憲法審査会幹事会
  憲法審査会の運営に関する申し合わせ

一 会長が会長代理を指名し、野党第一党の幹事の中から選定する。
二 幹事の割当てのない会派の委員についても、オブザーバーとして、幹事会等における出席及び発言について、幹事と同等の扱いとする。

 当時、野党第一党の自民党から、野党次席幹事であった中谷元議員が会長代理に指名されました(野党筆頭幹事は保利耕輔議員)。このルールは、憲法調査会時代の先例が継受されたものです。軽々しく変更されるべきものではありません。現在、民主党が野党第一党です。民主党幹事が野党筆頭幹事とともに、会長代理を兼務するという体制になるはずです。

 上の記事中、日本維新の会の新人議員の名前が出てきますが、会長代理ポストの存在を知った上で、先例を打破しポストを獲得するべく、対決モードに構えるはずがありません。会長代理ポストを獲得することができれば、与野党幹事懇談会よりも前段階で調整(根回し)する与野党筆頭幹事間協議に入り込むことができ、自民(公明)=民主=維新という三者(四者)関係の運営が保障されます。いわば、後手に回らず、運営の主導権の一角を握ることができるということです。このメリットを知り、ポスト獲得を強く指示する存在が裏側にいるとみるのが自然でしょう。

 「このメリットを知り、ポスト獲得を強く指示する存在」とは、同党の小沢鋭仁国対委員長であると推察します。小沢国対委員長は、かつて民主党・無所属クラブに属し、憲法審査会の与党筆頭幹事を務めていました。憲法審査会の創生期から、与野党協議の空気をよく知っています。96条改正議連における民主党議員の代表も務めていました。

 私が印象に残っているのが、2012年4月5日の衆議院憲法審査会における小沢幹事の発言です。憲法改正国民投票法附則「3つの宿題」の議論が佳境に入っていましたが(同じころ、自民党では「日本国憲法改正草案」の起草が最終段階に入っていました)、国民投票法の宿題放置を横に置くような流し方で、憲法本体の議論を詰めていこうとする姿勢を示したのです。与党、野党両方の経験がありながら、憲法問題が党派を超えて存在し、何よりも合意形成が重視されることがあまり意識されず、他党への配慮が十分でなかった、と今でも感じています。現実に、政権再交代となるまでの間、憲法審査会では与野党間の合意形成らしきことが何一つ成し遂げられていません。

 そういう裏側からのプレッシャーで、憲法審査会の運営に不自然な力が加わることは問題です。政治的な駆け引き、96条改正議連と連動しその目的成就のために憲法審査会の場を利用することは、慎むべきです。

 野党第一党である民主党は、政権与党を経験したにもかかわらず、憲法問題では相変わらず「歯ミガキを嫌がり、歯医者を怖がる子ども」のような迷走ぶりです。これでは、いつまで経っても、立憲政治の先頭には立てないでしょう。憲法審査会第Ⅰ期(2011年10月~2012年12月)で、公正な運営が確立されなかったことが悔やまれます。今日、憲法論議の現場で、野党第二党の悪ノリを許してしまっている責任の一端を、自覚してもらわなければなりません。

 「96条改正は、安倍首相の任期中には実現しない」と私は確信していますが(衆議院で96条改正原案を発議するのは自由ですが、それでおしまいの話であることを過去の回で繰り返し述べています)、それ以前に、「押したり引いたり」の政治的駆け引きで、貴重な時間が失われ続けることが残念です。憲法審査会に小委員会を設け、国民投票法の宿題放置を集中的に議論し、解決を図ることが最優先であると考えます。無為稚拙なやり取りをしているうちに、あっという間に憲法記念日がやってきます。

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政局をめぐる駆け引きだけが活発で、
本質的な憲法論議は置き去りにされたまま。
相も変わらずそんな状況が続きます。
それにしても中田議員の太田大臣への、
本当に「脅し」としか思えない台詞も気になるところ…。

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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