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2013-03-27up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第16回

成年被後見人の参政権
―超党派による法改正を急げ―

注目の判決

 「立憲民主主義は日本でも根付いている」―多くの国民がそう確信したであろう、注目の判決がありました。
 東京地裁は3月14日、成年被後見人が選挙権を有しないとする公職選挙法の規定(*1)が違憲無効であり、原告(成年被後見人)が次回の国政選挙で選挙権を有する地位にあることの確認を求めていた訴訟で、原告の請求を認容する判決を下したのです(*2)。
 選挙制度にまつわるこんな問題があったのか、と初めて知った方も多いことでしょう。現在、ネット選挙運動の解禁、衆議院小選挙区の新しい区割りの確定、議員定数の削減と選挙制度の抜本改革など、公職選挙法の改正を要する諸課題が山積みですが、本問題は究極の人権論に位置し、優先度がとくに高いことを与野党の共通認識とする必要があります。もちろん、国民の理解と協力も不可欠です。

(*1)公職選挙法11条1項は、次のように規定しています。
第十一条  次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。
一  成年被後見人
二~五 (略)
成年被後見人は、選挙人名簿の被登録資格がありません(同法21条1項)。この規定との関連で、地方自治法上の直接請求(条例制定・改廃、監査、議員又は首長の解職、議会の解散)に係る諸権利が一切認められておらず、請求代表者、署名収集受任者になること、署名を行う権限を有しません。
(*2)平成23年(行ウ)第63号選挙無効確認請求事件。国家賠償の請求は行われていません。

判決の核心部分

 そもそも後見開始の審判を受け、成年被後見人になった者も、我が国の「国民」である。憲法が、我が国民の選挙権を、国民主権の原理に基づく議会制民主主義の根幹を成すものとして位置付けているのは、自らが自らを統治するという民主主義の根本理念を実現するために、様々な境遇にある国民が、この国がどんなふうになったらいいか、どんな施策がされたら自分たちは幸せかなどについての意見を、自らを統治する主権者として、選挙を通じて国政に届けることこそが議会制民主主義の根幹であるからにほかならない。
 我が国の国民には、望まざるにも関わらず障害を持って生まれた者、不慮の事故や病によって障害を持つに至った者、老化という自然的な生理現象に伴って判断能力が低下している者など様々なハンディキャップを負う者が多数存在する。そのような国民も、本来、我が国の主権者として自己統治を行う主体であることはいうまでもないことであって、そのような国民から選挙権を奪うのは、それをすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上ないし著しく困難であると認められる「やむをえない事由」があるという極めて例外的な場合に限られるのである。[判決要旨pp5-6]

 上記が、判決の核心部分です。成年被後見人が「禁治産者」といわれていた前世紀から、「投票所入場券が届かなくて当然」、「選挙に行けなくて当然」と一般には軽く考えられてきたわけですが、判決は国民主権原理、議会制民主主義の根本に立ち返り、成年被後見人を民主政治の少数派に追いやり続けることを断じ、政治部門に警告を発しています。じつに、心の琴線に触れるフレーズです。
 判決は、選挙の公正を確保しつつ選挙を行うことが事実上ないし著しく困難であると認められる「やむをえない事由」は無いと、被告(国)の主張を一つひとつ退け、公選法11条1項1号は憲法15条3項、14条1項等に違反すると結論付けたのです。

求められる、政治のメッセージ

 本連載は、立憲政治の動態を考察対象としています。判決を受けて、政治部門(国会)がどのような対応をとるのか、これが重要です。
 この点、国は、3月26日までに控訴する方針を固めました。控訴に消極的だった公明党も、賛成に転じたようです。自民党は、政府の控訴方針を前提に、制度改正に向けた意見集約を当面続ける意向です(*3)。
 報道は、国の控訴理由を次のように伝えています。(1)控訴しないで、判決を確定させた場合、判決内容と相いれない自治体選挙をいくつもせざるを得なくなり、実務が混乱する、(2)公選法11条1項1号を削除する法改正の前に行われる自治体選挙が違憲と判断される可能性がある、(3)同様の訴訟が札幌、さいたま、京都の各地裁で現に係争中であり、統一的な司法判断を要する、こと等です。
 国の控訴は、訴訟当事者にさらなる心理的、財産的負担を課します。一般論として妥当ではありません。まして、政府与党の幹部は、判決に関して大筋で納得し、早期に法改正を要することで意見の一致をみています。上記(1)~(3)は当面の問題にすぎません。判決の内容に従って迅速に政治判断を示し、原告の負担を緩和し、解消するためのメッセージが発信されてしかるべきタイミングです。
 しかし、判決の後、連立与党間、政府・与党間の意見調整、そのための官僚レクに時間を費やし(足並みを揃えることにエネルギーを費やし)、立法作業の着手は一歩出遅れた感があります。控訴期間内に、公選法11条1項1号を削除する公選法改正法案を議員立法として提出することができたはずです。衆議院側はネット選挙運動法案の審議に入り、その後に、衆議院小選挙区の新しい区割り(295選挙区)を法制化する作業が続き(いずれも公選法の一部改正)、法案審議日程が窮屈であることを勘案すれば、参議院議員による立法発議を行い、参議院側から議論を前進させることが可能だったはずです。
 控訴を決めるだけでは、政治が司法と争う姿勢だけが世間に伝わってしまいます。

(*3)自由民主党の石破茂幹事長は3月18日の記者会見において、この通常国会会期中での公選法改正について記者から問われ、「かなり時限性のあるお話かとは思いますが、法案処理の状況、党内論議の推移というものが分からない段階で、今国会中という断言はいたしかねます」と述べています。

とにかく、法改正を急ぐこと

 国が控訴しなかった場合、今回の判決を確定させたとしても、制度上の解決が根本的に達成されるわけではありません。
 政府はこの時点で、違憲無効で、誠実に執行することのできない一つの法文を抱え込むことになるわけですが、判決の効力は個別的なものにとどまります。この場合、原告の選挙人名簿被登録資格を次回の国政選挙までに回復させることはできても、公選法11条1項1号の制限を受けているその他の成年被後見人の参政権を一律に回復させるためには、別の立法対応(当該条項の削除)が必要となります。その上で、全国の市町村において、選挙人名簿を調製するシステムを改修しなければなりません。現に、成年被後見人が登録されている選挙人名簿はまったく存在しないわけですから、まず、成年被後見人が確実に登録される選挙人名簿を調製できるシステムを導入(プログラムの改修)しなければなりません。
 このことは、公選法11条1項1号を無意味(空文)化させても同じことです。成年被後見人が登録されている選挙人名簿がすでに存在しているのであれば、その名簿を活用することだけで足りるわけですが、存在しないことが問題なのであり、ここは権利回復のための具体的な措置を伴うものでなければ、意味がありません。
 当面は、兎にも角にも、党派を超えて合意形成を行い、国会日程の隘路を潜って、法改正を急ぐことです。これに尽きます。そして、法改正が実現したときには、控訴を取り下げることが至極当然です(控訴裁判所も、取り下げの勧告を行うでしょう)。
 この点、成年被後見人に関して一律に参政権を回復するのではなく、判断能力の程度に応じて付与すべきという「新たな基準づくり」を模索する動きがありますが、妥当でありません。公選法11条1項1号が看板を替えて残るにすぎず、明らかに今回の判決の射程外です。議論を徒に錯綜、遅延させるだけであり、失当です。

さらに考えるべきこと

 成年被後見人の参政権に関しては、憲法改正国民投票法(平成19年法律第51号)の改正も同時に必要です。
 公選法11条1項1号に相当する条文が、国民投票法第4条です。本条は「成年被後見人は、国民投票の投票権を有しない。」と規定しています。成年被後見人の参政権に関して、選挙権のみ容認し、国民投票の投票権だけを否定に解する積極的な論拠は見出せません。
 また、全国の自治体で制定されている常設型住民投票条例に関し、個別に精査することが必要です。住民投票の有権者となる資格に関し、積極的要件(年齢要件、継続居住要件、国籍要件)、消極的要件(欠格事由)のいずれも公選法の規定に基づく選挙人名簿によるとすれば、本件に係る意味での問題は、法改正と連動して、いずれ解消されていきます。しかし、消極的要件に関して、現行公選法とは連動させないで、異なる扱いをしている条例(豊中市市民投票条例(平成21年3月26日施行)など)は、国の動きとは別次元で、早急に見直しを行うことが求められます。

 今回の判決の趣旨を、正しく受け止められるかどうか。まさに、立憲政治の試金石だといえるでしょう。

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久々に「いいニュース!」と嬉しくなったこの判決。
「判断能力が不十分」な人を保護するために、
契約など行為能力の制限を認める成年被後見人制度ですが、
「不十分かどうか」が判断されているのは主に財産管理能力であって、
選挙権を行使できるかどうかとは何の関係もない、はず。
国に控訴断念を求める署名(こちらなど)もはじまっていますが、
司法のこの判断を、政治はどう受け止めるのか。注目です。

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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