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2013-07-10up

立憲政治の道しるべ/南部義典

憲法によって国家を縛り、その憲法に基づいて政治を行う。
民主主義国家の基盤ともいえるその原則が、近年、大きく揺らぎつつあります。
憲法違反の発言を繰り返す政治家、憲法を無視して暴走する国会…。
「日本の立憲政治は、崩壊の危機にある!」
そう警鐘を鳴らす南部義典さんが、
現在進行形のさまざまな具体的事例を、「憲法」の観点から検証していきます。

第24回

憲法63条再考“大臣の国会出席義務”

いよいよ、ねじれの解消か

 参議院選挙の公示から1週間が経ちました。つい2週間前まで通常国会が開かれていたわけですが、参議院では閉会当日に「安倍首相に対する問責決議」が可決されるなど、混乱の上に混乱が重なって選挙戦に突入した感があります。
 過去2回の選挙(2007年、2010年)の結果、衆議院とのねじれが生じました。今回は“ねじれの解消”が焦点となっています。政治の安定(≒政権与党の都合と判断で、法律案、予算案を国会でスケジュールどおりに成立させられること)のためには、参議院でも与党が多数の議席を占めていることが望ましいと考えられがちです。
 参議院選挙では政権選択が争点になりません。与党勢力を単に後押しするためだけの選挙ならば、意味が薄れてしまいます。与党が、ねじれ解消の先に何を見つめ、何を思い描いているのか、政権運営のビジョンは国民と共有できるのか、有権者一人ひとりが冷静に判断することが求められます。
 そして今、立憲政治の真価が問われています。政党、議員の立憲政治に対する理解、対峙する姿勢は、国会運営の仕方に如実に現れます。立憲主義を払い捨て、「憲法に縛られない政治、自由で楽な政権運営」を夢見る空気が蔓延しないよう、慎重に一票を託す必要があります。
 与党が63議席以上獲得すると、ねじれが解消することになります。「63」という数字に掛けて、今回のテーマは、憲法63条に定める「国務大臣の国会出席義務問題」です。

国務大臣の出席義務

憲法63条 内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないとにかかはらず、何時でも議案について発言するため議院に出席することができる。又、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない。

 憲法63条は、国務大臣の議院出席の権利・義務を定めています。明治憲法でも、出席の権利の規定がありましたが(54条)、議院内閣制を採る現憲法では、義務としても定められているのが特徴です。
 国会は会期制を採用していますが、委員会・調査会の所管事項に関して重大な事件・事故等が発生した場合には、閉会中でも審査を行うことがあります。閉会中審査の場合でも、国務大臣の出席義務が生じます。
 ただし、本条の出席義務は、絶対的なものではありません。「病気、交通事故その他出席しない正当な理由がある場合には、出席しないことも認められる」というのが政府見解です(参議院法務委員会(1975年6月5日)における、吉國一郎内閣法制局第一部長の答弁等)。
 憲法63条に関し、前記の「正当な理由」の有無、その評価をめぐって、「出席義務違反」がしばしば政治問題と化します。

問責理由は「予算委員会の出席義務違反」

 2013年6月26日(第183回通常国会の会期末日)、参議院本会議で「内閣総理大臣安倍晋三君問責決議案」が、賛成125、反対105で可決されました。問責理由は、次のとおりです(全文掲載)。

 安倍内閣は、参議院規則第38条第2項に則り正式な手続きを経て開催された参議院予算委員会の出席要求を拒否し、6月24日、25日の両日に渡って同委員会を欠席した。これは、国務大臣の国会への出席義務を規定した日本国憲法第63条に違反する許しがたい暴挙である。
 安倍内閣は出席拒否の理由として、平田健二参議院議長の不信任決議案が提出されたことをあげているが、会期末で日程が制約される中でおよそ正当性のない不信任決議案で国会審議を遅延させ、更には同案の処理を先延ばしにしているのは他ならぬ与党であり、また同案採決の条件として予算委員会の開催をしないことを条件にしていることからも、予算委員会の開催を妨害していることは明白である。
 安倍内閣は質疑通告さえも拒否したばかりではなく、正式に文書で予算委員長が出席要求したところ、署名のないメモで出席拒否する旨回答した。国権の最高機関である国会をこのように愚弄する行為は前代未聞であり、議会制民主主義を根底から揺るがすものである。
 憲法に違反して国民主権を蔑ろにし、我が国の立憲主義をも踏みにじろうとする安倍晋三内閣総理大臣の責任は極めて重大である。よってここに、安倍晋三内閣総理大臣の問責決議案を提出する。

 安倍内閣は、6月24日(月)、25日(火)の両日、参議院予算委員会を欠席しました。それが憲法63条違反にあたることが、問責理由です。
 24日は東京都議会議員選挙の翌日ですが、終日、NHKの中継が入り、安倍首相ほか閣僚が出席し、集中審議が行われる予定でした。25日は、24日の委員会が流会になってしまったことを受け、仕切り直しでセットされたものです。
 ここで、参議院予算委員会の“特殊事情”を説明しなければなりません。
 参議院予算委員会は、定員45名です。与党委員20名、野党委員25名という構成で、野党が過半数を占めています。委員長は民主党(野党)のポストです。野党の委員長である故、政府・与党の反対を押し切ってでも、職権で委員会の開催を決定することができます。政府・与党が委員会の開会を阻止するには、予算委員会に所属する与党委員が全員欠席し、委員会の定足数(国会法49条により、委員会は、その委員の半数以上の出席がなければ、議事を開き議決することができません)を充たさないようにすることで、「流会」に追い込む作戦が考えられるわけですが、ねじれ故、野党が多数を占めているので、与党委員が欠席しても、野党委員の出席だけで定足数を充たし、委員会を開会できるという具合です。
 委員会欠席問題が生じ、問責決議に至ったのは、このような“特殊事情”が背景にありました。

議長不信任決議案の提出は、欠席の正当理由にならない

 慣例に従い、委員長が国務大臣の出席要求を行います。24日(月)、25日(火)の予算委員会の出席要求は、それぞれ21日(金)、24日(月)、予算委員長名の文書で以て適式に行われています。
 内閣が予算委員会の出席を拒否した理由として、「平田参議院議長の不信任決議案が提出されたこと」が挙げられています。不正常な議院運営の下では出席できないというのです。
 しかし、議長不信任決議案が提出されていることを理由として、政府が委員会出席を拒否するという例はこれまでありません。衆議院もそうです。その時々の政治状況(院の構成、会派の勢力分布)によって事情は異なりますが、過去、議長不信任決議案が提出され、本会議でそれが採決され、正常化するまでの間、政府側が出席を拒否したことはありません。一般論として言えば、正当な理由なく出席を拒否すれば、内閣が提出した法律案の審査がその分遅れ、政治的リスクを負うだけです。
 しかも、平田議長不信任決議案が提出されたのは、21日(金)の夕方、17時過ぎのことです。21日、不信任決議案が提出される前に、24日の委員会が委員長の職権で決まり、文書による出席要求もなされています。したがって、政府側の説明は、何の抗弁にもなりません。
 さらに、24日の委員会質疑に立つ野党議員は、21日から政府に対する「質問通告」を始めているわけですが(21日15時が通告の期限)、政府は求めに応じず拒否したことが、問責理由の中で明らかになっています。議員の側から質問を通告し、答弁者(閣僚、政府参考人)の確定を遅くとも委員会前日までに行うのが通例ですが、今回は、議員からの個別の要求(事前ヒアリング)に応じなかったのです。与野党対立が極限状態に近づくと、野党委員が無通告質疑を行うことが稀にありますが、政府の側から通告をシャットアウトするという話は聞いたことがありません。

日付・署名のないメモ

 問責理由によると、欠席の理由を記した「メモ」が政府側から予算委員会宛てに送付されたということです。日付も署名者も何の記載もない「メモ」の全文はこちらです。

6月24日付国務大臣等の出席ご要求について

 閣僚などの国会への出席の取扱いについては、国会運営に関する事柄であることから、政府としては、従来から、与野党で協議し合意されたところに従って対応しているところです。
 今般の御要求に係る件については、与野党の協議で合意されたものでなく、さらに、参院議長に対する不信任決議案も提出され、その処理もなされていない状況にあることから、政府は出席しないことといたします。

 署名者の記載はありませんが、内閣官房「内閣総務官室」が作成した文書であることは明らかです。各府省庁には国会連絡の窓口部署がありますが、内閣総務官室とはその元締め的な、連絡調整のセクションと考えていただいて構いません。
 ご覧のとおり、素っ気ないメモ書きです。参議院予算委員長名の文書に対し、このような「名無し文書」で回答するというのは、議院の権威をも傷つけるものと言わざるをえません。
 メモによれば、与野党合意のない委員会には、政府は出席しないという意思が読み取れます。「24日、25日の委員会は、与党が了承していないにもかかわらず、委員長が職権で勝手に日程をセットしたものだから、従う必要はないのだ」という拒否姿勢です。
 しかし、これに拠れば、今回に限らず、委員長の「職権立て」の委員会はすべて出席しないことになってしまいます。政権与党にとっては、諸刃の剣になるはずです。
 例えば、2013年4月18日と19日、衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会では、衆議院選挙制度改革に係る「0増5減法案」が審議、採決されています。このときの委員会は野党側が審議入りに反発し、日程協議が整わないなかで、与党の委員長が職権で委員会をセットしたものでした。新藤総務大臣その他政府参考人(総務省ほか、答弁に立つ幹部官僚)も出席し、野党委員が欠席するなかで採決まで行われています。
 委員長職権でセットされた委員会に大臣が出席するかどうか、裁量の範囲を広げて、与党が了承するものとしないものとで都合よく判断するのは、ルールの濫用に他なりません。都合良い運用で喜ぶのは、霞が関の官僚しかいません。

野田政権下でも、出席義務違反が問われた事件があった

 国務大臣の出席義務違反は、しばしば問題となります。実は、野田政権下でも、起きていました。
 2012年9月9日放映のNHKスペシャル「復興予算・追跡19兆円」は、復興予算の流用問題を初めて社会に知らしめた番組で、社会にかなりの衝撃を与えました。あいにく、通常国会が前日(2012年9月8日)に閉会となり、翌10日から民主党の代表選挙が始まるというタイミングの放映でしたが、被災地から疑念と怒りの声が強まり、国会でも党派を超えて「閉会中審査」を模索する動きが出てきました。
 参議院では、復興予算流用問題に関して調査するため、10月18日に決算委員会、19日に行政監視委員会が二日連続で開かれました。
 両委員会で出席を要求された中で、ただ一名、欠席した大臣がいました。田中慶秋法務大臣です。
 法務省が管轄する復興予算では、北海道や埼玉県の刑務所で行われる職業訓練のために流用されているという疑いがありました。参議院の質疑では、当然、田中法相は答弁席に立たされる立場にあったわけですが、「他の公務を優先する」との理由で、両日ともに委員会を欠席したのです。田中法相に対する質疑を予定していた議員は、その機会を奪われたことになります。田中法相に関しては当時、過去(といっても30年以上前)の暴力団関係者との交際についての週刊誌報道があり、野党からの追及を躱そうとしたのではないかと、一般には受け止められました。
 10月19日、田中法相は体調不良を理由に入院し、23日、辞表を提出、辞任しています。なぜ、参議院の委員会を欠席したのか、本人の答弁、説明は一切無いまま、幕が下りてしまったのです。

後味の悪さだけが残る

 憲法63条は、その時々の政権与党の都合・判断による、濫用の危険と隣り合わせです。
 憲法63条の運用を曖昧にし、条文を空洞化させては、この国の議院内閣制が成り立たなくなることは、容易に理解いただけるはずです。この問題はいつも、後味の悪さだけが残ります。重要な憲法問題であるにもかかわらず、検証が深掘りされず、責任の所在も曖昧な水掛け論になり、いつの間にか忘れ去られてしまいます。
 今回の件でいえば、流会となった予算委員会の終了後、与党欠席のまま理事会を開いて、内閣総務官室の担当者を呼んで事情を聴取するということも可能だったでしょう。しかし、その際の問答は国民に公開されませんし、官僚は政治責任を取れないので、追及には限界があります。
 欠席理由を明確にし、違憲の認識を問い質すべく、質問主意書を提出することも可能ですが(今回の件では、谷岡郁子議員と小西洋之議員が、昨年の田中法相の件に関しては、世耕弘成議員、岩井茂樹議員及び熊谷大議員が質問主意書を提出しています)、政府答弁書は同じ理屈に則り、「言い訳」に終始しています。

新しいルールづくり

 憲法63条に関する提案は、出席義務を緩和する方向の議論ばかりです。
 例えば、自由民主党日本国憲法改正草案は、次のとおりです。現行条文と比べてください。

【内閣総理大臣等の議院出席の権利及び義務】
第63条 内閣総理大臣及びその他の国務大臣は、議案について発言するため両議院に出席することができる。
2 内閣総理大臣及びその他の国務大臣は、答弁又は説明のため議院から出席を求められたときは、出席しなければならない。ただし、職務の遂行上特に必要がある場合は、この限りでない。

 自民党案の但書「職務の遂行上特に必要がある場合」は、客観的にそれが明確に認められる場合もあれば(外相の外交日程等)、主観的にそう考えるにすぎないというものも、解釈上含まれます。63条の例外的運用に関する現在の政府見解(病気、交通事故その他の正当な理由があるとき)よりも、広汎な解釈を許します。
 緩やかなルールを志向するあまり、現実の運用がその考え方に惹かれてしまいます。それでは、議院内閣制がいつの間にか骨抜きになり、立憲政治が動揺するばかりです。
 いまや、解釈運用の濫用を正すため、与野党共通のルールの合意形成を行うべき段階に入っています。 現在の政府解釈を維持しつつ、より厳格な、明文のルールづくりを志向すべきです。
 国務大臣が委員会等を欠席する場合には、委員会開会直前の理事会までに、欠席する具体的理由のほか、委員会の開会時間中の所在を委員長宛てに文書で回答することとし、さらに、当該大臣が出席することとなる次回以降の委員会の冒頭で、補充の一般質疑を行うことを定例化するための「各党申し合わせ」ないし「国会法の一部改正」を提案します。
 政府与党・野党いずれに言い分があるかは、最終的には国民の評価に委ねるしかありません。判断評価に供するためにも、欠席理由を正式に文書化し、議院のウェブサイトにその都度掲載することが効果的です(匿名の言い訳メモでは駄目です)。安易な欠席が後々の委員会質疑に影響すると考えれば、国会軽視の風潮は消えていくでしょう。

議員自らが襟を正す必要も

 国務大臣に対して議院出席義務を徹底させ、違反を厳しく追及するのであれば、議員自らが襟を正さなければなりません。議員が国会活動をサボっていては、まったく説得力を欠き、国民の不信感、失望感を増幅するばかりです。
 具体例を挙げます。2013年5月27日、「成年被後見人の選挙権等を回復する公選法改正案」が上程された参議院本会議は、在職議員236名のうち、53名が欠席していました。議長を除く、182名で採決していたことになります。もちろん、定足数は充たしていますし、法案を審査した特別委員会では全会一致で可決しているのでとくに支障はないとの反論が聞こえてきそうですが、醜いの一言に尽きます。議員の議院出席義務はあまりにも当然で、憲法に明記されていませんが、これさえ明記しなければ日常活動が改まらないのかと言いたくなるほど、議員自身の国会軽視も深刻です。「通常選挙直前の国会は、改選を迎える議員は国会日程をサボって当たり前」という党派を超えた悪しき因習も正していくべきです。
 政治部門に対しては、常時、主権者・国民の厳しい監視が必要です。憲法63条は、議院内閣制の要諦であり、立憲政治を支える重要な条文であることに意を配っていただきたいと思います。

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首相の問責決議がなされたことで、
電気事業法改正案や生活保護法改正案など、
複数の法案が廃案となりました。
「引き伸ばしを図った野党の責任」とする報道が目立ちましたが、
問題はそう単純でもないようです。
議員も大臣も、「国会」という場の重要性を、もう一度厳しく認識すべきなのでは?

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南部義典さんプロフィール

なんぶ よしのり慶應義塾大学大学院法学研究科講師。1971年岐阜県生まれ。1995年京都大学卒業、国会議員政策担当秘書資格試験合格。2005年から国民投票法案(民主党案)の起草に携わり、2007年衆参両院の公聴会で公述人を務めた。近時は、原発稼働をめぐる各地の住民投票条例の起草、国会・自治体議会におけるオンブズマン制度の創設に取り組む。著書に『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社、2007年)がある。ツイッター(@nambu2116)フェイスブック

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