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2010-05-26up

柴田鉄治のメディア時評

2010年05月26日号

その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、
ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

メディアは官房機密費の使途を追及せよ

 昨年11月のメディア時評で、私は「のりピー騒動」より「官房機密費になぜ迫らない?」と書いた。官房長官が自由に使えるカネが毎月1億円。「そんなカネがあるのですか」ととぼけていた平野官房長官がひと月も経たぬうちに引き出した1億2000万円と、自民党政権下の河村官房長官が総選挙で大敗して下野が決まった翌日に引き出した2億5000万円、その使途だけでもいいからメディアが特別取材班を組んで追及したらどうか、と提言したのである。

 残念ながらどこのメディアからもそんな記事は出てこなかったが、意外なところからその片鱗が明るみに出た。1998年7月から99年10月まで小渕政権の官房長官を務めた野中広務氏がメディアのインタビューなどに答えて、「政治評論家やジャーナリストと称する人たちに100万円単位の現金を定期的に配ってきた」という爆弾発言をしたからだ。

 野中氏は、4月19、20日のTBSテレビのニュース番組を皮切りに各新聞や通信社のインタビューに応じて同様の発言を繰り返し、4月23日には沖縄での講演でもその実態を明かしている。琉球新報によると、野中氏はその講演で「言論活動で立派な評論をしている人たちのところへ盆暮れに500万円ずつ届けることのむなしさ。秘書に持って行かせるが、『ああ、ご苦労』と言って平気で受取られる」と述べたという。

 野中氏はさらに、自民党政権時代には歴代の官房長官に引き継がれた帳簿があり、「その帳簿によって配った」と明言している。野中氏はその人たちの実名を一切明らかにしていないが、ただ一人、「そのカネを受取らなかった」人として田原総一朗氏の名をあげている。

 「週刊金曜日」5月14日号は、この野中発言を取り上げ、田原総一朗氏にインタビューして「最初は田中角栄氏から、以後も歴代政権から計4回、機密費とみられる金銭の提供を打診されたが、いずれもきっぱり断った」と語らせている。

 ただ、同誌の同じ記事の中に、2000年5月に写真週刊誌「FOCUS」が報じた「官邸から流出した極秘メモ」のなかに「田原総一朗・100、俵孝太郎・100、中村慶一郎・100、三宅久之・100…」と載っているのだ。

 これと同じものかどうか分からないが、「週刊ポスト」今週号が「実名リストを入手」と報じ、『名指しされた言論人を連続直撃』と題して上記4人の詳しい談話を載せている。

 かねて記者クラブ問題などで新聞やテレビに強い反感を抱いている週刊誌の報道をそのまま信じていいのかどうか。疑問もあるが、「週刊ポスト」が報じた「20人のリストをみると、大新聞の政治部記者だった人が多い」という指摘や「週刊金曜日」5月21日号が報じた「新聞社の『夜回りメモ』が官房長官のもとに届けられている」という記事も、「まさか」とは思いつつも気になるところだ。

 それはともかく、野中氏がいまになって機密費の使途の一部を明かしたのはなぜか。野中氏は各社のインタビューに対し「私ももう年。いつあの世に行くか分からんから。やっぱり国民の税金だから、改めて議論してほしいと思った。機密費自体をなくした方がいい」(朝日新聞)「政権交代が起きたいま、悪癖を直してもらいたいと、告白した」(共同通信)と語っている。

 そうだとしたら、ぜひ実名で語ってもらいたいものだ。

 いま、メディアに対する不信感がどんどん広がっている。その原因にはいろいろあるが、そのうえに、こんなカネを受取っている人がいるのではないか、という疑いまで加わったら不信感はとどまるところがなくなる。

 この不信感を払拭する道は唯一つ、メディアが官房機密費の使途を追及することにもっともっと熱心になることだ。いまからでも遅くはない。自民党が下野する前のドサクサ紛れに引き出した2億5000万円の行方だけでもメディアが突き止めれば、信頼は一気に回復するに違いない。

 ところで、普天間問題の期限である5月が終わるが、なんとも無残な結果になった。その原因は、もちろん鳩山政権の無策・迷走ぶりにあるが、その前に、「米国の言う通りにしないと大変なことになるぞ」と奇妙な大合唱を繰り返したメディアの責任もまったくないとは言えない。

 今回は普天間問題には触れないつもりだったが、沖縄(久米島)出身の母親を持つ外務官僚だった佐藤優氏があちこちで語っている論評が的を射ているように思うので、触れてみたい。

 佐藤氏は、普天間問題を読み解くキーワードは「差別」だといい、東京の政治エリートが「日本全体の利益」のために沖縄を「捨て石」にすることは、琉球処分、沖縄戦、サンフランシスコ条約で繰り返してきたことで、その歴史に普天間問題という「平成の琉球処分」が加わろうとしているのだ、というのである。

 沖縄を抑止論で説得することは不可能だということが、東京の政治エリートに分からない理由として、佐藤氏が挙げるのは「琉球・沖縄の歴史を知らないうえに、学校の成績はよくても他人の気持ちになって考えることが苦手という偏差値秀才の文化」である。

 佐藤氏の言う東京の政治エリートとは、閣僚・国会議員・官僚を指しているようだが、それに「本土のメディア」を加えてもいいと私は思う。「他人の気持ちになって考えられること」はジャーナリストの資質として最も大切なものだが、それを苦手とする偏差値秀才が本土メディアの中枢にも増えてきたように思えてならないからだ。

 佐藤氏によると、いま外務官僚、防衛官僚は普天間問題でメディア工作に総力をあげているそうだが、心情が近くて説得しやすいのだとしたら由々しいことだ。

 本土メディアの記者たちに、沖縄の人たちの気持ちをしっかり受け止めるよう、あらためて求めたい。

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野中氏の「爆弾発言」のわりには、
いまひとつもやもやと謎に包まれたままの機密費問題。
自らと深く関連するその問題に、
切り込んでいくメディアは果たしてあるのか?
そして「辺野古への移設」を首相が明言した今、
メディアは「沖縄」をどう伝えるのか?
私たちも、しっかりと見ていきたいと思います。

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柴田鉄治さんプロフィール

しばた・てつじ1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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