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2010-07-28up

柴田鉄治のメディア時評

2010年07月28日号

その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、
ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

日本のピューリッツアー賞は?

 世界の優れたジャーナリズムの活動に与えられる賞に、「ピューリッツアー賞」というのがある。米国の新聞王、ピューリッツアーが残した遺産をもとに、コロンビア大学のジャーナリズム学科大学院が選考委員の任命をはじめ運営している賞である。

 ベトナム戦争を写した澤田教一カメラマンをはじめ、日本人受賞者も何人かいるが、記者やカメラマンらジャーナリストにとって、最高の栄誉であり、世界のジャーナリストの憧れの的だといっても過言ではない。

 ピューリッツアーが生前に次々と発行した新聞は、イエローペーパーに近い、あまり上品な新聞ではなかったようだが、残した「ピューリッツアー賞」は、文句なしに質の高い世界一の立派な賞だった。

 最近、日本のメディア界でも次々とジャーナリズム賞が誕生しており、華やかな受賞のニュースが報じられているが、そのなかで「日本のピューリッツアー賞」といわれるものはどれだろうか。

 1995年に市民団体が創設した「平和・協同ジャーナリスト基金(PCJF)」というジャーナリズム賞があり、その募集要項には「日本のピューリッツアー賞」とはっきりうたっている。市民から寄せられた基金をもとに、反核・平和、人々の協同・連帯、人権擁護の推進に与えられるユニークな賞ではあるが、「自称・ピューリッツアー賞」は他にも名乗りたい人が多いに違いない。

 日本で最も伝統のあるジャーナリズム賞は、日本新聞協会賞と日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞であり、日本では長い間、「日本版ピューリッツアー賞」といえば新聞協会賞を指すものといわれてきた。それほど評価が高かったのに、いまやそう呼ぶ人はだれもいない。過去の選考で重大な過ちを二回もしているからだ。

 最初の過ちは1989年、朝日新聞のリクルート事件で決まりだと早くから言われていたのに、受賞しなかった。新聞が自らの力で掘り起こした「日本の調査報道の金字塔」に対して、まったく別件の「サンゴ事件」(朝日新聞のカメラマンが沖縄の巨大サンゴに傷をつけ、だれだ? と報じた事件)を理由に、こんな事件を起こす社に協会賞は出せないとなったのである。

 リクルート事件というのは、リクルート社が未公開株を政界・官界にばら撒き、公開による値上がりを待って差額を贈るという手の込んだ贈収賄事件だったが、この未公開株が日経新聞社の社長、読売新聞社の副社長、毎日新聞の編集局長にも贈られていたため、朝日新聞のスクープにはなんとしても協会賞は出したくないという空気が生まれ、サンゴ事件を理由にしたのである。協会賞の内部選考方式という弱点が露呈した結果だった。

 もう一つの過ちは、1994年の協会賞に産経新聞の「政治報道をめぐるテレビ朝日報道局長発言」を選んだことだ。民間放送連盟の放送番組調査会という内輪の会での発言を意図的に、しかも多少捻じ曲げて報道したもので、当の番組調査会の委員長などからあがった疑問の声も無視して授賞が強行された。

 この報道によって、国会でのテレビ朝日報道局長の証人喚問にまで発展したことでも知られ、この2回の過ちは「ポジとネガ」の関係、つまり、新聞が自らの手で政界の腐敗を暴きだした事件には賞を出さず、権力に擦り寄って報道への権力の介入を誘導した報道には賞を出す、という逆転した結果を生み出してしまったのである。

 こうなると、日本版ピューリッツアー賞として残るのはJCJ賞となるが、実は、私はJCJ賞の選考委員を務めているので、自画自賛のようになってしまうから困るのだ。しかし、戦後、「二度と戦争のためにペンはとらない」と誓ってジャーナリストたちが創設した組織の伝統ある賞だけに、歴代の受賞作品はどれもなかなかのもので、協会賞のような過ちもなかった。

 8月14日に東京・内幸町のプレスセンターホールで開かれる授賞式で表彰される今年度の受賞作品がこのほど決まったが、JCJ賞には、琉球新報と沖縄タイムスの『普天間報道』と、信濃毎日新聞の『笑顔のままで 認知症―長寿社会』、毎日新聞記者の白戸圭一著『ルポ 資源大陸アフリカ―暴力が結ぶ貧困と繁栄』(東洋経済新報社)が選ばれ、また、黒田清JCJ新人賞には、札幌テレビの遊佐真己子さんのNNNドキュメント09『アラームに囲まれた命~NICU…医療と福祉のはざまで』が選ばれた。

 今年度の受賞作品にJCJ大賞がなかったのは、ずば抜けた作品がなかったからではなく、いずれにも甲乙がつけ難いためだった。たとえば、沖縄2紙の普天間報道キャンペーンの素晴らしさは、どちらかを大賞にするには忍び難かったのである。

 今年は普天間基地問題を中心とする沖縄の年だったといえよう。本土と沖縄の新聞の間には「温度差」があるとよくいわれるが、今年の報道に関する限り、「温度差」なんてものではなく、極論すれば、沖縄の新聞こそ「これぞ新聞」であり、それに比べれば沖縄住民の心がまるで分かっていない本土の新聞は「とても新聞とはいえない」ものだった。

 本土の主要新聞の幹部が選考委員を務める今年度の新聞協会賞の受賞作品は、9月に決まるが、沖縄の報道を称え、自らの紙面に落第点をつける勇気があるかどうか、注目したいところである。

 ところで、話は変わるが、もう一つ、どうしても触れておきたいテーマがある。先のメディア時評でも取り上げた共同通信OBの藤田博司氏が、6月の「メディア展望」で指摘していることなのだが、その後、どこのメディアも報じていないようなので、私からも注意をうながしておきたい。

 それは、小沢一郎氏の不起訴処分に対して、検察審査会に異議を申し立てた人を各メディアは「市民団体」と報じたが、実は右翼団体で、小沢氏が外国人に選挙権を与えようとしていることが許せないので、それを阻止するために申し立てたとブログに明記しているというのである。

 小沢氏に対する評価はどうであれ、メディアは読者がしっかり判断できるような「事実」を報じてくれなくては困るのだ。メディアはこうした事実をなぜ報じないのか。こんなことが続くと、読者のメディア不信はますます広がっていくにちがいない。

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今年度の新聞協会賞応募作品は、
このサイトから見ることができます。
「ニュース部門」には、沖縄タイムスによる「迷走「普天間」一連の報道」も。
また、ピューリッツアー賞と新聞協会賞については、 こんな意見もあります。

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柴田鉄治さんプロフィール

しばた・てつじ1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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