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2011-06-01up

柴田鉄治のメディア時評

第30回

その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、
ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

「現場に行かないメディア」なんて、存在価値あるのか

 福島原発の事故をめぐるメディアの報道にイライラさせられる毎日が続いているが、そんな中で、思わず「これは素晴らしい!」と叫びたくなるような報道に出会った。5月15日(日)夜10時から11時半までのNHK・ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2ヶ月」(19日(木)深夜と28日(土)に再放送)である。

 政府の指定する放射能汚染地域にどんどん入っていって、放射能を測定し、独自の汚染地図を作成する科学者たち、汚染地域に取り残される住民たち、餌が届かず次々と餓死していく動物たち、子どもたちの遊ぶ学校の校庭の土をめぐって争う人たち、そんな状況を克明に追った番組だ。

 声高に何かを叫ぶ番組ではなく、静かに淡々と事実に語らせる番組だが、見ていて「日本に原発をつくったのは間違いではなかったのか」と、あらためて思わせられるような秀逸な番組だった。「これぞジャーナリズムだ」と、私も見ながら何度もうなずいたほどである。

 ところが、この番組がNHKの内部で問題になっているという。NHKのETV特集といえば、2001年に放送された従軍慰安婦をめぐる女性国際法廷の番組が政治家の「圧力」でズタズタに改変された事件を思い出すが、あの事件についてはいまだに反省の弁ひとつないとはいえ、その後は外からの圧力にはかなり強くなったようなので、そういうことではないらしい。

 もちろん、問題の背後には内容についての反発があるのかもしれないが、表面的にはスポンサーのないNHKなればこそできた番組であり、内容が問われているのではなく、内部で問題視されているのは放射能汚染地域にどんどん入っていった取材行為にあるというのだから驚く。

 というのは、NHKの内部には政府の指定する危険地域には入るなという指示が出ており、それに違反しているというのである。メディアが現場に行ったことが問われるなんてことが現実にあるのだろうか。不思議に思って聞いてみると、NHKだけでなく、ほとんどのテレビ局や新聞社でも同じような指示が出ているそうだ。しかも、その指示を労働組合まで支持しているというから驚くほかない。

 なるほど、社員や組合員を「危険にさらすな」という取り決めは普通の会社なら当然のことかもしれない。しかし、メディアは違うだろう。現場に行かないメディアなんて、存在価値があるのかと言いたい。メディアはいつからそんな「普通の会社」になってしまったのか。

 そこで思い出すのは、イラク戦争が始まるとき、日本のテレビ局と新聞社の記者たちだけがそろってバグダッドから引き揚げてしまったことだ。外国のメディアは残っていたのに、また、日本人でもフリーの記者たちは残っていたのに、である。

 ベトナム戦争では、日本のテレビ局も新聞社も、戦場の第一線に記者たちを派遣して、戦争の不条理と悲惨さを生々しく報じたのである。ベトナム戦争からイラク戦争までざっと30年余、その間に日本のメディアはこんなにも変質してしまったのか。

 危険な場所には自社の記者は派遣せず、外国のメディアやフリーの記者から記事や映像をもらって報道する、なんて恥ずかしいことだとは、日本のメディアの幹部たちは思わないのだろうか。

 もちろん、戦場と放射能汚染地域とは同じではないが、基本的には同じ構図だといえよう。そこに人がいて、そこに現場がある以上、現場に行って取材しようと考えるのがジャーナリストというものだろう。

 その場合、大事なことは、いやだという人を無理やり行かせるべきではなく、志願者を募ってやるべきだということだ。放射能汚染地域の場合は、これから子どもを産む可能性のある人には、たとえ志願してもやめるように説得すべきことはいうまでもない。

 先日、日本学術会議の前会長、黒川清氏が日本記者クラブで記者会見し、今度の福島原発事故で、海外からの日本の評価は「政治も官界も産業界もそしてメディアも、なにもかも地に落ちた」と語っていたが、そのうえに現場へ行かないメディアという評価まで加わったら大変なことだ。

 ところで、話は変わるが、先月のメディア時評で、誰が事故処理の指揮を取っているのか司令塔の姿が見えないことが問題だと記し、原子力安全委員会はもっと前に出るべきだと書いたが、いまごろになって、地震の翌日の1号炉への海水注入が一時中断されたことをめぐって、安全委員長が再臨界の恐れを「言った」「言わない」という騒ぎになったのだからあきれるほかない。

 これでは、司令塔どころの話ではないわけで、事故処理の迷走はいつまで続くのか、「失敗学」の権威が事故調査委員会の委員長を務めても、きちんとした検証ができるのかどうか、それさえ危惧の念は消えそうにない。

 もう一つ、メディアがらみの奇妙な話は、西岡参議院議長が菅首相の退陣を要求する長文の意見書を読売新聞に寄稿し、読売新聞がまた、これを一面・二面で大々的に扱い、さらに、これに同調する社説まで掲げて報じるということが起こったのだ。

 本来、中立であるべき三権の長の参院議長が、首相の退陣を要求すること自体おかしなことだが、それに新聞社が応援するがごとき対応をとるなんて、前代未聞のことだろう。読売新聞が菅首相の退陣が必要だと考えるなら、最初から社説でそう書けばいいのに、参院議長の意見を借りるようなやり方はいかがなものか。

 黒川清氏が言うように、日本中がおかしくなってしまったのかもしれない。

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「ネットワークでつくる放射能汚染地図」、素晴らしい番組でした。
無駄な危険に身をさらす必要はないけれど、
身を賭して現地へ行く人がいなければ、
その危険性や問題点を、誰も知ることができなくなってしまう。
「自分の意思で取材のために危険地域に入ったこと」を問題視する、
それはメディアにとっての自殺行為ともいえるのでは?

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柴田鉄治さんプロフィール

しばた・てつじ1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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