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マガ9スポーツコラム No.003

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  みんなが大好きなスポーツ!「マガ9」スタッフだってそうです。
だから時々、メディアで報じられているスポーツネタのあれこれに、
突っ込みを入れたくなったり、持論を展開したくなったり・・・。
ということで、「マガ9スポーツコラム」がスタートです。不定期連載でお届けします。

世界選手権に
日本初のママさんランナー選出

 今年の8月にベルリンで行われる世界陸上選手権の女子マラソン代表選手5人目の枠に赤羽有紀子(ホクレン)が最後にすべりこんだ。「ようやくその日がきたか・・・」と少々感慨深くその発表を聞いた。赤羽選手は、2月に行われた大阪国際女子マラソンにて初マラソンながら、2時間25分40秒という好タイムで、渋井陽子(三井住友)に次いで2位に入り、世界選手権の切符を手に入れたのだ。

 「ママさんランナー」。そう紹介される赤羽は、北京五輪で1万メートルの代表に選ばれた時からこの冠がつく。女子サッカーや柔道など、他の競技ではちらほら現れていたママアスリートだが、日本陸上界においては、この時はじめて出産経験のあるランナーを、世界のトップクラスの大会に選出したのだった。

 そしてマラソンの代表選出のニュースに際して「ようやくこの日が・・」という印象を私が受けたのは、今から15年ほど前にインタビューをした、当時女子マラソン世界記録ホルダーのイングリット・クリスチャンセン(ノルウエー)から聞いた言葉が鮮明に残っているからである。
 「なぜ日本の女性アスリートは、早くに諦めてやめてしまうのかしら。マラソンは、結婚して子供を産んでからが強くなるのに」。そう語ったクリスチャンセンは、1980年代を代表するマラソンのトップランナー。元々はクロスカントリーの選手だったのが、結婚・出産を経て1984年のロス五輪では4位。メダルがとれず落ち込んだが、宿舎にもどって幼い子供の顔を見たら、再び闘志が湧いてきたと言い、その言葉どおり、翌年のロンドンマラソンでは、2時間21分6秒の世界記録で優勝。なんとこの記録は、その後13年の間、1998年ロッテルダムマラソンで、テグラ・ロルーペ(ケニア)が更新するまで、破られることはなかったという大記録である。

 私がクリスチャンセンに会って話しを聞いたのは、たしか1990年半ばごろ。彼女が札幌のクロスカントリー大会にゲストで呼ばれた際、立ち寄った東京は赤坂プリンスホテルでのことだったと記憶している。彼女は、当時、38歳とか、39歳とかそのぐらいの年齢であり、第一線からは少し遠ざかっているイメージであったが、それでも「あなたの記録は、もう10年も誰にも破られていませんね。どうしてだと思いますか?」という私の質問に「そうね、私自身がまたがんばって記録更新しなくちゃならないかしら」と、40歳手前にしてそう語っていた彼女の姿勢には、びっくりしたものだった。「子供をスキー板の上にのせて、それでクロスカントリースキーをやると、マラソンにも役に立ついい練習ができるのよ。夫もいつも一緒につきあってくれる」と独自のトレーニングも紹介してくれた。

 「夫も子供をおぶって一緒にトレーニングにつきあうのよ。」という言葉にもおどろいた。夫がコーチで妻がトップアスリートという弘山晴美、勉(資生堂)のような選手も特別な存在としていたが、当時は、女性選手は独身に限り、彼女らの生活は、男性の監督やコーチにいちいちチェックされ、恋人をつくるなんてのは御法度、体重はなるべく軽い方が良いとされており「生理があるうちは一人前のマラソン選手じゃない」ということを平気でいう男性指導者もいたのだ。「男ができると成績が下がる」ということが、ずいぶんと長い間女子アスリート界での常識となっていた(今もその名残はおおいにあると思われるが)。そう「女性」と「アスリート」は、両立し得ないと考えられていたのだ。彼女たちはいつも、ある年齢に達すると、どちらかを選ぶ選択を迫られていた。だからクリスチャンセンのライフスタイルやトレーニングについて聞いた時、「なんて大人で自立しているアスリートなんだろう。世界はこうなのか」と、カルチャーショックを受けたのを覚えている。

 しかしその時は、彼女のたぐいまれな、肉体的にも精神的にも卓越した何かがあるからだろうと思っていた。もちろんそれはそうだろう。しかし、ノルウエーという国、社会背景もあったのではないかと今になって想像するのだ。そう、フィンランドなどと並んで福祉国家であるノルウエーは、女性の社会進出率が世界一であり、そのためには手厚い子育て支援がある。男性の育児参加も法律で義務づけられているとも聞く。公立の保育園の完備のほか、働いているお母さんのために、近所のお宅で子供を預かりあう「ファミリーデイケア」など、そういった社会システムがバックアップしていることとも、無関係ではなかったのではないかな、と思ったりするのだ。日本の環境と照らしてみても。

 今、世界には出産後も、トップアスリートとして競技を続けている女性ランナーはたくさんいる。医学的に問題ないのか? という懸念も残るが、マラソンというメンタルが重要視される競技においては、それはプラスに働くのではという推測ができる。それについては、第1子を出産後10ヶ月で、2007年11月にニューヨークマラソンで劇的な優勝を果たした、現在の世界記録ホルダー(2時間15分25秒)であるポーラ・ラドクリフ(イギリス)がまた証明したことになるかもしれない。彼女は昨年のニューヨークマラソンも制し、英国代表として、今年のベルリン世界選手権にも出場する。

 クリスチャンセンの時代から、25年近く経てようやく誕生した、日本初の「ママさんトップマラソンランナー」赤羽の活躍に、これからも注目したい。そして彼女がどんな環境を得て、「女性」と「アスリート」を両立させているのか、聞いてみたい。

(水島さつき)

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