戻る<<

特別対談:バックナンバーへ

071212up

「格差×戦争 〜若者のリアルと憲法〜」雨宮処凛×堤未果〈その1〉

〈その1〉「9条があっても戦争ができる状況」

現在、貧困、労働問題について、全国の現場を取材中の雨宮処凛さんと、米軍にリクルートされる貧困層のルポなど、アメリカー東京を行き来しつつ、発信を重ねている堤未果さんとの、刺激的な対談のレポートをお送りします。
この対談は、11月24日に早稲田大学で行われた「憲法カフェ・プロジェクトチーム」主催のトークイベントの一部収録です。
取材協力・写真提供)「憲法カフェ・プロジェクトチーム」憲法カフェblog

雨宮処凛●あまみや かりん
北海道生まれ。作家・プレカリアート運動家。21歳の時、右翼団体に入会。愛国パンクバンドでボーカル活動。1999年、その活動がドキュメント映画「新しい神様」(監督・土屋豊)になる。右翼団体を脱退後、作家活動に入る。著書に「生き地獄天国」(太田出版)、「すごい生き方」(サンクチュアリ出版)など多数。2007年に「生きさせろ!難民化する若者たち」(太田出版)で日本ジャーナリスト会議JOC賞を受賞。

堤 未果●つつみ みか
東京生まれ。著作家・ジャーナリスト。国連婦人開発基金、アムネスティインターナショナルを経て、米国野村證券に勤務中9.11に遭遇。帰国後は、アメリカー東京を行き来しながら執筆・講演活動を行う。著書に「グランウド・ゼロがくれた希望」(ポプラ社)、2006年に「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」(海鳴社)で日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞。近く「貧困大国アメリカ」(岩波書店)が発刊予定。

■派遣社員が戦場にかり出されているアメリカ

雨宮

 堤さんが書かれた「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」、この本が超おもしろくてびっくりして、最後、本当に泣いたのですが。この本の中に、アメリカの貧困層の若い青年が、イラク戦争にかり出されて、そこで戦死しても、国から125万円ぐらいしかお金が支払われないとありますが、本当にそれだけしかもらえないんですか?

※アマゾンにリンクしています

 もらえないですね。小切手で送られてくるのですが、だけど兵士というのは、一応国の軍隊として国家がやっていることなので、まだお金が出ますけれど、トラックの運転手などとして雇われた派遣社員の場合はもっと悲惨です。

雨宮

 派遣社員が戦場に行ってるんなんて、びっくりですが、戦死した場合はどうなるんですか?

 お金は出ません。

雨宮

 ほんとうに1円も出ないんですか!

 出ないし、労災も出ません。そういう風に、最初に契約する時に、誓約書を書かされていますから。

雨宮

 あ〜だからトラックの運転手とかで、年収1千万とか、高額な契約をして、でも死亡については、責任とりませんよ、というわけですね。

 しかし年収の契約をしていても、派遣社員で行った場合は、ほとんど1年もちませんから。だって彼らは軍事訓練を受けていません。でも攻撃する方は、国軍だろうが、派遣社員だろうが、区別して行いませんから。

雨宮

 それじゃあみんな死んじゃいますよね。それって究極の使い捨てですね。私、過労死や過労自殺の取材もずっとやっていて、派遣社員からもいろいろ話を聞く機会がありますが、以前、偽装請負で働いていた二人の青年が連続して亡くなった事件がありました。

 派遣会社にとっては、派遣社員はただの商品ですから、クライアントにいくらでも好きにつかってください、と言うわけです。そんな環境ですから、ものすごい過重労働させられて・・・。亡くなった一人は、23歳の男性だったのですが、その人は自殺してしまったんですね。過労自殺なんですが。

 そしてそのちょうど1年後に、もう一人の26歳の男性が、突然、心疾患で亡くなってしまった。過労死だと思いますが。二人とも同じ派遣会社から同じ工場に派遣されていたんですよ。最初のケースは、今、裁判になってますが、26歳の男性の遺族は、派遣会社から10万円を受けとっただけです。たった10万ですまされてしまったなんて、これが私が取材した中でも、人の命をろこつに、安く扱った最もひどい例なんですが、アメリカの派遣社員は、イラク戦争に行かされて、死亡しても1円も支払われないとは!

 支払われないですね。それに攻撃されての戦死だけでなく、派遣社員たちの、戦地での過重労働も問題になっています。それからひどい労働環境なんですね。あまりマスコミには出てきませんが、問題になっているんですけど、例えば食事ですが、派遣社員の人たちは、アメリカ軍兵士が残した残飯を食べています。

雨宮

 えっ、残飯!

 兵士が食べた後に、派遣社員の人たちが兵舎の食堂にいって、食べ残しをもらうために並んでいるそうです。他にもいろいろひどくて、靴も支給されず履かせてもらえないとか。

雨宮

 ええっ、靴はかせてもらえないんですか!!

 飲料水も、兵士にはエビアンが支給されますが、それも1週間に1リットルなので、少なくてひどいのですが、派遣社員には支給がないので、雨水とか、井戸の水とかを飲んでいます。でも現地の戦場の水は、放射能で汚染されていますから、それを飲んで体内被曝する人が、とても多いようです。

雨宮

 まったく、人間以下ですね。

■9・11以降、人々を追いつめたもの

 雨宮さんは、9・11をテレビなどで見たとき、どう感じましたか?

雨宮

 ゴジラだ! と思いました。映画のシーンにしか思えなくて、決して現実のこととは思えませんでした。そのテレビで見た映像の現実感のなさについて、なぜそう思うんだろうとか、ずっと考えていました。

 ただ私は、9・11が起こる2年前にイラクの音楽祭になぜか当時私がボーカルを務めていた右翼パンクバンド「維新赤誠塾」が招待されて行ったという経験がありました。そこでいろんなイラク人やアラブ諸国の人たちと会って、イラクがアメリカからいかにひどいことをされているのか、いかにテロリたいか、といった話を聞いていたので、その後、報道されていったようなこととは、また別の視点で見ていたと思います。テロリストと言われてしまう側の視点というか。

 9・11以降、アメリカで現実に起こってきた事というのは、雨宮さんが日本で取材してきたような状況、いわゆるワーキングプアの問題が戦地に持ち込まれるようになったということでしょう。例えば、自立生活サポートセンター「もやい」の湯浅誠さんは、「貧困ビジネス」という言葉を作ってこの問題を訴えてらっしゃいますが、アメリカにおいては、貧困ビジネスの、まさに国家レベルで行われているものが、「イラク戦争」なんです。

雨宮

 ほんとそうですね! ほんと、貧困ビジネスの最たるものが戦争ですね。

 日本では、戦争に行かせたくないから、改憲の動きがあるから9条をまもろうという流れがありますが、そういった話を私のまわりにしたところ、2種類の反応がありました。

 一つは、米国の米兵をリクルートするリクルートステーションにいて、学生などから兵士にリクルートする側の人間に、この日本の9条をめぐる話をしたところ、“鼻で笑われた”ということがあります。「9条なんてあってもなくても、戦争ができる時代になった。つまり、国どうしが戦争をしているという意識はあまりなく、日本の憲法で言うところの9条よりも25条、生存権を奪ってしまった方が、戦争はやりやすくなる。だってみんな、生活のために戦地に行く、という人が簡単に増えていくだろうから」と。

 二つめは、日本の側の若い人たちの声ですが、「9条、9条と言われても、戦争のことなんてぴんとこない。それよりは、25条の自分たちの生活に直接かかわる話しをしたい」と聞きますが、そのあたりにつては、雨宮さんどう感じていますか?

雨宮

 私のまわりもそうです。生存権がおびやかされている人たちが追いつめられてしまって、31歳、フリーターの赤木智弘さんみたいに、「希望は戦争」ということを言う人が現れたり、また、赤木さんでなくても、知りあいの40代のフリーターの人たちから「いっそ戦争でもおこってくれないか」と。それはひとつの自殺願望なんですが、というようなことを聞きます。

 9条のことのみで運動をやっている人たちに、私がよく話をすることは、日本には二つの戦場があるのではないですか? と。一つは、テロ特措法とかイラク戦争に荷担している日本の戦場性ということと、国内に貧困層を閉じこめてしまっている、国内にある戦場の問題について。

 国際競争力をつけるとかいって、フリーターとか非正規雇用の人たちは、日本にいながら、中国やインドとの低価格競争といったものに、巻き込まれてしまっています。そんな彼らの年収は約106万、これはフリーターの平均年収です。

 20代、30代、のフリーターに、10年後どうしていると思いますか? と聞くと、親が死ぬと自殺すると言う人が結構いる。団塊世代の親が働けなくなったら、餓死するだろうと。或いはホームレス。実際、親がいない人で30代で失業して、なかなか再就職できなくて、そのままホームレスになったり、自殺したりしています。フリーター層の餓死が起こるのも時間の問題という気がします。そういう人が、今のこの日本にいるんだ、ということには、ほんとうにびっくりしてしまいます。

 国内の戦場に閉じこめられている人たちの問題を抜きにして、9条の問題は語れない領域にきているのではないでしょうか? 平和を守るということが、今の格差社会の底辺にいる人たちの生存権を無視しながらそのまま国内の戦場に閉じ込めることとイコールになってしまうなら、また自分たちの問題を無視されて語られる平和だったら、いらない、ということを言う人たちがいても、私はしごく当然だなと思う。

 9条と25条をセットで、すすめていかなければ、という声は多くなっていると思います。9条を守ろうという運動をやっている人たちは、その中心がどうしても年配の人たち。戦争の体験者だったり、国というのは、戦争をするから、貧しくなるんだという、そういう認識で生きてきた人たし、今もそう思っているでしょう。でも、現在の米国の状況や、雨宮さんの話を聞いていると、今は、自分の国の中に貧困を作り出すことで、逆に戦争ができるようにしている。

雨宮

 堤さんのお話を伺っていると、アメリカでは、戦争で死ぬための人を作り出すために、貧困層が大量に生み出されているというか、そういう人たちは、戦地にいくか、ホームレスかということですから、もう戦死か路上死か、獄死かというような、最初からのたれ死ぬことが前提にされているように見えます。  それって、個人の努力ではどうしたってはい上がれないことですよね。

 自己責任というキーワードは、本当に暴力的な言葉ですよね。あと、米国では、仕事があっても、仕事が多すぎての過労死も大きな問題でありますね。

雨宮

  ああ、それも日本も同じですね。フリーターの人たちが、不安定雇用の中でホームレスになりかけている状況と、長時間労働にしばられている正社員の人たちが増えている状況について、「ホームレス前提のフリーターか、過労死前提の正社員か」、これって、「カレー味のうんこか、うんこ味のカレーか」と同じだと言って、よく人にひんしゅく買ってますが・・・。実はこの言葉は、本田由紀さんが言い始めたらしいんですけれど。

■3万人が自殺している日本は、平和国家なのか?

雨宮

 私は、イラクへ“人間の盾”で2003年に行ってるんですが、開戦の前に帰ってきたので、本当の盾にはなっていないのですが、戦争が始まってからイラクに入った知人がいて、たくさんの人が戦争でどんどん死んでいくのを目の当たりにして、すっかり “戦争ボケ”になって日本に帰ってきた。日本は、夜も平気で歩けるし、自爆テロに怯える必要もないし、平和でいいなあと思っていたところ、自分の知り合いが、彼がイラクにいる間に、ネットで知り合った人と心中自殺したということがわかって・・・。そうなると、イラクでは、米軍に殺されたり爆弾が落ちて、人が殺されたりするのだけれど、日本では自分で自分に殺される。いったいどっちがいいのか、平和だと言えるのか、わからなくなってしまったと、彼は言ってました。

 イラク戦争開戦以降、イラクの戦死者(民間人)数が発表されていますが、開戦二年目頃までの死者数と、その間の日本の自殺者数を比較してみると、日本の自殺者の方が2倍ぐらい多いわけです。これを戦場と言わずに何というのか? イラクは間違いなく戦場ですが、日本もそうじゃないか、と思うんですね。

 日本の年間の自殺者は3万人台をこしていて、私のまわりだけでも、ここ10年で数十人が自殺しています。イラクで殺されていく民間人のことも軽く扱われていますが、日本で自殺する人のことも、軽く扱われている。自分が弱いから自殺したんでしょ、といった言われ方をされたりして、不当に軽く扱われているのも、気になるところです。

 今の話で思い出したことがあります。私の友人のことですが、日本人で州兵に入り、イラクへ行った人がいるんです。彼はそれこそ生活のために志願して兵士になり、イラクに行ったわけですが、彼にいろいろ聞いた中ですごく印象的だったのか、イラクでは人が人を殺す現場などを見て衝撃を受けたのだけれど、だから帰国してから平和運動家に転じたかといえば、そんなことはなくって、やはりアメリカ国内もまた戦場なんだということを言ってました。

雨宮

 へーっ、そうですか。

 それから、彼のところに日本のマスコミから取材が殺到したのだけれど、その時、聞かれてすごくいやだったのは、「9条を、平和憲法を持っている日本人なのに、アメリカの軍なんかに入って、イラクへ行くなんて、君は恥ずかしくないのか?」と。そのことで、とてもショックを受けたといってました。

 その時に、彼が私にいったこととして、「日本では3万人もの人が自殺しているのに、日本人にイラク戦争を非難する資格はあるのか? 9条があるから日本は平和という人は、今の時代がどうなっているのか、わかっていない。自分もこの先は、生活費がなくなったら、またイラクへ行く」と、そう言ってるんですね。

雨宮

 またイラクへ行くってですか?

 それを聞いたときに、もう9条があるとかないとかではなく、ものすごくせっぱつまった問題がここにはある。生存権のことを考えずに、9条のことだけ言う時代じゃない、と思いました。

雨宮

 「31歳、フリーター、希望は戦争」の赤木さんも、既得権益を持っている人が、もっと貧困層のことを考えてほしいといっていますね。

 世代間のギャップというのか、安定して生きられている人、特に”おやじ”って生存権に対して鈍感ですよねー。なんか、生存権とか言うと、ちっちゃいこと、目先の貧乏臭いことだけやっているみたいに言われたり・・・。プレカリアート運動をやっていると言うと、そんな生活のちまちましたようなことじゃなくて、憲法のこととか、言えよ、とか言われて。「いや言ってるよ」って(笑)。 まあ、9条と25条はつながっているので、対立してもしかたないんですが、9条よりもむしろ25条のことが、せっぱつまった目の前の問題として、日本においても絶対にあります。

 そういう “わからないおやじ”っていうのは、私のまわりにもけっこういますが、そういう人たちがなぜ、生存権の問題について理解しようとしないのかっていうと・・。

雨宮

 それはもう、食えてるからですよ!

 そうですね。それと私が感じているのは、30代の母親も悩んでいますね。一億総中流時代をずっと生きてきた彼女たちは、子どもには、本当は生き延びるすべを教えてあげなくてはいけない時代なのに、「好きなことやりなさい」と言ってしまいます。でも子どもは、そんなこと言われても、将来が不安で仕方がない。それで親子関係がぎくしゃくしちゃう、なぜなんだろうって、悩みを母親大会なんかでは、聞きますね。

この対談に先立ち、堤未果さんの講演が行われましたが、そこで堤さんは、「アメリカの人々が、イラク戦争反対の市民運動をやる時、彼らはみんな憲法を手に、武器にして闘っています。だから憲法を学びはじめる若者が増えている」そうおっしゃっていたのが、印象的でした。
民主主義の国、アメリカの光と影を感じると同時に、日本もまたよく似た状況になろうとしている今、主権者の最大の武器である「憲法」について、私たちも「武器」としてもっと知り、活用する時ではないでしょうか? 次回は、憲法を武器に日米の市民、若者が手をつなぐ時がくるのか? について。お楽しみに!

ご意見フォームへ

ご意見募集

マガジン9条