今週の「マガジン9」

 最近、2冊の本を読みました。ひとつは平尾誠二著『求心力 第三のリーダーシップ』(PHP新書)、もうひとつは岡檀著『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある』(講談社)です。

 元ラグビー日本代表監督の平尾さんについては、1980年代前半、同志社大学時代に大学選手権3連覇を果たしたときから、プレーヤーとしての素晴らしさもさることながら、組織のあり方についての考えに共感するところが多く、彼の発言や著作に注目してきました。岡さんに関していえば、徳島県海部町(現海陽町)のフィールドワークを通して、なぜ同町は自殺者が少ないのかを分析した著書を前から読みたいと思っていたのです。

 前者では、トップが「俺について来い」と選手を引っ張り、強豪相手に「追いつき、追い越せ」と檄を飛ばす指導から、上下関係をフラットにし選手の自主性を重んずるスタイルを経て、これからは明確な理念を掲げ、その実現にいたる道筋を選手に明示することで、各人が「自分のチーム」と思えるような組織にしていくことが強くなるための要諦と説いています。また、平尾さんは同書でこんなことを書いています。「……最近のリーダーと呼ばれる人たちは、度量を感じさせることが非常に少なくなった気がしてならない。……ひとつ反論されると、ムキになって10倍くらいにして返そうとする。……本人は『強いリーダー』を気取っているのかもしれないが、少しでも攻撃されると必要以上に反撃するというのは、裏を返せば、精神的な弱さを表しているとしか思えない」。そうしたリーダーの下では、選手に「自分のチーム」という意識は育たないのでしょう。

 後者では、海部町の自殺率の低さの根拠のひとつとして、「病、市に出せ」ということわざが紹介されています。これは個人の悩みや問題は深刻化する前に、住民の前にさらけ出してしまえ、という意味です。同町ではうつ患者の受診率が高いそうです。それはうつに悩まされている人が多いのではなく、自分がうつであることを隠さず、治療にいける。それを恥ずかしいと思わせない環境が海部町にはあるということです。岡さんは、江戸時代に材木の集積地として栄えた港町だったことで、多くのよそ者が住み着いた歴史が、町の懐の深さをつくっていったのではないかと考察しています。ちなみに海部町では選挙において組織票が動くことは少なく、選ばれる者は、地位や肩書きよりも、その人となりが最も重視されるとか。

 私はこの2冊を読みながら、各人が「自分のチーム」(監督が私物化するのではない)、「自分の町」(一部の有力者が幅を利かすことのない)と思える集まり、ひいては「自分の国」(権力者が自分の思想信条だけで動かすことのない)と国民の多くが感じられることの大切さを思った次第です。

(芳地隆之)

 

  

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vol.496
「自分のもの」と感じられる共同体へ
」 に1件のコメント

  1. 島 憲治 より:

     「自主性を重んじ」「明確な理念を掲げ」「実現に至る道筋を選手に明示」。これは、いわゆる「強いリーダー」と言われる人達には難しい。自分への迎合を求めるからだ。自分の名声を高めるため、という傾向が強いタイプだ。                                                                    「強い集団」を造るには「多様性認める精神」が根幹。そして、一人一人の個性の強さが集団を強めると考えている。なぜなら、個性は本人を最も輝かせるからだ。                                        今、スポーツ界の指導者に求められているは「強いリーダー」ではない。「説得する力」「心に火を付ける情熱」である。 このような指導者は、世界で闘える選手を育成するばかりではない。スポーツを通じ長寿社会を生きるヒントをも与えてくれる。                                                        通ずるものがある。
      「人が国家を形造り国民として団結するのは、人類として、個人として、人間として生きる為である。決して国民として生きる為でも何でもない」と語ったのは後の総理大臣石橋湛山である(樋口陽一著・「個人と国家」)。

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