今週の「マガジン9」

 佐藤初女さんが亡くなってすでに1カ月以上が経ちました。初女さんは青森県弘前市、岩木山のふもとで、「森のイスキア」を主宰し、心に深い傷を負った人たちを受け入れていた、と彼女の活動はしばしばこう紹介されます。イスキアとは、生きる意欲を失った青年が自然の中で自分を取り戻したイタリアの島の名。初女さんは33才のとき、弘前カトリック教会で洗礼を受けました。

 心の冷え切ってしまった人に、地元で採れる食材中心の温かい食事を摂り、生きている喜びを身体から感じてもらう。そして自分が抱える辛さを言葉にしてもらう(初女さんはそれにじっくり耳を傾ける)。そうすると、相談に来た人の心身がやがてほぐれていく、訪問時とは少し違った佇まいで帰っていくそうです。

 あるときヨーロッパの知人に初女さんのことを説明しようとして、言葉に詰まってしまいました。

 彼女の職業は何だろう。慈善活動家? 宗教家? それとも哲学者? どの要素もあるけれど、そのどれを選んでしまっても、大事なものが抜け落ちてしまう。それが口ごもってしまう理由なのです。

 この度、それらを掬い取るような書籍が発行されました。『いのちをむすぶ』(集英社)です。

 初女さんの語りと六十数枚の写真で構成された同書のページを繰っていると、初女さんは常に手を動かしているのがわかります。包丁で野菜を切る、お米を砥ぐ、お風呂の湯加減をみる、などなど。普通のポートレートの方が不自然に感じられるほど、彼女の手はとても「働き者」なのです。

 履歴書に書くような「職業」という枠にはまらない「仕事」というものが世の中にはたくさんある。ところが私たちは、お金に換算できる活動だけを仕事だと思うようになってしまった。初女さんの仕事を説明できなかった私自身がそうした仕事観に縛られていたのだと思います。

 3月22日(火)~4月3日(日)に東京・表参道の青山ブックセンターにて『いのちをむすぶ』出版を記念した写真展が開催されます。自然の原色が色鮮やかに写しだされているにもかかわらず、静謐さに包まれた作品の数々が私たちに何を伝えてくれるか。ぜひ足をお運びください。

(芳地隆之)

 

  

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