今週の「マガジン9」

 嘘による戦争はまっぴら――ニューヨークやワシントンで行われた、アメリカのシリアへの軍事介入反対デモのなかに見られたメッセージのひとつです。対イラク戦争開始から10年。当時の、ありもしない大量破壊兵器の存在を煽り立て、民意を戦争肯定へと誘導するという手法は、今回は通じませんでした。
 当時の教訓が生かされたのか。シリア政府軍による化学兵器使用の疑いがかけられるなか(実際には政府軍、反政府軍のどちらが化学兵器を使ったのか明らかではありません)、ドイツは早々に軍事行動に参加しない旨を明言し、アメリカの「盟友」であるイギリスでは先月末に下院議会が軍事介入案を否決しました。
 オバマ大統領は、この時点で軍事介入は見送らざるをえないと考えたのではないでしょうか。とはいえ、一度振り上げた拳を黙って下ろすわけにはいきません。国内の強硬派から「軟弱外交」との批判を浴びかねないからです。
 先日、スイスのジュネーブで開かれた米ロ外相会談で、ケリー国務長官はシリアへの軍事介入に反対するロシアのラヴロフ外相との間で落としどころを探りました。
 何度も行われた会談によって至った結論は、アメリカが軍事介入を行わないことを条件に、アサド政権は保有する化学兵器の種類や数量、保管場所、研究・開発施設などを申告し、今年11月までに国際査察を受け入れるというもの。それには「この合意に応じなければ、アメリカの軍事介入をロシアは黙認する」という隠れたメッセージも含まれています。
 アメリカ、ロシア、そしてシリアの各政府とも面子が立つ結論であり、オバマ大統領は、ロシアの提案を「武力を使わずに化学兵器の脅威をなくす可能性を秘める」と評価しました。これが内戦を終結させる圧力にもなってくれれば、国際社会における紛争帰結のための新たなモデルになるかもしれません。
 それにしてもアメリカと対立するアラブの国は、世俗主義を標榜する独裁国家ばかりです。イラクしかり、リビアしかり、シリアしかり。どこも強権的な指導者が宗教に政治への関与を許さないことで国を維持してきました。シリアのアサド政権が倒されれば、西側の自由主義を否定するようなイスラム勢力が台頭するでしょう。私たちは、これまで民主化の下で行われる中東諸国の自由選挙で、民主主義を受け入れない政党が勝つというケースを見てきました。
 そうしたジレンマと国際社会はどう向きあっていくのか。難しい課題です。

(芳地隆之)

 

  

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