この人に聞きたい

「保守」「革新」という思想を改めて定義した上で、ご自身を「保守派」だと位置づける中島さん。その視点から、憲法論議や9条の意義をどのように捉えているのでしょうか?

中島岳志(なかじま・たけし)
1975年生まれ。北海道大学准教授。専門は、南アジア地域研究、近代政治思想史。著書に『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中公新書ラクレ)、『中村屋のボース−インド独立戦争と近代日本のアジア主義』(白水社)、『パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義』(白水社)、西部邁との対談『保守問答』(講談社)、姜尚中との対談『日本 根拠地からの問い』(毎日新聞社)など多数。「ビッグイシュー」のサポーターであり、「週刊金曜日」の編集委員を務めるなど、思想を超えて幅広い論者やメディアとの交流を行なっている。
9条の改正は、
日米安保の根本的改正とセット

編集部
 前回、保守とは、革新とはそもそもどういう思想なのか、というお話を伺いました。中島さんはご自身を「保守派」だと定義されてますけれども、その立場からの憲法観、9条観について、まずお聞かせいただけますか?

中島
 まず、憲法というものを考えたときに、保守と革新ではどういう違いがあるのか、ということです。「憲法とは何か」を考えるとき、近代立憲主義では、憲法を「国民による権力への縛り」と見なします。つまり、国民が権力に対して、たとえば「思想を弾圧してはいけませんよ」とか「侵略戦争をしてはいけませんよ」とか、縛りをかけているのが憲法です。この点で、保守と革新は合意します。しかし、革新勢力がそこで考える「国民」は、今生きている国民ですよね。それに対して、保守の考える「国民」は、過去と未来の国民も含むわけです。つまり、そこの国のかたちや歴史が権力を縛ってるんだと、そう考えるわけです。
 英国などは、その考え方を突き詰めるがゆえに成文憲法がない。つまり、ある一時の国民の政治的コンセンサスが、未来の国家を縛っていいのか、それはおこがましいんじゃないか、と考えるわけですね。だから、「この国のかたち」や歴史感覚が政府を縛っている、その大前提がしっかりしていれば、憲法なんて成文化する必要がないというのが英国の発想なんです。
 僕は、それは日本では難しいと思うし、成文憲法はあったほうがいいと思っています。しかし、保守としての立場からは、やはり、過去のある一点において理想的な理念が確立されたとは思えないし、考えない。だから、憲法も漸進的に状況に応じて変化するべきだし、どういう憲法が、今の時代にふさわしいのかというのは、歴史感覚に依拠しつつ、やっぱりその時々の状況判断や国会での討議などを経て、国民規模で考えていくべきだと思います。もちろん、9条についても同様です。
 それは、戦争がしたいからじゃなくて平和を守りたいから。政府に対して「不必要な戦争をするな、俺達を正当性のない戦争に巻き込むな」「とにかくぎりぎりまで外交努力をしてくれ」と言いたいからです。

編集部
 では、その「今の時代にふさわしい」9条とは、どういうものだとお考えですか?

中島
 手放しの形の絶対平和主義というのは、保守の立場からはやっぱりとらないですよね。僕もそれはとっていなくて、主張しているのは「戦略的な9条保持」と言えると思います。
 将来的には、9条で自衛隊を認めるべきだというのが僕の持論です。それは、そのほうが自衛隊が暴走しないシステムをつくれると思うから。ちゃんと自衛隊の存在を明記して、その上で縛りをかける。どういうものが侵略戦争ではない正当な自衛として認められるのかという定義をきちんとする。そうした上での9条が、僕は平和をもたらす要素だと思っているんですね。

編集部
 でもそれは可能でしょうか? “自衛戦争”の定義は難しいですよね? イラク戦争もテロからの自衛ということで始まりましたし、ほとんどの戦争は“自衛”で始まります。明確に規定できるのかどうか・・・。

中島
 ええ、難しいですね。本質的には侵略の定義も自衛の定義も、いまだにできていない。なぜかというと、これは為政者のある種の感覚に委ねられていますから。つまり何が脅威かというのは、極めて感覚的であり主観的なものです。例えば、北朝鮮がミサイルの実験をした、これは日本の国防にとって脅威であると為政者が考えれば、自衛のために武力を発動することも、自衛戦争だという論理が成り立つわけです。これが一番危険なところではあります。脅威の感覚が主観に依拠する以上、どうしても自衛/侵略の客観的な定義は難しい。個別的な主観を定義することは出来ませんからね。
 しかし保守としては、それもまた最終的には、為政者の経験値や常識とかいうものからくる「バランス感覚」によって判断せざるを得ない。そして、その感覚は、歴史の風雪に耐え、国民の良識として培われてきたものと見なければなりません。

編集部
 しかし、今の政治家たちの面々を思い浮かべると、とても彼らの「バランス感覚」に期待できるとも思えません。安全保障についての彼らの感覚は、「まずアメリカありき」ではないのでしょうか?

中島
 ですから、現状から言うと、僕は現段階において9条を変えるべきではないと思っています。現在の日米安保のもとで9条を変えてしまうと、日本の主権が侵されてしまう。イラク戦争のときのようにアメリカに従わざるを得ないということが続いてしまう可能性が高い。日本がちゃんとアメリカの軍事的オペレーションへの参加に抵抗できる根拠は、今のところ9条しかないわけですから。
 だから、僕がずっと言い続けているのは、9条の改正は日米安保の抜本的な改正と同時でなければならない、セットでなければ成り立たないということです。今は部分的な発言だけをとらえられがちなので、「なんで保守派なのに9条を守れと言うんだ」とか言われたりするんですけど。

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中島岳志さんに聞いた(その2)9条と「絶対平和主義」をどう考えるのか」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    一見対極? とも思えそうな中島さんと「素人の乱」の意外な共通点。
    「保守」や「革新」の根底に流れる思想を知ることで、
    立場の違いに関係なく大切なことや、打破しなければいけない問題が、
    よりはっきりと見えてくる、そんな気がします。
    中島さん、ありがとうございました!

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