伊藤塾・明日の法律家講座レポート

2014年5月24日@渋谷校

「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。

【講師】
西嶋 勝彦氏
(弁護士、お茶の水合同法律事務所所属、袴田事件弁護団長)

●講師プロフィール
福岡県生まれ。中央大学卒業。司法研修所修了(17期)。東京弁護士会登録。袴田事件弁護団長の他、日弁連刑事拘禁制度改革実現本部副本部長等の要職も務める。数々の冤罪、再審事件の弁護に関わる傍ら、日弁連拘禁二法案対策本部事務局長を1987年から足かけ18年間務める。著作に『世界に問われる日本の刑事司法』(共編著、現代人文社)、『死刑か無罪か――えん罪を考える」(共著、岩波ブックレット)等がある。

はじめに

 今年3月27日、静岡地方裁判所は袴田事件の第二次再審請求について、再審を開始する決定をしました。この決定は、新たな証拠を重視し、事件の犯行が袴田巌さん(78歳)に結びつかないとしたばかりでなく、捜査官側による証拠ねつ造の疑いも指摘。即日、袴田さんの釈放を命じました。袴田事件は、これからの刑事司法改革に必要なキーワードを、いくつも浮かび上がらせました。①全事件・全過程の取り調べ可視化、②取り調べへの弁護人の立会い、③代用監獄の廃止、④人質司法からの脱却、⑤全面的証拠開示、⑥検察官上訴の禁止、⑦証拠ねつ造、隠匿の責任者追及、⑧えん罪原因究明の第三者機関の設置、⑨死刑廃止への取り組み、⑩マスコミの問題です。裁判所を聖域にせず、袴田事件のようなえん罪を防ぐ方策について、西嶋弁護士が語りました。

 日本の再審制度は二段階になっており、まず再審請求審で再審開始決定が出てから、再審公判(裁判のやり直し)を行います。今、袴田事件が当面しているのは、再審請求から公判への入り口です。
 今回の再審開始決定は、袴田さんを拘置所から釈放することも認めました。これは画期的な判断です。通常は死刑の執行停止だけですが、身柄拘束も死刑執行と一体のものだと考えられました。検察官は、釈放を直ちに取り消すよう東京高裁に求めましたが、「特段、不合理なことはない」として棄却されました。そうして袴田さんは再審開始決定の確定に向けて、準備ができるようになったわけです。

 袴田事件が再審決定までたどり着くことができた背景には、「DNA鑑定」と「味噌漬け実験」がポイントになっています。
 2008年に最高裁で棄却された第一次再審請求でも、「5点の衣類」(シャツやステテコ、ブリーフなどの証拠品)のDNA鑑定を行いましたが、DNAを検出できずに終わりました。当時の鑑定技術が今ほど進んでいなかったからだと思います。今回の第二次再審では、DNA鑑定によって5点の衣類のシャツについていた血痕が袴田さんのものではないと判明し、新たな証拠として採用されました。
 もう一つ、弁護人側が行った味噌漬け実験も、再審決定に大きく寄与しています。5点の衣類は、事件が起こった1年2カ月後に、現場の味噌工場にあった味噌タンクから発見されたものです。味噌の色が染みついた状態から、「長期間、漬け込まれたもの」と判断されていました。しかし、ほぼ同じ衣類を味噌に漬ける実験をした結果、わずか20分で、発見直後と同様の色合いになりました。念のために1年以上漬けた実験では、証拠品の生地の色も、それに付いていた血痕も見えなくなるほど濃い色に染まっていました。5点の衣類は、発見直前に何者かが味噌タンクに入れたもの、つまり捜査関係者がねつ造した疑いが強くなり、再審開始決定につながりました。

 私たちは、袴田事件の開始決定から何を学び取るべきでしょうか。
 まず実現すべきは、取り調べの可視化(録音・録画)です。現在、法務省の法制審議会(法制審)で議論を進めていますが、可視化の対象とするのは裁判員裁判だけという事務当局の案が有力でした。つまり全事件の3%以下となるのです。これでは意味がありません。袴田事件のようなえん罪を防ぐには、取り調べの最中に否認から自白に転じるところ、つまり取り調べの全過程を可視化することが不可欠です。日弁連が適用事件の拡大を求めていますが、認められたとしても特捜事件など検察独自捜査の事件に留まるかもしれません。それも、例外規定を設けられる可能性があります。本人が拒否した場合や、暴力団事件などで事案の真相解明に支障がある場合は、捜査官の判断で可視化しないことが認められるのです。こうした例外を許してはいけません。

 取り調べに関しては、「弁護人の立ち会い」も必要です。いくら捜査官側に録音録画を義務づけても、実行しないこともあるはずだからです。録音録画するかどうかを含めて、被疑者が弁護人に相談できる状況を作らなければなりません。もちろん、「すべての事件に弁護士が立ち会えるのか」という指摘もありますが、重要な事件に絞って対応すれば、無理ではありません。大切なのは、弁護人の立ち会いを捜査官側が拒めない状態にしておくことです。
 取り調べの可視化と弁護人の立ち会いは、先進国ではすでに常識となっています。

 同じように、「代用監獄の廃止」も国際的な常識です。本来、勾留決定後の被疑者・被告人は、法務省所管の拘置所に収容されなくてはなりません。しかし日本では、長期間にわたって警察署に拘束することが認められています。この問題は、国際人権規約委員会が4年に一度行う条約実施状況の審査で、いつも改善を求められています。
 最近、同条約の自由権規約委員会が、次のようなゼネラル・コメントを発表しました。
 「刑事上の罪に問われ逮捕され又は抑留された者は、裁判官又は司法権を行使することが法律によって認められている他の官憲の前に速やかにつれて行かれるものとし、妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される権利を有する。裁判にふされる者を抑留することが原則であってはならず…」
 勾留が決まったあとは拘置所に移して、必要なら捜査関係者が拘置所まで出向いて取り調べなさいということです。しかし、法制審ではまったく議論されていません。

 このゼネラル・コメントは、日本の「人質司法」をも批判しています。日本の司法制度では、一度、勾留されるとなかなか保釈が認められません。被疑者・被告人は接見禁止となり、弁護人以外、家族とも、仕事上の重要な関係者とも会えなくなります。早く釈放されたい一心から、うその自白をしてしまう可能性が高く、えん罪事件の温床になっています。あくまでも身体拘束は例外であることを徹底させ、人質司法から脱却しなくてはなりません。

 次に、「全面的証拠開示」もまた、袴田事件から学ぶべきテーマです。もしも証拠開示がなされなければ、袴田事件の再審開始決定が実現したかどうか、難しいところです。しかし、証拠は検察のものではありません。税金を使って捜査し、収集したのですから、国民全員のものです。少なくとも訴訟活動に関わる弁護人や被告人が開示を求めたなら、見せるのが当たり前といっていいでしょう。現在も法制審で審議が進められていますが、裁判員裁判事件、あるいは公判前整理手続を実行する事件に限って、証拠リストを開示することで落ち着きそうです。このリストとは、「何月何日捜査報告書」「誰が誰を調べた供述調書」と書かれているだけで、供述の中身が全くわかりません。せめて再審事件については、全面的証拠開示にするように求めていますが、全く動く気配がありません。

 えん罪問題は、ようやく再審開始決定にたどり着いたとしても、検察官の即時抗告によってひっくり返されることがあります。例えば名張毒ぶどう酒事件。一審は無罪、その後、いったんは再審開始決定が下りましたが、検察が上訴したため名古屋高裁が再審開始決定を取り消しました。福井女子中学生殺人事件や、日本の再審のルーツといわれる吉田岩窟王事件も、名古屋高裁が再審開始決定を取り消しています。免田事件では、1956年に熊本地裁で再審開始決定が出ましたが、福岡高裁で取り消されました。それから20年以上経ってようやく再審開始決定が確定し、再審公判によって無罪が確定しました。検察官の上訴は、なんとしても禁止しなくてはなりません。

 また、「証拠ねつ造、隠匿の責任者追及」も実現させるべき課題です。袴田事件は、捜査側による証拠のねつ造や隠匿が歴然としています。これにかかわった警察や検察官は、厳重に刑事・民事で訴求されるべきです。
 証拠のねつ造や隠匿は、昔からあることです。夜行列車が転覆させられた松川事件では、被告人のアリバイを証明するメモを転勤の度に検察官が持ち歩き、隠匿していました。芦別事件(旧国鉄の鉄道爆破事件)では、レールや炭鉱の爆破に使われ紛失したとされた発破器を、検察官が隠し持っていました。また、駐在所を襲撃された大分の菅生事件や長野の辰野事件では、共産党関係者が逮捕されましたが、あとになって警察官の自作自演だったことがわかりました。
 こうした例は枚挙に暇がありません。ところが、処罰されたのはほんのわずかで、村木事件(障害者郵便制度悪用事件)以外は、ほとんどうやむやになっています。裁判での偽証や、証拠のねつ造の訴追を行うのは、検察官自身だからです。

 もっとも、捜査官が証拠のねつ造や隠匿をしたとしても、裁判の最終的な責任は裁判所にあります。どういう証拠を調べなかったがために裁判を間違えたか。あるいは、証拠の評価をどう誤ったのかを検証し、司法改革にいかさなければなりません。裁判所の間違いを検証する第三者機関の設立が必要です。しかし、裁判所は司法の独立の影に隠れて、まったく動こうとしません。私は、裁判所が自主的にえん罪を検証しないのなら、国権の最高機関である国会に設置すべきだと考えています。
 これまで袴田事件のほかに4つの死刑事件で再審無罪が確定しましたが、何らかの検証手続きが行われていれば、今日のようなことにならなかったのではないでしょうか。裁判所を聖域にしていてはいけない。そう、声を大にして叫びたいと思います。

 そして、誤判が避けられないのだとしたら、死刑は廃止すべきです。先進国の中で、死刑を執行している国は、日本とアメリカの一部の州だけです。韓国では、死刑制度は残されているものの、執行を停止しています。EUでは死刑廃止が加盟条件になっています。死刑の存廃は、世論調査やアンケートの結果で決めるべき性質のものではありません。1981年、フランスでミッテラン大統領が自分の決断で死刑を廃止したように、政治家のリーダーシップで決めるべきです。しかし、日本ではそうした動きは見られません。「死刑廃止を推進する議員連盟」がありますが、中心メンバーの落選や高齢化によって活動実態がない状態です。

 最後に、マスコミのあり方についても、袴田事件で考えるべきテーマだと申し上げましょう。再審開始決定が出た以降の報道は周知の通りですが、事件発生当初はひどいものでした。「ボクサー崩れ」「まだ白状しない」といった論調の報道が相次いでいたのです。
 袴田事件の再審開始が決定した今、これらの課題について正面から議論し、刑事司法改革を進めるべきではないでしょうか。

【質疑応答から】
Q 袴田事件では、国家賠償請求訴訟を行うのですか?

A 理論的には簡単ですが、国賠訴訟の実態は暗澹とさせられるものです。捜査権力は、国賠訴訟で巻き返しを図ろうと、隠されていた証拠を出してきたり、手間暇をかけて再捜査を行ったりするのです。また、日本では捜査官や裁判官の個人責任が認められていません。裁判官の場合個人的な恨みや、故意に近いような状態で不利益な判決を書いたケースでなければ、責任を問えないのです。条文には書かれていませんが、最高裁の判例によって、そうした運用解釈になっています。
 また、えん罪被害者が、不十分とはいえ刑事補償を受けていた場合、世間から「まだ賠償を取るのか」という目で見られる場合があります。さらに、えん罪被害者の支援団体が解散したり、弁護人が「国賠訴訟まで…」という姿勢になったりしがちです。これまで、国賠訴訟で勝訴したごくわずかな例のうち、松川事件では刑事訴訟にかかわった弁護団ではなく、若い弁護人が新しい組織のもとで取り組んでいました。
 国賠訴訟は、大変なエネルギーと時間がかかる割には、ゴールまでたどりつくことが非常に困難です。必ず高裁、最高裁まで進みますから、袴田事件のように被害者が高齢の場合は難しいと言わざるを得ません。本人、支援団体、世論を勘案しながら慎重に決めることになります。

 

  

※コメントは承認制です。
袴田事件の再審開始決定を契機に
日本の刑事司法改革を進めよう!

西嶋勝彦氏
」 に2件のコメント

  1. マングース より:

    しかしながら、あまり警察、検察の手を縛りすぎると
    今度は犯罪者を取り逃がしていまうこともあるやも知れず。
    あのコンピュータ遠隔操作事件の片山被告だって
    結局犯人だったわけで。冤罪を前提で弁護したり評論した
    評論家、マスコミは結局恥をかいたわけで。
    そういうことにも言及して何が真実を探るうえで一番必要か
    という観点で論じてほしい。

  2. 柘植 太志 より:

     自民党の中にある経世会(旧田中派)と政和会の2大派閥があります。

    日本の独立を目指す■■経世会(旧田中派)■■

    田中角栄 逮捕 ロッキード事件 (←東京地検特捜部)

    竹下登   失脚 リクルート事件 (←東京地検特捜部)

    金丸信   失脚逮捕 佐川急便献金・脱税 (←東京地検特捜部&国税) 

    中村喜四郎  逮捕   ゼネコン汚職 (←東京地検特捜部)

    小渕恵三   (急死)(←ミステリー)

    鈴木宗男   逮捕 斡旋収賄 (←東京地検特捜部)

    橋本龍太郎  議員辞職 日歯連贈賄事件 (←東京地検特捜部)

    野中広務   議員辞職 日歯連贈賄事件 (←東京地検特捜部)

    村岡兼造   逮捕   日歯連贈賄事件 (←東京地検特捜部)

    小沢一郎   西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)

    二階俊博   西松不正献金事件 (←東京地検特捜部)

    対し アメリカ追従の■■清和会(旧長州、現朝鮮帰化人)■■

    岸信介    安泰  A級戦なのに釈放。CIAが支援。

    福田赳夫   安泰  清和会を創設

    安倍晋太郎  安泰  国際勝共連合、統一教会に深く関与

    森喜朗    安泰  子息の押尾事件関与疑惑ほか

    三塚 博   安泰

    塩川正十郎  安泰  小泉構造改革の旗振り役

    小泉純一郎  安泰  郵政米営化、りそな問題他、疑惑の総合商社。

    尾身幸次   安泰

    佐藤栄作   逮捕されそうだったがなぜか捜査中止、ノーベル平和賞

    中川秀直   安泰  統一協会(=米国福音派)に祝電   

    安倍晋三   安泰  統一協会(=米国福音派)に祝電

    と政界に対し、司法が常に同じ意図を持って関与している事に気づいている国民は、
    少ないかも知れません。マスコミも巧みに、世論を扇動しているためです。

    マスコミとはアメリカCIAによって、原発を日本人に馴染ます為につくられた機関なので仕方がない
    部分はあります。

    しかし、司法とは、安心して我々が生活していく為の核心の部分なのでしっかり
    正義を担保して欲しい。

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