この人に聞きたい

「アンチの論理」だけで
進んできた日本の政治・言論界

中島
 その意味で、僕は保守も革新も、その真意をちゃんと示さないまま対立構造だけができてしまったために、両陣営が単なる「アンチの論理」だけで動くようになってしまったというのが、戦後日本の政党であり言論界だったんじゃないかと思うんです。

編集部
 「アンチ◯◯」は、わかりやすいですものね。

中島
 つまり、基本的に左翼は「自分たちはマジョリティではない」という感覚を持ってきました。それは政権政党がずっと自民党だからだし、農村に行けばまだまだがんじがらめの村落社会がある。俺たちマイノリティは頑張ってこんな社会を倒さなくちゃいけない、と考えてきたわけです。だから保守勢力を批判するというのがそのアイデンティティだったんですね。
 一方で、保守もまた自分たちをマジョリティだとは思ってこなかった。言論界や教育界はすべて左翼に牛耳られていて、自分たちは脇に追いやられているという感覚を持っていて、だから左翼に対する「アンチ」を示すことが、保守なり右なりの証明だと思ってきたわけです。
 だから、安保闘争を革新勢力がやるとなれば、「アメリカにくっつけ」と主張するのが保守である、ように見えた。また「9条を守れ」と左が言えば、「改憲」と言うのが保守だとか、わけのわからないことになっているわけです。アンチの論理でやっているうちに、根本的な自分たちの依って立つ理念とか、政治思想の筋とは何なのかというのが見えなくなっちゃってるんですよね。だから「右だ」「左だ」というのが罵倒用語になっているわけで。

編集部
 そもそもの「革新」とは、「保守」とは、という思想や理念はどこかへ行ってしまって、「相手に反対する」ことだけが重要になってしまっている、と…。

中島
 本当に、わけが分からないですよ。安倍元首相は、保守だと言われてましたが、「レジームチェンジ」と言っていましたよね。そんな言葉を、まともな保守なら絶対に使わない。フランス革命に対して、近代保守主義の祖であるエドマンド・バーク(※12)は「レジームチェンジだなんて、そんな急進的なことはろくな結果をもたらさない」と言った、それが保守の原点なんですから。
 安倍さんの『美しい国へ』という本がありましたけど、あれに書かれているのは、「いかに自分が中学・高校時代に左翼教師に不満を持ったか」といういらつきだけ。まさに「アンチ左翼」でしかないんです。そういうのが結局は、戦後ずっとこれまで日本で続いてきた構造だったんじゃないのかな、と思います。

※12 エドマンド・バーク(1729〜1797):アイルランド生まれの政治家、哲学者。著書の『フランス革命の省察』(1790)は、「保守主義の聖典」と称される。

ナショナリズムを「飼い慣らす」

中島
 実は最近、新自由主義が出てきてくれたおかげで(笑)よく分かったと思うんですが、保守主義と社民主義というのは、ある意味ではそんなに大きくは違わないとも言えるんですよ。

編集部
 どういうことですか?

中島
 今の経済状況の中では、保守主義も社民主義も、小泉時代に始まった構造改革に対してもう少し「大きな政府」にしようとしているわけですよね。富の再分配をきっちりしなくてはいけない、と。こういう言い方をすると同じです。
 ただ、保守というのは小さすぎる政府を批判するかわりに、行き過ぎた大きな政府も批判して「中くらいの政府」を考える。それに対して社民主義はより「大きな政府」を求めるわけです。

編集部
 たしかに、そういう見方をするとかなり違いが微妙になってきますね。

中島
 そして、社民主義が主張する「大きな政府」においては、スウェーデンがそうであるように税金が高くならざるを得ません。この仕組みが成り立つ前提は何かというと、実はナショナリズムなんですよね。

編集部
 先ほど「戦後革新はナショナリズムを主張した」というお話がありましたが、やはり今の「社民主義」という言葉と「ナショナリズム」は、なかなか結びつきません。

中島
 だって、金持ちが再分配のためになぜ自分の資産を出すかといえば、ある同じ共同体に住んでいる人たちに一応は同胞愛や愛着、信頼感を持ち、そこに安定的な秩序をもたらさなくてはならない、と考えるからです。事実、スウェーデンは非常にナショナリズムの強い国ですよ。つまり、社民主義が健全な形で機能するためには、やはり戦後革新が考えてきたようなナショナリズムが重要な側面になるんだと思うんです。
 もちろん、ナショナリズムが行き過ぎれば、外に対する排他性や内に対する同一化といった問題は起こりますが、物事に100%正しいというものはありません。ナショナリズムにも正と負の側面があって、負の面があるから全面的に否定するというのでは、それによって別のもの——ここでは再分配の機能を崩してしまう可能性があります。必要なのは、ナショナリズムを全否定することではなく、それをどう賢く飼い慣らすのかという知恵なのではないかと思うんです。

その2へつづきます

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中島岳志さんに聞いた(その1)左右の“バカの壁”を取り払おう」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    次回、お話は憲法9条について。
    「保守派」として、中島さんは9条をどう見るのか?
    さらに、中島さんが注目する歴史上の人物の1人だという、
    マハトマ・ガンディーの思想についてもお話を伺っていきます。
    お楽しみに。

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