森永卓郎の戦争と平和講座

 安倍政権の評判がよい。株価が12週連続で上がり、為替も一時1ドル=94円台まで円安が進んで、デフレ脱却の兆しがみえてきたからだ。経済の先行きが明るくなってきただけでなく、タカ派と呼ばれてきた安倍総理が、集団的自衛権でも、対中政策でも比較的慎重な姿勢を貫いているからだ。安倍総理が現実路線を採って、日本再生が順調に進むのではないかという見方もなされているが、私は一番可能性の高いシナリオは、安倍総理が8月以降豹変することだと思う。7月の参議院選挙までは、安全運転をして国民に嫌われないようにし、参議院選挙で勝ったら、隠していた爪をむき出しにする。その後3年間は、国政選挙がないから、やりたい放題にできるのだ。
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 安倍総理が「7月まで」しか考えていない証拠は、アベノミクスのなかに隠れている。1月22日に発表された政府と日銀の共同声明では、消費者物価上昇率を2%に引き上げる物価目標が採用された。しかし、この物価目標には期限が切られなかった。安倍総理は、「諸外国でも期限を切っている例は少ない」と述べていて、今回の期限を定めのない目標設定が、特殊なものではないと主張している。ただし、今回日銀が発表した金融緩和策では、2014年から、買い取り基金を使って毎月13兆円の金融資産を買い入れることで金融緩和をしていくことになっている。一見、毎月13兆円の資金供給増に踏み切るようにみえるのだが、13兆円の金融資産のうち10兆円は短期国庫証券になっている。文字通り短期の証券だから、いくら買い取っても、すぐに償還されてしまって、資金供給は増えない。実際、日銀が発表した「『物価安定の目標』と『期限を定めない資産買入れ方式』の導入について」には、「長期国債と国庫短期証券については、最近の買入れの平均残存期間を前提とすると、上記の月間買入額により、基金の残高は2014 年中に10 兆円程度増加し、それ以降残高は維持されると見込まれる」と書かれている。つまり無期限の資産買い取りは、当初こそ10兆円程度買い取り基金の残高を増やすが、定常状態になると、残高が増えなくなる。つまり日銀は資金供給を増やす気がまったくないということなのだ。

 こんな単純なマジックに安倍総理はひっかかってしまったのか。そんなことは、ないだろう。安倍総理にとって重要なのは、本当にデフレから脱却するということではなく、日銀を跪かせて、デフレ脱却への期待感を高めることなのだ。

 財政政策でも同じことが言える。今年度の補正予算は13兆円という大きな規模になり、そのなかで公共事業費も5兆円上積みした。当初予算を2倍以上にするペースだ。ところが、来年度予算では、3年ぶりに国債発行収入が税収を下回るなど、財政規律重視の予算編成が行われている。つまり、金融政策でも、財政政策でも、安倍総理が気にしているのは、7月までだけなのだ。

 実際、安倍総理が掲げる2%という物価上昇率の実現に疑問を呈するエコノミストはたくさんいる。ざっくりとした計算をしてみても、日本の物価上昇率を2%まで引き上げるためには、あと300兆円以上の資金供給増と、1ドル=120円以上の円安が必要になる。それだけ大規模の金融緩和を日銀がするはずがないし、120円以上の円安をアメリカが許すはずがないからだ。

 日米首脳会談では、安倍総理が7月までの円安誘導を願い出て、オバマ大統領がそれを許すことの引き替えに、TPPへの交渉参加と普天間基地の辺野古移設を要求するという展開になるのではないか。

 そして、参議院選挙で自民党が勝利した後は、まさに安倍政権のやりたい放題が始まるとみてよいだろう。公明党を連立から斬り捨て、8月から始まる生活保護費削減、TPP参加をにらんでの農業や医療などの分野での規制緩和、集団的自衛権の容認、そして原発再稼働。あらゆる自民党的政策が噴出してくるはずだ。参議院選挙で自民党が勝利すれば、誰もそれを停められないのだ。
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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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